第8話 料理屋

 調味料一式と粉物を揃えた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 重い荷物を両手に抱えた(申し訳ありません)シュヴァルツ様は、煌々と灯りのともる一見の料理屋で足を止めた。


「もう遅いから、ここで飯にするか」


 そうですね、今から作ると夜中になりますし、満足な生鮮食料品もありませんしね。


「では、荷物を持って先に帰っていますね」


 両手を出して荷物を受け取ろうとする私に、彼は怪訝そうに眉を顰めた。


「先に帰る? 外食は苦手か?」


「いえ、そうではなく……」


 私は戸惑う。


「使用人はご主人様と外食しませんから」


「……いちいち面倒くさいルールだな」


 シュヴァルツ様は不機嫌そうに吐き捨てる。


「しかし、先に帰ると言っても、この荷物をすべて持ったら、お前は潰れるぞ?」


 肩に担いだ私の体重よりも重い麻袋に目を遣り、首を竦める。

 潰れはしないと思いますが……行き倒れる可能性はありますね。


「それなら、何回かに分けて運びます」


「なんでそんな手間のかかることを……」


 言い合っていると、店から食事を終えた客が出てきて、私達は左右に下がって道を開ける。


「……ここで不毛な会話を続けていても、店の迷惑だ。とにかく入るぞ」


 さっさとドアを潜る将軍に、私も躊躇いながらついていった。


「腹に溜まるものを十皿ほど見繕ってくれ」


「畏まりました」


 メニューも見ずに大雑把な注文を店員に伝えるシュヴァルツ様に、対面に座った私は落ち着かない気分で身動ぎする。

 暫くすると大皿料理がテーブルに載らないくらい運ばれてきた。美味しい匂いの洪水に、脳が麻痺してしまいそうになる。

 シュヴァルツ様はフォークを手に取り皿を引き寄せながら、


「食わないのか?」


「いえ、私は水だけで」


 使用人が主人に食事姿を見せるなんてはしたない。そう思っていたのだけれど。


「嫌いな物やアレルギーがあるなら無理にとは言わんが、家に帰っても何もないのだから、食べておいた方がいいぞ?」


 更に勧めてくる彼に、私は笑顔で固辞する。


「いえ、本当にお腹がいっぱ……」


 ぐーーー!


 ひぇ!?

 真っ赤になってお腹を押さえる私に、シュヴァルツ様は表情を変えず取皿を差し出す。


「……イタダキマス」


 もう、空気読んで! 私のお腹の虫。

 でも……朝から何も食べていないから、お腹が減っていたのは事実だ。

 私は煮物や肉料理を全種類少しずつ皿に盛る。


「私はこれで十分なので、あとはシュヴァルツ様がお召し上がりください」


 それは、一人前に丁度いいくらいの量。これでも実家にいた頃の一日分の食事より多いくらい。久し振りにお腹いっぱい食べられる! と喜んでいたら、


「……それだけでいいのか?」


 シュヴァルツ様はいかつい顔を更に歪めて私の皿を覗き込む。


「若いモンが遠慮するんじゃない。大きくなれないぞ」


 大きくって……。既にそこそこ育っている年齢です。


「いえ、今度は本当に適量です。嘘ではありません」


 本当ですよ。

 彼は私の顔をじっと見つめてから、納得したように自分のフォークを進めだした。

 ……この方、行動が読めません……。

 不可思議な気持ち満載で、私は煮物を口に運んだ。

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