第6話 初めてのお出掛け
ガチャリと鍵を回し、戸締まり完璧。
私とシュヴァルツ様は、並んで門扉を出た。
今日からここで生活するんだから、ちゃんと周辺地図を頭に入れておかなきゃ。私がご近所の景色を覚えながら歩いていると……。
「あ!」
シュヴァルツ様は、既に私の何十歩も前を進んでいた。はやっ。置いていかれちゃう!
私は慌てて追いかける。でも、小柄な私の歩幅では、大柄な彼には追いつけない。ああ、角を曲がっちゃった!
急いで曲がり角まで走っていくが……。
「いない……」
そこには将軍の姿はなかった。
どうしよう、見失っちゃった。似たような壁が並ぶ住宅街、ぐるりと辺りを見回すと土地勘がないばかりか方向感覚もおかしくなってくる。
あれ? お屋敷の方向はどっちだっけ?
私、迷子になっちゃったの!?
パニックに泣きそうになっていると、奥の辻からひょこっと黒い巨体が現れた。
あ、戻ってきた。
シュヴァルツ様は険しい表情で私の前まで歩み寄ってきた。
「……どうしてついて来ない?」
重低音で訊かれて泣きそうになる。
声も出ない私に、将軍はため息をついた。
「俺と出掛けたくなかったのなら、家で待っていても……」
「ち、違います!」
私は咄嗟に叫んだ。
「私、シュヴァルツ様とお出掛けしたいです! ただ、追いつけなくて……」
「追いつけない?」
オウム返しする将軍に、私は精一杯説明する。
「まず、私とシュヴァルツ様では体の基本仕様が異なっているんです」
言いながら、彼の横に並ぶ。
「ほら、私の背はシュヴァルツ様の肩より低いでしょう? 腰だってそうです。シュヴァルツ様の腰の位置は、私の胸くらい。つまり、シュヴァルツ様は私よりかなり足が長いのです。ということは、歩幅も私より大きいんです。シュヴァルツ様の一歩が、私の二〜三歩なんです!」
「う、うむ」
「それに、シュヴァルツ様は歩く速度が他の方より飛び抜けて速いと思われます。私がカタツムリなら、シュヴァルツ様はライオンなのです」
だって、私の歩き方が『ぽて、ぽて』だとしたら、彼の歩き方は『スタタタタッ』って感じだもん。
「なので、頑張って走ったのですが追いつけませんでした。次は遅れませんので、どうか見捨てないでください!」
頭を下げる私に、将軍は動かない。恐る恐る見上げてみると、彼は顎に手を当てて驚愕の表情を浮かべていた。
「……ということは、仕事で移動中に、たまに振り返ると部下が真っ赤になって息を切らしていたのは、俺のせいだったのか!?」
……他でもやらかしてらっしゃったのですか。まあ、あの速さは、男の人でもついていくのが大変だよね。
「持病でもあるのかと思って、軍医に健康診断をさせてしまったではないか」
いい上官ですね! 気遣いが見当違いですがっ。
「そうか……俺の歩みは速かったのか」
新発見! とばかりに、シュヴァルツ様は何度も頷いている。
「あの……生意気なことを言ってしまって申し訳ありません」
謝る私に、彼はあっけらかんと、
「いや、ミシェルがいなければ気づけなかった。感謝する」
わっ、誰かにお礼を言われたのなんて……いつぶりだろう?
「これからはカタツムリになったつもりで歩くとしよう」
……そこまで極端にならなくてもいいのですが。
シュヴァルツ様が慎重に歩幅を狭めて歩き出したので、私もそれについていく。
「そういえば、ミシェル」
「なんでしょう?」
「お前はさっき、俺と出掛けたいと言ったか?」
「はい。言いました」
「そうか……」
彼は戸惑ったように後頭部を掻いて、
「俺の近くには居たくないという者の方が多いから」
ぽつりと零す。
私も最初は怖かったけど……今はそれほどでもない。
まだまだ知らないことだらけだけど、少しずつ慣れていければいいな。
シュヴァルツ様が歩調を合わせてくれたから、今度は二人で市場にたどり着けました。
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