第5話 お屋敷探索

 シュヴァルツ様が自室に戻られてから、私は一人でガスターギュ邸を見て回った。

 最初の印象通り、中は一般的な貴族屋敷の間取りで、1階は共有スペースと当主の書斎、2階は家族のプライベートスペースだ。中央階段手前に広がる玄関ホールは、ちょっとしたパーティーも開ける大きさ。

 シュヴァルツ様は2階南奥の主寝室を自室にしているから、私は北奥の部屋を使うことにした。セミダブルのベッドにソファにチェストにドレッサー。備え付けの家具からして、私くらいの年齢の女性が使っていた部屋みたい。

 他の部屋も巡ったけど、ウォークインクローゼットにはドレスや男性の夜会服が吊るしてあったし、ベビーベッドの置いてある子供部屋もあった。

 ……将軍のご家族の持ち物なのかな? あれ? そもそもシュヴァルツ様ってご結婚されてるの?

 どうしよう。私、雇い主のことを全然知らない。

 でも……他にご家族がいるにしても、生活感がなさすぎる。

 きちんと整頓されているのに、棚にもテーブルにもうっすら埃が積もっていて、廃墟みたいなそら寒さがある。

 ……。


「ま、悩んでいてもしょうがないよね」


 私は出ない答えに蓋をして、厨房へ向かった。

 もうすぐ夕方になってしまう。使っていない部屋の掃除は後回しにして、晩御飯の準備をしなくては。

 ご主人様に出来たての料理を振る舞うのは料理人の務め。実家で自称グルメな家族にダメ出しされながらも十年作ってきたから、私の料理の腕はそれなりだと思うけど……。


「あれ?」


 調理台下の収納棚を開けて、私は愕然とする。


「ない!」


 砂糖も塩も他の調味料も小麦粉も油も!

 床下の貯蔵庫を覗いても、野菜も燻製肉も何もない!

 調理器具も食器も一式揃っているのに、食材が何もない。

 この家、本当にどうなっているの?

 シュヴァルツ様って、ここに住んでるんだよね??

 疑問は尽きないけど、とりあえず行動しないと。

 私は2階奥の部屋のドアをノックした。


「シュヴァルツ様、ご相談があります」


 戸板越しに呼びかけると、緩慢にドアが開いた。


「……なんだ?」


 ボサボサ頭を更に乱して、猛獣の呻きのような低い声を出す将軍に、私はビクッと肩を震わせる。

 すごく不機嫌そう。


「あ、あの……お夕飯作りたいのですが、食材がなくて……」


 怯えながらも必死で訴える私に、彼はグワッとライオンみたいな大口を開けた。

 ――怒鳴られる!?

 と思ったら。彼はそのまま顎が外れそうなほどの大あくびをして、口を閉じた。


「すまん、寝てた」


 ……寝起きで不機嫌そうに見えただけですか?


「飯か、何もなかったな。買いに行くか」


 将軍は一旦部屋に戻ると、上着を羽織りながら廊下に出てきた。


「では、行くぞ」


 玄関へと向かう彼に、私は驚く。


「シュヴァルツ様も行かれるんですか? 買い物に? ……私と?」


 食材の買い出しなんて使用人の仕事で、主人が行くものではないのに。

 戸惑う私に、彼は首を傾げる。


「ミシェルはこの界隈に詳しいのか?」


「え? いえ」


 同じ王都住まいでも、テナー邸うちは北東でガスターギュ邸ここは南西の区画だから、私はこの辺りの道に詳しくない。


「ならば、一緒に行って市場マルシェの場所を教える」


 それだけ言って、スタスタと玄関を出る将軍。


 ……シュヴァルツ様って、噂ほど怖い人じゃないかも……?

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