第4話 ガスターギュ邸

 ガスターギュ将軍の家は王都の一等地の端にある、小洒落た外観の邸宅でした。

 貴族屋敷としてはそれほど大きくないけど。庶民の家ならば5~6件入る敷地に、広い前庭。玄関ホールからコの字型に並ぶ居間や食堂、応接室などの共有スペースから、プライベート用の個室まで。2階建ての屋敷内には20以上の部屋がありそうだ。

 テナー子爵家うちと同じくらいの規模かな。

 でも……。

 この家、なんだか殺風景で寒々しい。

 庭木は伸び放題だったし、調度品は高価なのに埃を被っている。

 ……まるで、人が住んでいないみたい。

 ガスターギュ将軍は何も言わずに居間に入ってソファに腰を下ろしたから、私はドアの前に立って指示を待つ。

 ……。

 …………。


「何をしている?」


「はい?」


「座れ」


 え!? 使用人なのに、ご主人様と同じテーブルに着いていいの??


「し……失礼します……」


 促されて、私は恐る恐る彼の向かいのソファに腰を下ろす。わ、フカフカ。うちのソファよりスプリングが利いてる。

 あ、紅茶の用意をした方がいいかな? でも、厨房の場所が解らない。

 いろんなことをぐるぐる考えていると、


「おい」


 急に声をかけられた。


「ミシェル・テナーといったな」


「は、はい」


 一度で名前覚えてくれたんだ。


「今日からお前には、この家の家事をやってもらう」


「はい。畏まりました」


 それが私のお仕事だ。


「して、執事の方はどこにいらっしゃるのでしょうか?」


「……何?」


執事かメイド頭上級使用人の方は? おうちのことを教えて頂きたいのですが」


 貴族屋敷の業務は、上級使用人に尋ねるのが一番。私はとても常識的な発言をしたつもりだったのだけど……。


「いない」


「……え?」


「この家に使用人はお前一人だ」


「えぇ!?」


 この規模の貴族屋敷に、使用人が一人? 執事もいない?

 うちも今では使用人がいないけど、お母様が生きていた頃は常時八人は働いていたのに。

 将軍は上目遣いに思案して、


「できないのか?」


「いえ、やらせて頂きます!」


 あ、即答しちゃった。でも、帰る家がない私は、ここで解雇されるわけにはいかない。……支度金も家族の懐に入ってしまったし。


「それならいい」


 ガスターギュ将軍は、息をついて立ち上がる。


「俺は自室にいる。あとは自由に屋敷を見て回れ」


「はい」


「お前用の個室も、空いている部屋を好きに選んで良い」


「はい。解りました」


 私は頷いてから、質問する。


「ガスターギュ将軍閣下、このお屋敷には屋根裏部屋が何室もあるんですか?」


「……は?」


 眉間にシワを寄せて聞き返してくる将軍は、顔が怖い。


「何故、屋根裏部屋の部屋数を気にするのだ?」


「それは、私の個室を好きに選んでいいと仰られたので」


 大抵の貴族屋敷では、使用人宿舎は屋根裏だ。だから私は使と言われたと判断したのだ。選ぶってことは、一室ではないのかなって。

 それに私は、義姉に自室を奪われて十年屋根裏で暮らしてきたので慣れている。

 でも……将軍の思惑は違ったみたいだ。

 当然のように尋ねた私に、ガスターギュ将軍は理解不能という表情で首を捻る。


「何故、ベッドも家具も揃っている部屋がいくつもあるのに、屋根裏で寝たがる?」


「……え?」


「あ、もしかして、屋根裏の見晴らしが好きなのか? それなら止めないが」


「いえ、取り立ててそのような嗜好は……」


「だったら、2階の空いている客室を使え。頭の上に人が居るのは落ち着かん」


「……はい」


 いいのかな? 私が普通にベッドを使っても。


「それと、閣下はやめろ。仕事しているみたいで肩が凝る」


「では、ご──」


「──主人様もやめろ。年を取った気分だ」


 ……この人、外見だとよく解らないけど、いくつなんだろ?


「では、何とお呼びすれば?」


「名前でいい」


「はい。では……」


 ……えーと……。


「……俺の名前、知らないのか?」


 ……うぎゅっ。


「も、申し訳ありません」


 私は必死で頭を下げる。雇い主ご主人様の名前を覚えていないなんて、大失態だ! 手打ちにされるかも。

 内心震え上がる私に、彼は淡々と、


「いや、お前が先に名乗ったのに、俺はまだだったな。無礼をした」


「い、いえ、滅相もない!」


 なんで貴方が謝るんですか!

 真っ青な私をおいて、彼は堂々と自己紹介する。


「シュヴァルツだ。シュヴァルツ・ガスターギュ」


「シュヴァルツ様」


 はい、覚えました。


「では、よろしく頼む、ミシェル」


「よろしくお願いします。シュヴァルツ様」


 こうして私は、ガスターギュ邸の使用人になりました。

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