第3話 出逢い

 街の中を重い足取りで歩いていく。

 ガスターギュ将軍の家って、どこだっけ? たしか、城下通りの西って言ってたかな……?

 もう一度道を訊きにテナー家に戻る気にもならない。

 私には、帰る場所がないんだ。

 着のみ着のままお金も持たされず放り出されたから、行く場所もない。

 ……ガスターギュ将軍の家以外は。

 途中、小川に架かった橋の上で足を止める。欄干に手をついて覗き込むと、大きな鯉が泳いでいるのが見えた。

 ……いいなー、自由で。

 私も自由になりたかった。


「お母様……」


 ぽつりと呟くと。

 いきなりガバッ! と、背後から襟首を掴まれた!


「ぐぇっ」


 令嬢らしからぬ声が出るが、そうは言っていられない。驚いて振り返ると、私は見知らぬ男性に子猫のように腕一本で釣り上げられていた。

 大木のような長身に、服の上からでも判る、はちきれんばかりに盛り上がった筋肉。そして、伸びっぱなしの黒髪とヒゲに、切り傷がいくつもある顔。

 伝説の怪物トロルのような風貌に、私は凍りつく。

 完全に地面から離れた足がプラプラして靴が脱げそう。私の体重は多分平均よりも軽い方だと思うけど、それでも成人女性を片手で持ち上げちゃうなんて、すごい腕力だ。

 彼は冷めた目で私を見つめ、小さく吐き捨てる。


「ここは水深が浅い。飛び込むなら別の川の方がいい」


 ……へ?


「い、いいえ。飛び込みません!」


 慌てて首をブンブン横に振ると、彼は「そうか」と私を地上に下ろした。

 ああ、びっくりした!

 もしかして、身投げに間違えられたのかな? ……というより、身投げしそうな私を助けてくれたのかな? 助け方が雑だったけど。


「あ、あの……」


 声をかけようと見上げると、彼は既に橋から離れていた。


「あの! すみません!」


 私は慌てて彼を追いかける。そして、振り向かない壁のような広い背中に、


「もしかして、ガスターギュ将軍閣下でしょうか!?」


 あ、振り向いた。

 彼は訝しげに眉を顰め、立ち止まった。

 ……うぅ、眼光が怖いです。


「そうだが。俺を知っているのか?」


 初対面ですが、噂通りです。


「あの、私、今日から閣下のお宅で働かせて頂くことになりました、ミシェル・テナーと申します」


 将軍は上目遣いに考えて、「ああ」と得心した。


「人材派遣組合ギルドに頼んでいた使用人か。……随分若いな」


「すみません……」


 反射的に頭を下げる私に、将軍は益々訝しげに、


「何故謝る? 若いのはお前のせいではないだろう。勝手に住み込みの使用人は年嵩の者が来ると思っていたのは、俺の偏見だ」


 ……その通りですが、つい癖で……。


「まあ、いい。俺の家はこっちだ」


 萎縮する私に興味を失くしたように、彼は踵を返して歩き出す。

 ガスターギュ将軍は足が長くて歩くのが速い。私はほとんど駆け足で、彼の後ろ姿を追いかけた。

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