第2話 最悪の誕生日

「ミシェル、お前は今日からガスターギュ将軍の屋敷に奉公に出なさい」


 誕生日当日。父の書斎に呼び出された私は、そう告げられた。

 ……一瞬、何を言われたのか分からなくて、脳が理解するのに時間がかかった。


「ほう、こう……ですか?」


 間抜けに聞き返した私に、父は鷹揚に頷いた。彼の隣には、継母イライザと義姉アナベルがいて、ニヤニヤ私を見ている。


「そうだ。ガスターギュ将軍、お前も聞いたことがあるだろう。彼の家で住み込みの使用人を募集していたんだ。そこで働きなさい」


「ガスターギュ将軍って……」


 昨年、隣国との戦争を終わらせた功労者。庶民の出で、雑兵から腕一本で将軍にまでのし上がった救国の英雄。怪物トロルのような巨躯と風貌で、戦斧一振りで敵を血煙に変える様は、『戦場の悪夢』と呼ばれ敵軍どころか味方まで震え上がらせたという。

 そんな恐ろしい人の家に、どうして私が?


「お父様、どういうことでしょう? 使用人って……?」


 察しの悪い私に、父はイライラとため息を吐き出す。


「実は先物取引で失敗して借金ができてしまったんだ。だからお前に働きに出てもらわないと困る」


「そんな……」


 私は言いかけて、ふと気づく。


「信託財産! 母の遺してくれた信託財産がありましたよね? それを使えば……」


 あれは私の独立資金だったけど、家族の一大事なら仕方がない。喜んで差し出そう。そう思ったのに――


「あんな金、とっくに解約して使ったに決まってるだろ!」


 ――希望は脆くも霧散した。

 怒鳴りつけられ、私はビクッと肩を震わせる。


「もうガスターギュ将軍から支度金をもらってしまったんだ。今更反故にはできない。ミシェル、家族の為に頑張ってきなさい」


 聞き分けのない子供をあやすように諭され、私は混乱する。

 どうして? どうして私が?

 泣きそうになりながら目を向けると、継母と義姉はこの上なく嬉しそうに、


「これは家長の命令ですよ、ミシェル。まさか嫌だなんて言わないわよね?」


「あたしは娼館の方が高く売れる言ったのに。お義父様ったらお優しいんだからぁ」


 ……っ!

 無慈悲な言葉に足元が崩れる感覚がした。


 ……売られた。


 私、家族に売られたんだ……。

 継母と義姉と……実の父に。


「さあ、早く行きなさい。先方様に迷惑を掛けないようにな」


 父の無駄に威厳のある声が、後ろ足で砂をかけてくる。


「はい。……お世話になりました」


 ……もう、どうだっていい……。

 私は丁寧にお辞儀をして、生まれ育った家を後にした。

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