家族に売られた令嬢は、奉公先で溶けるほど甘やかされています。

合歓鈴

第1話 ミシェルの日常

 一日三度の食事と掃除洗濯、庭の草むしり。

 それが私、ミシェル・テナーの日課だ。

 テナー家は一応王国から子爵位を賜ってはいるけれど、栄えていたのは祖父の代まで。今は庶民と変わらない暮らしぶりだ。

 でも、父は過去の栄光が忘れられず散財を繰り返している。広さだけが自慢の子爵屋敷我が家は使用人を雇うお金もないから、私が家事を一切引き受けている。

 それは別にいいのだけれど……。


「ミシェル! ちょっと!」


 居間パーラーから金切り声が聞こえてきて、私は大急ぎで駆けつける。


「どうされましたか? お義母かあ様、お義姉ねえ様」


 慌てて入ると、居間には眉を逆立てた義母のイライザと義姉のアナベルがいた。


「あたしの絹の靴下、どこにあるの!? 花の刺繍のやつ!」


「それは、お義姉様のチェストの二段目の引き出しに……」


「場所を教えるんじゃなくて、言われたらすぐ持ってきなさいよ! 気が利かないわね、グズが!」


「す……すみません……」


「あらあら。アナベル、淑女はそんなに大声を出すものじゃなくってよ」


 罵倒する義姉を、義母が嗜める。私がほっとしたのも、束の間、


「そういえばミシェル。今朝の目玉焼き、黄身が固すぎだったわよ?」


「それは、昨日お義母様が半熟はお嫌だと仰ったので……」


「好みなんて気分にって変わるでしょう? 作る前に食べる人に訊くのが親切というものよ? アナベルの言う通り、貴女は気が利かない子ね。母親の教育が悪かったのかしら」


「そ……っ」


 私は咄嗟に怒鳴り返そうとした声を、必死で飲み込んだ。


「……申し訳ありません。これからは気をつけます」


「いつも反省だけは立派よね。結果が伴えばいいのだけれど。貴女は本当にテナー家のお荷物ね」


「早く靴下持ってきてよ! お母様とお出かけするんだから!」


 深々と頭を下げたまま唇を噛む私に、冷たい言葉が降りかかる。

 十年前母が亡くなり、喪が明けきらぬうちに父と再婚した継母と連れ子の二歳上の義姉。

 金髪碧眼で見目麗しい二人がこの家に来てからというもの、栗毛に榛色の瞳ヘーゼルの地味な私は、父から見向きもされなくなった。

 母の遺したドレスやアクセサリーは義母姉に全て奪われ、私は古い衣類を何度も繕いながら身につけている。毎日の家事で手は荒れ放題、食事は家族の残り物しか食べられないので、肌も髪も栄養不足でボロボロだ。

 ……でも、そんな私にも希望はある。

 三日後の18歳の誕生日に、母が作ってくれた私宛の信託財産が受け取れるようになるのだ。

 大きな額ではないけれど、それを持って私はこの家を出る。

 名前ばかりの子爵の地位など、もういらない。母の思い出が詰まった家を離れるのはつらいけど、ここにいるよりは、私は私らしく生きられるはず。

 そう思っていたのだけれど……。


 私のささやかな夢は、最悪の形で裏切られた。


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