売られた令嬢は奉公先で溶けるほど溺愛されています。
灯倉日鈴
第1話 ミシェルの日常
一日三度の食事の支度と掃除洗濯、庭の草むしり。
それが私、ミシェル・テナーの日課だ。
テナー家は一応王国から子爵位を賜ってはいるけれど、栄えていたのは祖父の代まで。今は庶民と変わらない暮らしぶりだ。
でも、父は過去の栄光が忘れられず散財を繰り返している。広さだけが自慢の
それは別にいいのだけれど……。
「ミシェル! ちょっと!」
「どうされましたか? お
慌てて入ると、居間には眉を逆立てた義母のイライザと義姉のアナベルがいた。
「あたしの絹の靴下、どこにあるの!? 花の刺繍のやつ!」
「それは、お義姉様のチェストの二段目の引き出しに……」
「場所を教えるんじゃなくて、言われたらすぐ持ってきなさいよ! 気が利かないわね、グズが!」
「す……すみません……」
「あらあら。アナベル、淑女はそんなに大声を出すものじゃなくってよ」
罵倒する義姉を、義母が嗜める。私がほっとしたのも、束の間、
「そういえばミシェル。今朝の目玉焼き、黄身が固すぎだったわよ?」
「それは、昨日お義母様が半熟はお嫌だと仰ったので……」
「好みなんて気分に
「そ……っ」
私は咄嗟に怒鳴り返そうとした声を、必死で飲み込んだ。
「……申し訳ありません。これからは気をつけます」
「いつも反省だけは立派よね。結果が伴えばいいのだけれど。貴女は本当にテナー家のお荷物ね」
「早く靴下持ってきてよ! お母様とお出かけするんだから!」
深々と頭を下げたまま唇を噛む私に、冷たい言葉が降りかかる。
八年前母が亡くなり、喪が明けきらぬうちに父と再婚した継母と連れ子の二歳上の義姉。
金髪碧眼で見目麗しい二人がこの家に来てからというもの、栗毛に
母の遺したドレスやアクセサリーは義母姉に全て奪われ、私は古い衣類を何度も繕いながら身につけている。毎日の家事で手は荒れ放題、食事は家族の残り物しか食べられないので、肌も髪も栄養不足でボロボロだ。
……でも、そんな私にも希望はある。
三日後の18歳の誕生日に、母が作ってくれた私宛の信託財産が受け取れるようになるのだ。
大きな額ではないけれど、それを持って私はこの家を出る。
名前ばかりの子爵の地位など、もういらない。母の思い出が詰まった家を離れるのはつらいけど、ここにいるよりは、私は私らしく生きられるはず。
そう思っていたのだけれど……。
私のささやかな夢は、最悪の形で裏切られた。
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