第17話 『水星の中で』


 『嫉妬エンヴィー』を司る最強スライムこと、我らがメルクリウスの本気モード時に使用する必殺スキル『宵明けにて煌めくマーキュリー・オブ水面の中の水星・ケリュケイオン』。


 水の結界内というわけではなく、浮かんでいる小さな水星の魔力に触れている俺とメル以外の全てを対象とする圧倒的な効果範囲。

 咄嗟に『捻じれ逆巻く母なる海レヴィアタン』を使用できないことから、普段あまり使用しない『明けの水星』と『宵の水星』の効果を越えた気配断ちが常時発動であり、メルという存在の認識を消去させつつ、メルという認識できない存在を無意識に追ってしまい、その感情に拘らせることのできる極悪な効力。

 

 記憶から消え去ったメルを無意識に追い求めながら、姿も気配も感じることのないメルと戦わなくてはいけない。



――ギャリギャリギャリッ! ドシャァァァァァァァンッ!



「えっ!?」


「……ほへぇ?」


「ゴホッ!!」



 メルの本気を受けた者達は何が何だか理解不明だろう。

 『宵明けにて煌めくマーキュリー・オブ水面の中の水星・ケリュケイオン』の効果の1つである、水の結界内なら地面からであろうが、空中に存在する水分からであろうが『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』を出すことができる。


 空中から突如現れた『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』が、俺の近くにあったベンチを喰い破るように突撃した。

 水飛沫の中から現れたのは右腕を失い、大量の血を流している銀閣であった。銀閣は何が何だか理解できていないようだ。



「はぁ……はぁ…私は何に……何と戦っているのです?」


「どうなっとるんや……この状況」


「……消して掴むことのできず、心の矛先すら乱す水星。さすがメルだよ」


「……幻術に真実を化かす能力。もう通じない」



 きっと銀閣の能力だったんだろうな。

 本体が攻撃されたことで中庭中央で戦っていた銀閣の幻術だったモノたちは消滅していった。

 銀閣は何かと戦っていることは理解できているが、何と戦っているかはモヤがかかっているように分からず、でも不明な何かを追いかけなければいけない感情に支配されているんだろう。

 リンさんたちも、銀閣が何者かと戦っていることは理解しているが、何と戦っていたのか思い出せず、その不明な者を思い出そうとすることしか頭にない状態なはず。


 ちなみに五右衛門とデザイアは本気モードになる前に別空間へと避難した。



「だ、誰なのです? 私は何と……どこにいるのですか?」



 そのどこにいて何者か分からないメルを探す敵意の感情が対象を地獄へと叩き落す。



――ギャリギャリギャリギャリッ!!



「『儚き水星は心の中にアイファズフト』」


「あぁぁッ?」



――グジャッ!!



 至る所から迫りくる『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』を何かしら方法で対処しようとしていた銀閣に放たれた本気になったメルの『嫉妬エンヴィー』スキルである『儚き水星は心の中にアイファズフト』。

 その効果は『宵明けにて煌めくマーキュリー・オブ水面の中の水星・ケリュケイオン』の範囲内にいる俺とメル以外の全ての生命は、天上にて輝く小さな水星に心を奪われ、それ以外の全ての認識を1度放棄してしまうという『隣のお花は真っ赤っ赤ルーフス・ジェラシー』の超上位互換。


 輝く水星に心を奪われ、魅入られることに全てを捧げてしまえば、先ほどまで警戒していた高速で迫る『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』たちに対処できるはずもなく、銀閣の左腕と立派な尻尾たちは喰い千切られてしまう。



――バシャァァァンッ!!



「「「ッ!!??」」」


「……疲れた」


「お疲れ様メル」



 完全に死の直前まで追い詰めたと判断して、メルが『宵明けにて煌めくマーキュリー・オブ水面の中の水星・ケリュケイオン』を解除する。

 小さな水星と水の結界が、ただの水となって中庭に雨のように降り注いでいく。そんな雨を眺めながら、瀕死の銀閣とリンさんたちはメルという存在を思い出す。


 プヨプヨとスライム形態で膝の上まで乗ってきたメルを撫でて褒めながら、改めてメルがやってくれたことを思い返す。



(……完全な『初見殺し』とリンさんの好奇心を力と理不尽さで破壊した)



 発動してしまえばメルの本気モードである『宵明けにて煌めくマーキュリー・オブ水面の中の水星・ケリュケイオン』は最強クラスの力ではあるのだが、発動までにメル本体がスライム形態のまま無防備になってしまうという致命的な弱点も存在する。


 色んなスキルが見たいというリンさんたちの想いを完全に逆手にとった、容赦の無いメル劇場だった。


 俺は銀閣に近くまで歩いていき、瀕死の銀閣を眺めるリンさんに声をかける。



「こっちの勝ちってことで満足してもらえましたか?」


「ほんまに『初見殺し』な力やったわ。ウチの頭の中までもグチャグチャにしてまうなんてなぁ~」


「そこの銀閣の手品も相当でしたけど……」



 正直、銀閣の本体が最初っから戦っておらず、俺の近くでのんびりと観戦していたなんて気付きもしなかった。

 『化かす』という力、俺が思っている以上に幅広い能力であり、『大罪』と同じように『初見殺し』に秀でた力なんだろうなってのを一瞬で思い知らされた。


 五右衛門とデザイアが戻ってきて、メルに何やら文句やら称賛を送っていた。



「儂らも狂わされるから、出来れば使わんで欲しかったところだったんじゃが」


「妾たちは大急ぎで逃げることにはなったが……さすがメルじゃのぅ~死ぬギリギリじゃな」


「……バッチリ」



 瀕死の銀閣を見ても、特に動揺も何もなく……むしろ面白そうにしているのを見ると、リンさんの魔王としての器というか、このレベルの戦いを本当に遊戯にしか見ていないってのがわかる。

 メルの本気モードを見ても、特に動揺も無く本当に知的好奇心を満たせたことによる満足感のある感じ……少し怖いな。


 

「……ますたー、そこ魔王は偽者。……たぶん今まで会って来た狐魔王全部偽者」


「なんや~そんなとこまでバレてしまうんか」


「……はい?」



 メルの指摘に思わず思考が停止する。

 『宵明けにて煌めくマーキュリー・オブ水面の中の水星・ケリュケイオン』のついでに『星核の根』を軽く張ったんだろうが、ここまで誰も気付けかったレベルで化かされてたってこと?

 そんな動揺した俺を嘲笑うかのように、リンさんだと思っていた人の身体が少しずつ変化していき、黄金九尾の妖狐である玉藻の前が姿を現した。



「……ずっと分身体だったのか」


「1番最初にお会いした時以外は、全て私でした。好奇心が強いのですが、城から出るのを面倒くさがる癖がありますのでお許しください」


「……どっちでも良いんだけど、ここまで気付かないもんなんだな」


「『化かす』ことだけは誰にも負けませんからね。本気を出してくださったスライム様に気付かれてしまいましたが」


「……凄いもんだな」



 正直ゾッとした。

 魔王人生を振り返って1番ってくらいに恐怖を感じている。メルが本気モードになったことで判明したけれど、これが身内に化けられて潜られたらとんでもないことになっていたかもしれない。

 『化ける』ことの最高峰、『大罪』と並ぶ『初見殺し』と『押し付け』の強いタイプの魔名……もしかしたら1番手ごわい相手なのかもしれない。


 ……リンさんと敵対しないようにしたいな。



「リン様から楽しい見世物のお礼に色々と教えて良いとのことですので、少しお話のお時間いただけますか?」


「……ありがとう」



 動揺覚めぬ中、玉藻の前に教えて欲しかった色々なことを聞くことができ、結果としてはメルの本気モードである『宵明けにて煌めくマーキュリー・オブ水面の中の水星・ケリュケイオン』を明かすことになったけれど、それを補えるだけのモノを手に入れることに成功した。


 ……なんだか疲れたな。

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