第14話 『火』と『罪』と


――『罪の牢獄』 居住区 食堂



「本当に…何度救われたか」


「あれは誰も予測できないレベルだったからな、正直ルールに助けられたな」


「えぇ……『侵略の火』があったからあそこまで余裕があったんだと思うと、もう少し警戒しておくべきでした」



 可愛い弟子であるラプラスのお願いをしっかりこなし、『罪の牢獄』に帰還したところで来訪してきたのは、先日一緒に戦った『火焔皇』という新たな領域に足を踏み入れた魔王アイシャだ。


 『生命の炭』の力で右腕であったドラグノフを失ってしまい、急いでダンジョンの防衛であったり、魔物たちの統率だったりを整理することになったので忙しそうだったが、落ち着けたとのことで話をしに来たということだ。


 わざわざ来なくてもいいのにと思いながら、真面目に礼を言ってくるアイシャと話を続ける。



「『火焔皇』か……随分洒落た魔名だな」


「これが私の最終段階、それかもう1段階上があるんではないかと思います。先の進み方はわかりませんが」


「『火』の魔王の頂点、何かに特化するのって個人的にはカッコ良くて好きだな」


「そういう性格していますもんね」



 『焔天』の時点で十分な強さを誇っていたアイシャだが、『神炎』の同族を確実に支配し己のモノとする特化型の力を乗り越え、いかなる火であろうとも燃やし尽くすところまでやってきている。

 本人は悔やんでいるが、メビウスのやり方は俺がよくやっている事前準備すら意味をさせることのない『初見殺し』タイプの戦い方なので、あれを対処しなくちゃいけなかったと考えるのは難しい話だ。命の危機だったから考えて損は無いんだけども…。


 『生命の炭』によってドラグノフを糧にし、そして『神炎』を得たことでさらに強力になった『火焔皇』、タイマンバトルしたら俺が焼き尽くされる力の差が出来てしまったかもしれない。



「本当にダンジョンの防衛は大丈夫なのか?」


「ドラグノフを失ってしまいましたが、火竜種が多くいるので簡単には突破できません」


「あぁ……真名無しであれば召喚し放題なのか、そういえばそうか」


「『大罪』の縛りが当たり前になってしますね。ソウイチが考えるほど困り果てるレベルではありませんよ」


「俺の場合1度失うと致命的になるからな……そうか」



 ドラコーンは呼べないが、【灰燼焔竜王ドラグノフ】はDEがある限り召喚することができる事実、Gランク以外召喚できない自分との差に久々に嫉妬感を感じてしまった。

 魔王界でもトップクラスの単騎性能を誇るようになったアイシャ、まだ『生命の炭』で少しずつ自身を強化可能なことを考えると、他の魔王よりもDEの重要性が段違いだな。


 俺はDEをダンジョン前半部分だったり、日々の娯楽につぎ込んでいるから余りがちなのを考えてみても良いのかもしれない。



「ソウイチは公国へ向かうのですか?」


「ん~……まずは帝国の治安維持と王国の様子見だな。アイシャは聖国で仕掛けてくる奴らを返り討ちにする時間?」


「そうですね。聖国は支配者は不在になったので……しばらく不穏な日々が続きそうです」



 世界の均衡は『七元徳』が消え、聖国が崩壊に向かったことで完全に崩れた。

 『魔王八獄傑パンデモニウム』に『大魔王の頂きゴエティア』、そして『勇者』に『プレイヤー』あたりが少し動くだけで世界の流れが変わってしまう恐ろしい状況になった。

 人間界の秩序は勇者が保とうとするが、空いた聖国を王国は逃したくは無いだろう。俺からすれば勇者は公国で『星魔元素』の相手をしていただかないと困ってしまう。


 帝国も色々狙われているようだが、そこらへんは帝都にいる戦力やラプラスやピケルさんに任せておけば、大事になる前に知ることができそうなので安心できる。


 東雲拓真に安心して動いてもらうためにも、俺は王国を黙らせに行くことを最優先として動き始めたほうが良さそうだな。

 アイシャにも協力してもらえれば楽だったが、聖国で巻き起こる支配者争いをしてもらうのも大変だろうから、ここは俺たちで終わらせに行こう。



「『罪の牢獄』は相変わらず盤石な守りをしていそうですね」


「DEをダンジョンの設備関係に使い放題だからな。魔物にDEをそこまで使わないから階層も増やせて難易度が凄いことになっているぞ」


「私はDEカツカツ気味になってきましたか……少し羨ましいですね」


「城型のダンジョンって拡張難しいよな。俺は地下深くするだけだから何も考えず実行できる」


「噂では『星魔元素』様のダンジョンは相当広大と聞きますね」



 魔王界ぶっちぎりで広く深いダンジョンだと有名な公国の『星魔元素』のダンジョン、実際どれほど深いのかは『星魔元素』と交流があるであろう『大魔王の頂きゴエティア』たちくらいしか知らないだろうが、相当なダンジョンらしい。

 東雲拓真ならば大丈夫だろうと思ってはいるが、一応俺の力も貸せるようなら頑張らせていただきたい。東雲拓真の能力的に不必要である可能性は高いんだけどな。


 『大魔王の頂きゴエティア』の1人であり、『神狐』の魔名を持つリンさんのダンジョンも美しく極悪な難易度だと聞いたことがある。

 リンさんとは個人的に仲が良いと思っているので、少し情報収集をさせてもらえないだろうか? 四大国の外にいる魔王ではあるが、世間の情報はしっかり仕入れているはずなので、俺よりも物知りなはずだ。



「勇者が暴れやすいように、聖国と王国の動きを見つつ、帝国の治安を守りながら少し情報収集だな」


「……聖国と王国は酷いことになりそうですね」


「聖国の場合、もう酷くなりつつあるけどな」



 聖都を支配し聖国の王となろうとする魔王たち、指定された魔王を討ちとることで生きて世界脱出を狙うプレイヤーたち、魔王や魔物を狩り取って一攫千金を狙う冒険者たち、その流れに便乗して聖都や聖国の街を支配しようと動いている王国や公国の人間たち……なんと美しい荒れ模様だ。


 特にプレイヤーは女神の加護があるだけあって成長速度がバグっているレベルで速いので油断することはできない。

 東雲拓真があまりにも人間界で目立ちすぎるから、ついつい忘れがちだが、プレイヤーは時間が経過すればするほど確実に魔王を討ち取ることのできる力を身に付けるであろう存在だ。



「人間界は難しいな。どの国も動きに対して、色んな考えの者が同時に動いてくるから何が起るか読みにくい」


「聖都を狙う者が多いことは確かですね」



 王国の王の狙いと、王国にいる人間全ての狙いが同じわけじゃないってのがやりにくい部分だ。王国の人間でも国の利益よりも、個人の利益を考えて動いている奴がそれなりにいるから、予想外なところで動かれて隙をつかれるなんて言うことがあってしまったりする。


 帝国だって帝都を支配したけれど、俺の知る範囲外の人間なんて腐るほどいるから何が起るか分からないのが結局の現状である。



「まぁ……未知に怯えて動かずにいられる時代は終わったからな。やってやるさ」


「そうですね。互いに頑張るとしましょう」



 タイマンバトルの労いの言葉や、持っている情報の交換を済ませ、俺とアイシャは自分たちのやるべきことのために準備をし始めるのだった。

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