第10話 我が胸に『灯を』


「ゴホッ!!」



――ザヴァァァンッ!!



 渾身の一撃である6体の『天海の旅魚ラビエル』の口から放った激流『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』、天から注がれる激流に飲まれた相手に大波の中進んで行ける『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』のコンボ。


 逃げるのが少し遅かった支配される直前だったアイシャは激流に飲まれていく。

 今回は『節制テンパランス』の力に全てをかけた形であり、追尾力はあるが速さの無い『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』を確実に当てるためにも燃費の悪い『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』まで使った。

 何回も言うけど、『美徳』のスキルはどれも本当に燃費が悪くて、やっぱり好きになれないな。効力はさすがに凄いんだけども……。


 おかげさまで白の球がアイシャの肉体に、黒の球が黄金に輝くアイシャの魂に触れることができた。



「はぁぁぁぁぁッ!」



――バシャァァァァンッ!!



 凄まじい勢いのある『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』から飛び出てくるアイシャ。

 5分が経過してスキルが自在に使用可能になったのにも関わらず、何もできないことに驚いているようで険しい表情をしている。

 そしてアイシャの完全支配も進まず何がどうなっているか分からない表情で俺のことを睨みつけてきた。


 ちなみ燃費の悪いスキルを連発しすぎて体調不良というか激しい倦怠感に襲われているので、これでダメだと大変危険だ。



「ふぅー……なるほど、『侵略の火』と『再誕の火』ね。確かに火の魔王で頂点とるだけあるな」


「こ、これが『七元徳』の力ッ!?」


「管理の力『節制テンパランス』。アイシャの肉体に魂、そんでもって『焔天』の魂もしっかり3つ感じ取れてるぞ」


「…管理の力」


「ってことで後は頑張れアイシャ」



 『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』は触れた者を『管理』することのできる凶悪なスキル。

 アイシャの肉体と魂に触れ、肉体を侵略し支配していたメビウスの魂を引き剥がして、アイシャの魂を肉体へと戻していく。


 さすが『神の癒し』とかなんだか言われていた神熾天使の力である『節制テンパランス』だ。

 魂にまで及んでいた支配を救えるのは、さすがとしか言いようがない。ウチの『大罪』の力たちだったらこういうことは難しかった。



――ゴウッ!!



「結局救われてしまいましたね。本当にありがとうございますソウイチ」


「この貸しはいつか返してもらうから頑張れよ」


「『神炎の魔王メビウス』……ここまで力の差があるとは思いませんでした」


「『侵略の火』よ灯れ」



――ボウッ!!



 『神炎』……もといメビウスとアイシャの差。

 力の差ってのは正直、放っている魔力の圧で理解できてしまうほどの圧倒的な差に感じる。同じ『火』の魔王であるのにここまで違いがあるのかってレベルだ。

 アイシャは『生命の炭』による最強ブーストがあるけども、こんなにも差があるってのは、やはり経験やら場数、『侵略の火』で吸収してきた火の力。


 闘技場内に小さな『侵略の火』たちが灯っていく。この火に触れすぎるとダメージは無くても魂の内側に宿られてしまう厄介な火だ。


 頑張れよとは言ったはいいが……こっからどうアイシャが勝つのかは何とも言えないし、普通にやればただ力負けして終わってしまう。



「誰もがソウイチのように魔王になってから1年で上級魔王に勝てるわけではありません」


「それに関しては、その子の言う通りだね。『大罪』が魔王の歴史上でも稀なだけで、そんな異常を追い越そうとするなんて現実を見た方が良いよ『焔天』」



 メビウスの口がよく回っている。

 正直無口なタイプかと思っていたが、この状況に焦っているのか興奮しているのかよくわからないが、完全に冷静さを失っている。

 

 俺とアイシャを比べて……アイシャの平静さを揺らそうとしているんだろうが、そこまで甘い魔王なんかじゃない。

 


「諦めたほうが良い『焔天の魔王』、君がどう藻掻いたところで『大罪』のようにはなれないよ」


「上を目指すのは悪いことばかりではありません」



 今までで1番力の入ったアイシャの言葉が響き渡る。

 俺もメビウスも思わず聴き入ってしまう……とても想いのこめられた力強い発言。目を瞑り、手を胸に当てて何かを思い出すように語るアイシャ、戦闘中だから隙まみれなのだが、あまりにも力と想いのこもった発言にメビウスも動けないようだ。


 アイシャは真紅に燃え上がる1つの球体を生み出しながら話を続ける。



「確かに……時にはソウイチと比べてしまって下を向いてしまうことがあります。力は有る方が良いですし、『最強』と呼ばれるソウイチを羨ましく感じることもあります」


「そ、そんな思いをしてまで同盟を組むなんてね」


「『最強』でなくてはならない……そうあることだけが良い魔王道でないと気付きました」


「強さに拘っている君らしくないね」


「いつか訪れる死の瞬間、その時に良い魔王道であったと思える旅路。遥か遠い背中を、少しずつでも精一杯藻掻いて……その時その時の私を受け入れ進み続ける」


「な、何がそこまで君を駆り立てる?」


「私に尽くし、頂上に立つと信じて託してくれた配下たち……そして、共に頂きを見ようと誓ってくれたソウイチが進み続けているのに、私が止まってしまうのは悔しいのです!」



――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!



「嘘だろ……あれって」



 至る所が燃え盛っている闘技場が、さらに暑くなる。

 アイシャが真紅の球を出現させてから、一気に灼熱の地獄かと思わせるような気温と圧の変わりようだ。

 アイシャの強い想いに呼応するかのように灼熱の波動を放つ球に思わず驚いてしまう。何故なら……あの球から感じる気配は覚えのあるモノだからだ。


 

「『神炎の魔王』と力の差がどうしようも無い場合にと……私が進み続けるために想いを残してくれました」



――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 とんでもない熱の圧。

 最強の『火』魔王である『神炎の魔王メビウス』が声も出せずたじろいでしまうような凄まじい火の力。

 アイシャのリスクが大きいがリターンも大きいブーストスキルである『生命の炭』、アイシャ自身を強化できる技であり、糧にする魔物の質にも依存するもので、『真名』持ちを糧にしたとき……とてつもない力を得ることができる禁断とも言えるスキル。


 俺が感じた気配、それはアイシャ陣営に残っていた最強の真名持ち魔物であるドラグノフと、その他の魔物たちの気配だ。


 メビウスを勝るため、アイシャが頂へと進むため……あれがドラグノフの覚悟と忠義。



「参りましょう。『火』の頂を獲り……ソウイチのいる天の景色に届くまでッ!」



――ゴウッ!!



「うおッ!?」



 アイシャの身体に吸い込まれていく真紅の球。

 そして放たれる灼熱の衝撃波、俺とメビウスを吹き飛ばし天に巨大な火柱をあげている。ドラグノフを自身の力へと変える『生命の炭』、アイシャにとって最終兵器なはずであり、最強の配下を失うというとんでもない決断が必要だった選択肢。


 俺が同じ立場だったら絶対に出来ないことだ。


 そんな灼熱の熱風を浴びながら、先ほど凛と語っていたアイシャを見て改めて感じた。



(最高だ……本当に最高にカッコいいよ。証拠は無いけど、きっと愛火だ)



 天に昇る巨大な火柱から感じるのは、『焔天』ではなく……最早まったく別のアイシャの気配。

 メビウスが展開していた『侵略の火』たちを掻き消して、火柱から現れたのはド派手なドレスアーマーに炎の翼をもった新たなるアイシャだった。


 近寄る全てを燃やしてしまうようなオーラを纏いし、竜をも思わせる新たなるアイシャがメビウスに高らかに宣言する。



「『火焔皇の魔王アイシャ』……我が竜王の意志を継ぎ、頂を掴みますッ!」

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