第18話  『理性』無き正義


 天使の行いは全て正当化されるべきである。


 人々を導き、世界の悪を滅ぼし、秩序を守るべき存在。

 主以外で天使の上に立つ存在など本来なら許容しがたく、天使という存在は絶対でなけばならぬはずだった。


 そんな意志を持って生まれた天使たちだが、何故か天使は『魔物』という多種多様な者たちと同じ扱いを受け、人間からも討伐対象と見なされる存在になっていた。


 天使は絶対でなければならない。

 天使は高貴な存在でなければならない。

 天使の行いは全て正しいモノである。


 そんな受け入れがたかった地位を一瞬にして引っ繰り返すことのできた力こそが、主の持つ『七元徳の魔王アクィナス』が持つ『魔名』であり、神熾天使たちが持つ『美徳』であった。


 そんな中でもミカエルの持つ『正義エロジオン』は特別であった。

 全てをミカエルが優位になるように正当化され、ミカエルが上に立つように世界が構築されていく。

 ミカエルの意志を無理矢理にも通すため、全てを捻じ曲げ、天使という存在が正しくなるための強大な力。


 ミカエルが常に正しくあるべき存在になれるはずの黄金の世界が、たった1体の魔物の1つのスキルによって地獄へと変えられてしまう。


 『第九圏・永久氷獄・コキュートス・最終円叛逆幽閉庭エンド・ジュデッカ』。

 


「……こ、これが……」


「……半分氷漬けになりながらも意識がしっかりしているのはさすがですね」



 黄金の空は気付けば氷獄へと姿を変え、四方八方氷地獄。

 閉じ込めた者を永久に封じる暗い暗い氷の牢。


 ポラールが展開した 『第九圏・永久氷獄・コキュートス・』の最終段階。

 氷獄に囚われた者にデバフ・継続ダメージ・能力発動阻害・精神汚染とテンコ盛りの影響を与え、並みの相手ならば凍り付いた時点で即死するような地獄でもある。



「正直他の『美徳』以上の厄介さがありますが、そこもマスターの相性診断結果の賜物ということですか」


「『正義エロジオン』の力は見せていなかったはず……」


「ご主人様曰く、『七元徳』の右腕なんだから摩訶不思議な概念歪まし系だろうとおっしゃっておりました」


「……そんな適当な」


「私の似たようなジャンルになるかもとは以前から言っていましたので、メルが天使たちから得た情報で確実に絞れましたね」


「『正義エロジオン』はこんなモノでは終わること無し」



――パキパキッ!



 ミカエルを封じている地獄の氷に罅が入り、少し黒ずんだ黄金色の魔力が『第九圏・永久氷獄・コキュートス・最終円叛逆幽閉庭エンド・ジュデッカ』を覆う勢いで広がり始める。


 ミカエルの『正義エロジオン』のスキルは、『聖神力せいしんりょく』無くとも阻害されないジャンルのモノであり、ポラールの『至高天・堕天奈落輪廻パラダイス・ロスト』と同じで基本打ち消されることの無い力なのである。


 しかし、勢いよく広がるかと思われたミカエルの『粗潰しの肥大正義ジャスティスロード』は逆再生され出したのかのようにミカエルの元へ戻っていく。



「凍らせて動きを封じる特殊結界ではない?」


「我が『第九圏・永久氷獄・コキュートス・』は、そんな甘いモノではありません」



 『第九圏・永久氷獄・コキュートス・最終円叛逆幽閉庭エンド・ジュデッカ』の氷獄に幽閉する効果とは、また違う効果で、相手を氷で封じ込めた地点を中心とし、魔力や気に対する強大な引力を発生させ、時間経過で圧殺することができる力があるのである。


 氷漬けのスリップダメージと多種多様なデバフ、そして時間経過で圧殺と、能力範囲を極限まで縮小させる地獄が 『第九圏・永久氷獄・コキュートス・最終円叛逆幽閉庭エンド・ジュデッカ』なのである。


 ポラール以外が入ってしまえば氷漬けにされてしまうし、ポラール自身の魔力を引き込まれるので、ポラール単体でしか安全に発動できず、発動してしまえばポラールも見ることしかできないのがデメリットだ。



「意識が飛ぶような氷の地獄に、捕らえた者を圧し潰す結界スキル……極悪なモノですね」


「さすが天使の長……話す余裕もあるのはさすがですが……」


「我ら神熾天使を舐めるなァッ!!」



――バキバキバキバキッ!!



 ミカエルの放つ全てがミカエルを圧殺する凶器に感じるような引力の中、眩いほどの黄金の魔力がミカエルの身体から溢れ出し、ミカエルの身体と氷獄の氷に罅を入れる。

 『正義エロジオン』の力が、『第九圏・永久氷獄・コキュートス・最終円叛逆幽閉庭エンド・ジュデッカ』をミカエルが正しく在れるように侵食しようと氷を伝って爆発的に広がろうとする。


 地獄の引力を持ってしても、引き留めきれない『正義エロジオン』の力に焦ることなく、ポラールは淡々とミカエルに告げる。



「『憤怒ラース』の力を侮らないでください」



――ゴウッ!!



 ミカエルの『正義エロジオン』に見せつけるかの如く、ポラールの魔力圧がグッと上昇する。

 その魔力の高まりに呼応するように『第九圏・永久氷獄・コキュートス・最終円叛逆幽閉庭エンド・ジュデッカ』の中心への引力が強まっていく。

 

 『正義エロジオン』の正当化侵食よりも、ポラールの『天覇魔神の頂点』や『激昂し塵へと返すアポカリプス・サタン黙示録・ジ・イーラ』、『憤怒ラース』によるポラール自身のバフのほうが遥かに速いのである。


 今まで全ての『美徳』の神熾天使に対して行ってきた、徹底的な能力相性で勝ちに行く戦いである。



「これでどうですッ!」


「グウゥゥゥっゥゥゥゥゥッ!?」



――バキバキッ グシャァァァァッ!!


 ミカエルを幽閉していた氷が砕け散る音と同時に、ミカエル自身を中心にかかっていた絶大な引力に引かれ、生々しい音を立てて、ミカエルは一瞬にして肉塊へと姿を変えた。


 肉塊が地面に落ちる音、濃厚な血の香りを感じながら、ポラールはミカエルの血肉に違和感を感じる。



――まだ……我らは全てを正す者……



「最早天使と呼ぶのもおこがましい状態になりそうですね」



――グジュッ グシャッ! ボコボコボコ……



 ミカエルの血肉から生々しい音とともに、ブヨブヨした何かがボソボソ話ながら湧き出てきたことに、さすがのポラールも気味が悪かったのか苦笑いをしてしまう。


 天使たちが拘っていた高貴な存在には到底見えない醜態、しかし、そんなブヨブヨした何かは徐々に天使のような形へと姿を変形させていく。


 そんなミカエルだった物体に対し、ポラールは自身の右手をむける。



「『奈落天・焦熱地獄しょうねつじごく』」



――ゴウッ!!!



 一瞬にして氷の地獄は砕け散って行き、ポラールの手をむけた先の全てを焼き尽くしていく灼熱の地獄へと世界を変えた。

 

 氷獄が解除されたことで、飛行能力の無い謎の物体は燃やされながら地に落ちていく。


 

――ゴウッ!!



「……ここからが本番のようですね」



――アァァァァァァァァァァッ!!



 ミカエルだったモノが焼き尽くされる直前、黄金の小爆発と唸り声とともに現れたのは天使のような姿をした怪物。

 羽は血色に染まり、ブヨブヨした赤緑の腹、完全に再生しきれていない腕とブクブクデカくなった歪な脚、4つの不格好な角に感情を無くしたような赤い瞳……そして口元は謎に微笑んでいるという異形の存在。


 そんな異形の存在からは、先ほどのミカエルからは考えられないほどの魔力圧、恐ろしいほどの『正義エロジオン』の魔力を身体のいたるところから噴き出している不気味さである。



「戦場全てを自身の力で侵食するつもりですか」


「全ての不浄ッ! 天使に仇す全ての存在を……この力で正してやろうッ!!」



――ガァァァァァァァァッ!



 ミカエルのピンチだと駆け付けた様々な天使たちが、異形のミカエルから噴出される『正義エロジオン』の魔力を浴びて悶え苦しんでいく。

 悶え苦しみながら、天使たちは先ほどのミカエルのようにブクブクと異形の姿へと形を変えていき、異形のミカエルよりも少し小さいだけの怪物たちが次々と誕生していってしまう。


 同胞すらも蝕み異形へと変えていく。理性無き『正義エロジオン』に対し、ポラールも次は再生させまいと世界を変えるべく力を解き放つ。



「見せましょう……『天獄界・ヘル&ヘブン  第四天・太陽天イリアコ・システィマ』」



 黄金の空は澄み渡りし『蒼』へと塗り替わっていく。

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