第17話 『憤怒』vs『正義』


 『美徳』を司る6体の神熾天使たちが瞬く間に撃破され、『七元徳』陣営に圧倒的優位に働いていた『六封城』は壊滅状態。

 観戦する誰もが予想だにしていなかった『大罪』陣営の圧勝ムードである。


 傍から見れば余裕の流れに感じる魔王戦争の中、『大罪』陣営はソウイチをはじめとし、誰一人このまま終わるだなんて思っていなかった。

 こんなにアッサリと『七元徳』が終わる訳がない。確実に何かしらビックリな秘密兵器が存在しているだろうと……。


 そんな『大罪』陣営の魔物たちのリーダー、『枢要悪の祭典クライム・アルマ』を纏める絶対的な存在であり、実力もトップクラスとも言える最強の魔物、ソウイチが心から信頼を置いている魔物であるポラールが『七元徳』のダンジョン入口近くまで接近することに成功していたのだった。



「空に浮かぶ立派な宮殿ですか……確かに『罪の牢獄』とは真逆のダンジョンですね」



――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 『枢要悪の祭典クライム・アルマ』同士での模擬戦以外では初めて感じる、かなりの存在圧を正面から感じつつ、ポラールは周囲の様子を観察する。

 今回の魔王戦争で5体、事前の戦いで1体の『美徳』を司る神熾天使たちを撃破してきた。残り神熾天使は1体、こんなすんなり行くのはおかしいと疑いつつ、ポラールは前へ進む足を止めずにいた。


 戦場に出てきた天使たちは残り僅かなところまで減らした。

 『七元徳』と最後の神熾天使が残るダンジョンも、ほぼほぼ包囲が完了しつつある。



「何が企まれていようと……私たちは逃げる訳には行きません」


「……最早私以外どの天使が出ても相手にならぬ状況のようですね」



――キィィィィンッ



 澄んだ青空だった戦場が一瞬にして黄金の空へと姿を変える。


 ポラールが見ていた『七元徳』のダンジョンも黄金の魔力のようなもので姿を隠してしまったのか見えなくなり、代わりに現れたのは黄金に輝くドレスにを身に纏い、派手な髪飾りで髪を束ね、立派な白翼を羽ばたかせる天使が1体。


 

「……随分と変わりましたね。以前とはまるで違う格好です」


「……それはお互い様でしょう」



 『七元徳』の率いる天使たちの長。

 神熾天使ミカエル・フスティシア、2度会ったことのあるポラールはミカエルの姿が随分と変わり、魔力量から何まで圧が凄まじくなっていることに驚きを隠せずにいた。


 他の神熾天使たちとは明らかに力の差がある。

 他の神熾天使たちの情報を耳にしていたポラール、今まで戦ってきた天使たちとは別物の存在へと昇華したミカエルに、ポラールは自身の魔力を身に纏い、戦闘体勢に入る。



「『憤怒ラース』の大罪……『正義エロジオン』の前に砕いてみせましょう」


「『正義エロジオン』? 聞いていた名と違う気もしますが……」



 ミカエルから発せられる『聖神力せいしんりょく』が戦場を侵食していく。

 新たな姿へと進化したミカエルに色々思うことがあるポラールだが、考え事をしながら戦えば危険であるという認識から素早く切り替える。


 『激昂し塵へと返すアポカリプス・サタン黙示録・ジ・イーラ』のバフ効果が効いていないことに焦ることなく、ミカエルの動き出しを観察するポラール。



「『聖神力せいしんりょく』が無ければ、能力すら発動させてもらえない。随分と壊れた力ですね」


「私の能力は知り得ていると言いたいのですか?」


「まだまだ秘めているのは承知です。ただただ称賛ですよ。おかげ様で私自身の力をここまで昇華することができたのですから」


「……」



 ミカエルを『善悪二天論ツヨサコソセイギ』により見通すことで、ようやくミカエルの言っていたことの全貌が見えてきたポラール。


 『正義エロジオン

 『七元徳』の『美徳』の1つ。

 他者を自身より弱い存在へと蝕む、又は自身を対象と同等か1歩先の能力値へと昇華させることに特化した力。

 自身の力を正当化させるために周囲の味方の能力値を操作することも可能であり、環境すらも自身に好ましい形に侵食することができる。


 今のミカエルはポラールとの間にあった力の差を、自身の力が通るまで存在を強化させた状態であり、黄金の空もミカエルが有利になるような環境なのである。



「恐ろしい力ですね」


「こんな状態まで昇華せねばいけなかった『大罪』の力……さすが同胞たちを破ってきた者です」


「私のステータスがバレてしまったのは気になるところですが、元々我ら『大罪』の魔物はステータスで戦うタイプではないので安心ですね」


「……煽りに聞こえますよ」


「天使様には煽るくらいが良いとご主人様が言っていましたから」


「『歪んだ正義執行ヴァイス・コルタール』」


「『焔覇大黒天掌ダイコクテン』ッ!」



――ドシャァァァァンッ!!



 穏やかに見えた言葉のやり取りから一変。

 ミカエルから放たれたのは相手を自身より弱い存在へと強制的に退化させ続ける呪われし黄金の魔力波動『歪んだ正義執行ヴァイス・コルタール』。

 対するポラールは『憤怒ラース』の黒炎を纏わせ放つ掌底である『焔覇大黒天掌ダイコクテン』を正面に放っていく。


 『正義エロジオン』によって、ステータスはポラールの壊れた値よりも上にいったミカエルのスキルであったが、『歪んだ正義執行ヴァイス・コルタール』と『焔覇大黒天掌ダイコクテン』の激突は、完全に『焔覇大黒天掌ダイコクテン』が上回り、憤怒の黒炎が黄金の魔力を焼き尽くしながら、ミカエルを弾き飛ばす結果になった。


 掌底の衝撃波に飲まれ崩れてしまった態勢を立て直しながらも、『正義エロジオン』によってポラールよりステータスは確実に強くあったはずの自身のスキルが呆気なく弾かれたことに驚きを隠せないミカエル。


 そんな隙をポラールが見逃すはずもない。



「『黒焔王怒砲拳ベリアルストライク』!!」


「ステータスでは完全に上回ったはず!? 『粗潰しの肥大正義ジャスティスロード』!」



――ブオォンッ!



 空中で体勢を整えているミカエルにポラールが放ったのは、黒炎を纏わせた槍のような拳圧。

 凄まじい風切り音とともに迫る『黒焔王怒砲拳ベリアルストライク』に対し、ミカエルは自身の攻撃がポラールより劣っていることに混乱しつつも咄嗟に『粗潰しの肥大正義ジャスティスロード』というスキルを放つ。


 ミカエルの全身から放たれた黄金と白色の混ざり合った魔力の渦はポラールの『黒焔王怒砲拳ベリアルストライク』とぶつかり合い、黒炎を飲み込まんと包もうとする。


 魔力に触れた対象を弱体化させ、弱体化させた分だけスキル使用者を強化する範囲型のスキルである『粗潰しの肥大正義ジャスティスロード』。



「どうなっているのです?」



 『黒焔王怒砲拳ベリアルストライク』にぶつかり、そのまま飲み込んでいくかと思われたが、拮抗したのは一瞬、すぐに黒炎が勢いを増していき、逆に『粗潰しの肥大正義ジャスティスロード』を飲み込んでしまう。



――ゴウッ!!



「『正義エロジオン』は発動しているのに何故ッ!?」



 『粗潰しの肥大正義ジャスティスロード』と衝突したことにより、勢いがそがれ、なんとか『黒焔王怒砲拳ベリアルストライク』を回避したミカエルだが、状況を飲み込めておらず、次の一手を打てないでポラールをただただ見つめるのみ。


 能力が発動しているのに想定外の状況になり焦るミカエルを見て、ポラールは次の一手を打ちながら丁寧に自身の自慢の力について知らせるため口を開く。



「私たち『大罪』の魔物は、基礎ステータス頼りの魔物ではありません。味方すら巻き込み相手を弱体化させ、己のみを強化していくアビリティを多く持っているのですよ」


「『正義エロジオン』は放たれたスキルにも影響を及ぼすはず……」


「マスターの敵が存在する限り……我が『憤怒ラース』の火は強く燃え上がるだけのこと」


「『正義エロジオン』の力よりも速く強くなり続けてるなど……そんなふざけた話が……」


「私が少しでも苦戦する情けない姿は見せられません。『正義エロジオン』が世界を己が満足できる黄金の世界に変えるなら……『憤怒ラース』は世界を絶望に染め上げる地獄に変えます」



――ゴウッ!!!



 ポラールの身体から『憤怒ラース』の魔力が溢れだす。

 『枢要悪の祭典クライム・アルマ』のリーダーとして、相手が誰だろうが、どんな能力を持っていようが、情けない姿を見せることなどあってはならない。

 そんな強い決意を表すように、世界は黄金の空から徐々に姿を変えていく。



「『至高天・堕天奈落輪廻パラダイス・ロスト』」


「絶対に正当化されるべき私の『正義エロジオン』を……こうもアッサリ塗り替える……」



 黄金の空は全てを凍てつかせる氷獄へと姿を変える。



「『第九圏・永久氷獄・コキュートス・最終円叛逆幽閉庭エンド・ジュデッカ』」

 

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