外伝 スライム『一人旅』


――王国領土南 とある村



「……ここ?」



 王国領土の最南に近い場所にある小さな村。

 人口150人程度の村の入り口付近の草むらでゴソゴソしているのは1匹のスライム。『大罪の魔王ソウイチ』の配下であるメルクリウスである。


 アークで少し悪さをして逃げてきた輩がこの村に潜んでいるとの報告を受け、気分転換がてらにソウイチに直談判してやってきたメルだが、悪さをした連中の情報しか聞いておらず、村に関してのことは何1つ仕入れず来たので困惑中である。


 アビリティ・スキルともに探知阻害能力を保有しているのメルなので、どちらか封じられても片方が作動して見つからずに行動できるので、困ることは無いのだが、単独行動で見知らぬ土地にくる経験が無いため、プヨプヨと震えながら周囲を見渡す。



「スライム姿のままでも良いかな?」



 小さく流動的に動けて、狭い隙間を進めるスライム姿のほうが村を動き回るには楽と判断するメルだが、人間の村でスライム姿で動き回ると不味いのではないかという疑問も出てきているようだ。


 スライム1匹で阿鼻叫喚するような村は、この世界には存在しないのだが、そんな知識の無いメルは村の入り口で困惑を深めていく。



「スライムだー!」


「お兄ちゃん! 魔物は危ないってお母さんが言ってたよ!」


「スライム1匹くらい大丈夫だって!」


(……煩い)



 小さな子ども兄弟がメルに近づいてくる。

 『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』が発動していないので、敵意が無いことは承知だが、あまりに元気さと煩さに少しイライラしてしまうメルだったが、2人の子どもが抱いている感情に興味が沸き、特に何もすることなく接触を許した。


 メルの前で腰を下ろしたお兄ちゃんは、ニコニコしながらメルに声をかけた。



「スライム何しに来たの!?」


「……探し物」


「「しゃべったー!!」」


(……そうだった)



 人語を話す魔物が多い『罪の牢獄』にいるせいか、ついつい話せるのが当たり前だと思って答えてしまったメル。

 スライムが自分たちの質問に返してくれると思っていなくて、飛び退いて驚いてしまう。


 メルが2人の子どもから感じ取った感情は『純粋な好奇心』。何かしらあるたびにソウイチが抱くものと同じようなもの、少しだけ親近感をもったがゆえに、特に攻撃をすることも無く接近を許したのである。



「何を探してるの?」


「お兄ちゃん……そんなに近づいて大丈夫?」


「大丈夫だって! 近づいてみると可愛いじゃんか!」


「……最近ここに変な人たちきた?」


「そんな人たちいたっけなぁ~?」


「……なんかお父さんが村の奥の空き家に村長が案内したって言ってたような……」


「どっちのほう?」


「「あっち!」」


「……ん」



 2人が指差す方をじっくりと観察するメル。


 2人の言ったことは正しいようで、メルには見える負の感情の渦が村の奥地で湧き出ているのを感じた。

 してやったという感情と、仕返しがこないかどうか怯えるという……メルから言わせればしょうもない感情。


 場所が発覚し、やるべきことも決まっているメルは、素直に教えてくれた2人にむけて感謝を述べる。



「……ありがと」


「変な人たちに何かされたの?」


「凄い強そうな人たちだったってお父さん言ってたよ?」


「……強いから大丈夫」


「「スライムって強いの!?」」


「……魔物を外見で判断すると危険」


「そうなんだぁ~」


「『宵の水星』」


「「いなくなった!?」」



 月が出ている時に探知能力と気配遮断力が上昇するスキルである『宵の水星』を使用し、2人の前から消えるように移動していくメル。

 あまり話し込んでいると、村に住む他の人間たちに見られてしまい、自身も子どもたちも良い想いをしないと感じ、ささっと任務を終わらせるためにスキルを使用するという判断である。


 アークで悪さした連中を成敗しにきただけのはずが、思わぬイベントの発生に、すでに疲れてしまったメルだが、悪さした連中の場所がしっかりと発覚したので、手早く終わらせようと移動速度を速める。


 田舎の村のど真ん中をスライムがプヨプヨと進んでいるが、誰一人として気付くこともなく、堂々と移動しているメル。



「どっかの魔王の手先だって言ってた気がする」



 新人魔王ながら、どの魔王も達成できなかったような偉業を達成していき、全ての魔王の中でもトップクラスの強さと知名度を手に入れてしまったソウイチに対し、良くない感情を抱いている魔王は多く、直接戦っても勝てる見込みがないと分かっている多くの魔王は、裏でコソコソ悪さを仕掛けたり、悪い噂を流したりと嫌がらせ程度のことを続けているのである。


 ソウイチ自身はそこまで気にはしていないが、放置しておくと調子に乗り、面倒なことをしてくると判断した輩は鉄槌を下すようにしている。

 今回のように人間を使用した悪さも数えきれないほどやられてきたが、メルはどうしても理解しきれないことが1つあった。



「こんなしょうもないことしてないで……ますたーみたいに頭働かせれば良いのに」



 コアルームでコアを弄りながら愚痴るソウイチを思い浮かべるメル。「コアから魔物自由に召喚できたら、すぐにでも天下とれそうなのにィ!」と言いながらも、自分の持つ手札で完勝するための策を毎日考えているソウイチ。

 ソウイチに意味の無いちょっかいをかけるくらいなら、魔王戦争に勝ち続ければ確実に強くなれるようになっている魔王界で上に昇る方法を考えればいいのにと考えるメル。


 何を考え、何をするかはそれぞれ……世の中難しいなと感じながら、メルは少しボロい空き家の中に入っていく。



「とりあえず皆殺し……」



 今日も王国は平和である。

 


 

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