第15話 『力』は振るわせなきゃ良い


 南門を守っていた第2師団が壊滅し、帝都に大量のスケルトン&スライム軍団が押し寄せ、冒険者とプレイヤー勢力が僅か10分で制圧されてしまうという非常事態。


 帝国騎士団の半分は『大罪の魔王』の配下たちの前に手も足も出ず、女神の支援も意味を成さないという圧倒的なまでの力の差を見せつけられている戦況。


 くせっ毛の目立つ赤い髪を忙しそうに揺らしながら、赤と白を基調とした大変目立つ鎧をガシャガシャと鳴らしながら場内を走る女騎士が1人。



「このままじゃ帝都が終わる! 城を守るより出たほうが良かったじゃないかッ!」



 彼女は帝国騎士第3師団副団長の『ラ・フォース』ことユングである。

 自分の上司である第3師団団長が大事な時だというのに行方不明になってしまい、自身が第3師団に指示をだしながら動いているのだが、慣れぬことをしているせいで彼女のイライラは限界に近づいてきていた。


 帝国騎士団は『参謀』の指示により各所へと動き、『大罪の魔王』の侵略を阻止する手筈であったが、見事に壊滅状態。気付かぬ間に帝都に潜入され、バラバラになったところを各師団ごと狙い撃ちされてしまっている戦況。


 堪忍袋の緒が切れかかっているユングは、この状況を打破する術を話し合うのと同時に、参謀たちにビンタの一発でもかましてやろうと動いているところである。



「このままじゃ、魔王に支配された四大国の1つとして汚名を残しちゃうじゃないか! そんなの御免だよ!」



 あまりのイライラから部下を1人も連れず、非常事態で無ければ誰かしらに注意されてしまいそうな声量で不満を撒き散らすユング。

 武器を持たず、自らの闘気と『ラ・フォース』の力で戦うスタイルであり、近接戦闘を自信満々に仕掛けてくるユングを、この忙しい中咎めるような者はおらず、まるで自分の居場所を知らせるかの如くユングの声が響き渡る。


 城内に残っている団長格は少なく、自分は攻める系能力持ちなのに、守り側に配置されたことについても文句が言いたいと、ユングはさらに足を速める。



――ピキピキピキピキッ!



「なっ!?」



 イライラに支配されていたユングの足が思わず止まる。


 ユングが城内窓から空を見れば、帝都上空が不気味な赤黒いモノへと変化していた。昼近い時間であったはずなのに真っ赤な月まで出現している。

 何とも言えぬ寒気と邪気が一瞬にして帝都を覆い、帝都上空の至る所からガラスの割れるような音が鳴り響く。



――オギャァァァァァ!



 罅割れた空間から這い出てきたのは、巨大な頭部から数本の触手の生えた、人間の赤ん坊に似たような化け物。

 頭が痛くなるような、不快な産声をあげながら次々と這い出てきて、そのまま喚きながら空中を漂っている。


 化け物の名は『アザーテ』。

 強いエネルギーを持つが上手く制御出来ず、生まれてから数時間で消滅してしまうが、主を邪魔する者を破壊し尽くす、アザトースの落とし子と言われる魔物である。


 もちろん、アザーテが産み落とされたということは、その近くにアザトースことデザイアが存在しているわけで…。



「もうこんなとこまで侵攻してるだなんてね」


「お主は煩いもんじゃのぉ。妾がせっかく帝都を創り変えてやっとると言うのに……」


「この不気味な結界はアンタを倒せばどうにかできるってことかい?」



 ユングの視界に突如現れたデザイア。


 ニャルラトホテプに乗りながら、城の近くを漂っている。窓越しに呟いたユングの独り言に反応し、ユングに聞こえるように返答するデザイアに、内心恐怖しながらも構えるユング。


 そんな戦う気満々のユングを見て、デザイアは深くため息を漏らしてしまう。

 『罪の牢獄』1番の何でも屋さん、戦闘以外でも出来ないことが無いのではないかと思えるような幅広い能力をしており、デザイア的には働かず、永遠とお昼寝していたいものなのだが、毎度ソウイチにお願いされてしまうため、仕方なく頑張ってしまい、今回も気付けば役目が多いという面倒なことになってしまっているのだ。



「本当に面倒じゃから、妾も少し本気を出すぞ」



――オギャァァァ!!



 アザーテが次々と産み落とされ、帝都の空を支配する。


 赤黒い空に真っ赤な月、これはデザイアの真なる力を発揮できるための結界『深奥の虚空・マウス・無明の閨房・オブ・無窮の宮廷マッドネス』であり、現段階で3割ほど完成しつつある状態。


 さすがに全力だと帝都に居る味方にも大きな影響を与えてしまうので、3割ほどの力を出すことに決めたデザイア。

 普段は不意打ち殺しというエネルギーを使わず、時短で終わらせられる戦法で働いているため、気怠さを感じながらも、お願いしてきたソウイチのために力を放出する。



「こんな化け物と戦えるだなんてね! 『力王気』!!」



 ユングからすれば、神話にでも出てくるような異常な気をもった魔物。

 帝都の図書館にある書物にも記されていないような、どの種族の魔物とも似つかず、人語を理解し、帝都を一瞬にして沈めるのではないかというような邪気、


 ユングの持つ『ラ・フォース』、その力の特徴は『闘志・力量・勇気』である。

 そして今使用したスキルは『ラ・フォース』最強技である『力王気』、その力は対象の攻撃ステータスを自身の元ステータスに追加できるというもの。確実に相手の攻撃力を上回ることができる強力な力である。


 

「あ、あれ?」



 『力王気』により、自身の髪色と同じ闘気が溢れ出ていることを確認しつつ、ユングはステータスに変化が起きていないことに戸惑う。

 スキルが発動しているのに、自分のステータスが変わらないことなどあり得るのだろうかと感じ、ユングはデザイアの姿を確認する。


 デザイアは戸惑うユングを嘲笑うかのように見下ろしていた。



「妾を視認してしまった時点でお終いじゃったな」


「えっ?」



――パキッ……パリパリ……



「あれ?」



 ユングの身体に罅が入り、砂のように崩れて消えていく。


 デザイアを視認した存在のステータスを一瞬にしてマイナス値まで叩き落し、存在を根底から崩壊させてしまうほどのデバフ力。

 デザイア単体ではなく、ニャルラトホテプまで力を発揮するとなると、並の存在では10秒も、デザイアの前に立つことは許されない。


 デザイアのステータス値を追加した瞬間に始まってしまった、マイナスへのデバフ力を防ぐ術はユングにはなく、『腐敗する智慧』によってユングは消滅してしまう。



「この程度の『深奥の虚空・マウス・無明の閨房・オブ・無窮の宮廷マッドネス』を展開しておけば逃げられんじゃろう。ニャル、何かあれば起こすんじゃぞ」



 消えていったユングには目もくれず、デザイアは3割程度の力で展開した『深奥の虚空・マウス・無明の閨房・オブ・無窮の宮廷マッドネス』が完成したのを確認し、ニャルラトホテプに残りの仕事を押し付けて昼寝を再開する。


 ソウイチの目から逃げ続ける帝国皇帝が帝都外へ逃げないようにするための絶対的な牢、デザイアの『深奥の虚空・マウス・無明の閨房・オブ・無窮の宮廷マッドネス』が一番信頼できるというソウイチの判断で頼み込んだ結果、デザイアが発動させたと言うことである。


 この結界はデザイアとニャルラトホテプの能力範囲が拡大するのと同時に、眷属を無限に産み出すことが可能になり、デザイアの許可なく結界外に出ることもできない恐怖の檻。



「妾の仕事は大体終わり、残るは上のみじゃな」



 帝都制圧完了も、残るは後数手となり、デザイアは『深奥の虚空・マウス・無明の閨房・オブ・無窮の宮廷マッドネス』を維持することのみに集中するため、次元の狭間へと消えていった。



 

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