第9話 『飢渇悪神』


 リトスが溜め込んでいた大量の魔力と、『四凶』4種が合わさったことにより爆誕した、『蝕啜王・蠅之神ベルゼブブ』に次ぐリトスの切り札である『飢渇悪神アクガミ』。


 リトスより少し大きい程度なので、魔物全体で見ても小さい部類に入るような身体の大きさをした悪魔。


 しかし、小さな外見とは裏腹に、イスラフィアを存在圧だけで怯ませてしまうほどの邪気と魔力。



「『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』……食ってコイ」


「させません! 『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』」



――ワンワンワンッ!!



 『飢渇悪神アクガミ』の手から口のついた黒い球体のようなものが、下に広がる『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』にむけて勢いよく発射される。


 イスラフィアは危険と判断したのか、黒い球体にむけて『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』を放つ。



――ジュルルルルルルッ!



「なっ!?」



 イスラフィアの周囲に展開されている『天海の旅魚ラビエル』から放たれた、相手のスキルと相殺するはずの『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』を『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』は、まるで飲み物かのように一吸いで吸収する。


 『聖神力』を纏わせたスキル、しかも『節制テンパランス』の力で強力な相殺効果があるはずの『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』が無力化され、思わず声がでてしまうイスラフィア。



――チャポンッ



 『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』は、その勢いのまま『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』の中へと飛び込んでいく。



――ギュルギュルギュルッ!!



「『聖神力』は吸収できなかったはずでは無いのですか……」


「……俺様は何であろうと食うサ、主の尻尾デモナ」


「きゅ~~!」



 『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』を凄まじい勢いで吸い尽くしていく『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』に驚愕するイスラフィア。


 『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』は、とにかく目の前にあるモノや、近づいてきたモノを喰らい吸い尽くすスキル。

 小さな球体からは想像もできない勢いと速さで『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』を吸い取っていく。湖に混じっていた花や木も関係なく取り込んでいく。



「……終わったナ」


「『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』」



――ヒュンッ!



 『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』が『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』を吸い尽くし、『飢渇悪神アクガミ』が下を向いて確認した隙を突き、イスラフィアが『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』を飛ばす。


 2つの球体が勢いよく『飢渇悪神アクガミ』へと向かっていく。

 

 触れさえすれば、相手を『管理』し、ただの置物とすることができるスキルなので、一瞬の隙さえ突けばという形である。



「……遅いナ」


「ワンワンワンワンッ!!」


「……反応するのですか」



 『飢渇悪神アクガミ』とリトスへと迫っていた『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』に対し、『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』を飲み干した『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』が転移したのではないかと思う速度で間に入る。


 黒い球体についている小さな口を大きく開ける。



――ギュルギュルギュルッ!



 吸い寄せられるかのように『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』は、『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』の口の中へと消えていった。


 ここにきて『聖神力』と『節制テンパランス』が、まったく通用しなくなった事実に、悟られまいと表情は変えていないが、焦る気持ちが抑えられないイスラフィア。


 『神を癒す者』と呼ばれる幾多の回復スキルや付与能力があるが、それはリトスに吸われてしまう。それらのスキルはそもそも前線で戦うのに適していないので、イスラフィアとしては攻め手が無くなってしまう状況に陥ってしまっているのだ。



「……戻レ」


「ワンワンッ!」



 様々なモノを吸い尽くした『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』が、ゆっくりと『飢渇悪神アクガミ』の身体の中へと吸い込まれていく。


 『飢渇悪神アクガミ』は噛みしめるように『飢え狂う暴食犬ハングリー・ドッグ』が喰ってきたモノたちを魔力に変えて馴染ませていく。



――ブワッ!!



「……まだ足りんナ」


「きゅ~~!」



 ただでさえ悍ましいほどの邪気と魔力を纏っていた『飢渇悪神アクガミ』の存在圧が増していく。

 イスラフィアの3種のスキルを喰らった程度では足りないと言わんばかりに、自身のお腹を擦る『飢渇悪神アクガミ』、そして自分にも分けろと怒り散らすリトス。


 そんな2体の姿を見て、イスラフィアは様々なことを確信する。



(我ら天使と違って、『大罪』の魔物は戦闘に特化しすぎた力を有している。最早戦闘のみを考えた力を持っていると言って良いでしょう。一番困るのは相手の方がLvが確実に高いということ……)



 イスラフィアとリトス。

 『七元徳』と『大罪』という対照的だが、似たような『魔名』を授かった存在。

 EXランクで『真名』持ちというところまで同じで、何故ここまで力の差が出てしまっているのか、それはイスラフィアが感じたことが正解である。


 イスラフィアのLvは890で、『罪の牢獄』に存在しているどのEXランクの面々よりもLvが低い。

 それでもバフのかかっていない初期ステータスはリトスよりも高い。『神を癒す者』としての回復スキルや付与スキル、神熾天使としての力に『節制テンパランス』という強力なスキルを持っており、『七元徳』の天使たちはEXランクの中でも最高クラスのバランス力と言っても過言では無い。


 しかし、そんなバランス力など関係無いのが『大罪』の魔物たち、特に『枢要悪の祭典クライム・アルマ』は天使たちと違い、自分が単独で戦闘することしか考えていない戦闘狂能力の集まりである。



「戦闘スキルのみを持ち、単体で相手を制することを中心とした能力構成」



 どれだけ敵の数が多かろうが、EXランクが複数だろうが、自身が絶対有利になれるような環境や相手へのデバフを撒き散らし、自分のみがバフを受けられるようなアビリティの数々。

 元より仲間とともに戦うことなど考えていない広範囲かつ無差別に破壊する火力重視のスキル。


 リトスは召喚獣をメインに攻撃するため、補助スキルを多く持っているが、それも自身の召喚獣にのみ多くの恩恵を付与できるアビリティ構成をしており、他の『大罪』たちと戦うことは考えられていないとも思える能力構成である。



「天使たちを召喚でき、多勢で攻められるという考え事体が傲りでしたか。『美徳』複数で戦わねばならなかったようですね」



 『七元徳』側としても1対1の状況は絶対に避けるべきだという認識ではあったが、まさかEXランクである『座天使ガルガリン』では頭数に入れることすらできないほど強いとは考えていなかったのである。


 イスラフィアが体感した感じでは『美徳』2体と大量の『座天使ガルガリン』クラスの天使が居て、戦えるのではないかというほどの力の差を痛感してしまった。


 単独で敵を殺し尽くすことを前提として『大罪』の魔物たちの力、特化しすぎているかもしれないが、同じランクで『真名』持ち同士の戦いでは、その差が顕著に表れてしまった形となった。



「もちろん、まだ負けたわけではありません」


「……お前本体は美味ソウダナ」



 『飢渇悪神アクガミ』がイスラフィアに狙いを定めるかのように視線をむける。


 この『飢渇悪神アクガミ』召喚中、リトスはスキルの使用ができなくなるので、暇なのか眠ってしまっており、隙まみれの状況なのだが、そんな隙を突けないほど、『飢渇悪神アクガミ』の存在はイスラフィアを固まらせていた。



「『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』」


「……喰ラウ」



――パキパキパキッ



 『飢渇悪神アクガミ』が手を掲げると、イスラフィアの周囲の至る所の空間に罅が入る。

 罅はどんどん広がっていき、いくつもの大きな裂け目へと割り広がった中から出てくるのは、見覚えのある鋭い牙。



――ギャォォォォォォォッ!!



 イスラフィアの周囲、上下左右に展開されたのは『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』たち。

 雄叫びをあげながら、我先にと全力の吸引をはじめている。



「主よ……神熾天使であり、『美徳』と『真名』を授かりながら、このような醜態を晒してしまい、申し訳ありません。天にて主の活躍を見守らせて頂きます。勝ってくださいませ……」



 1つの『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』ですら強力だったのだが、同時にいくつも展開され、逃げ場も完全に閉ざされてしまい、さすがに心が折れてしまったようで、天に祈りを捧げるイスラフィア。


 『七元徳』が『美徳』、『節制テンパランス』を司りし神熾天使ラファエルことイスラフィアと、『暴食グラトニー』の『大罪』を司りしカーバンクルことリトスの戦いは、『暴食グラトニー』の勝利で幕を閉じたのであった。


 

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