第8話 『洗浄節制』


 美しい花畑だった結界内は、イスラフィアのスキル『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』により、バフ効果や加護を洗い流してしまう湖へと姿を変えた。


 そんな湖の中心で、どっしりと構えている巨大な魔物が1体。


 リトスの『四凶召喚』により呼び出された。8mはある巨体、人間と羊が合わさったような顔に捻じ曲がった4つの角、虎の牙に人間のような手を持つ二足歩行で耐久面に秀でている『四凶』『饕餮とうてつ』である。


 自身の想像を遥かに上回る方法で、『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』に対抗され、少しだけ悔しそうな顔をするイスラフィア。



「まさかここまで大きい獣を召喚できるとは驚きです。しかも恐ろしいほどの邪気」


「きゅっきゅ~~♪」


「ブオォォォォォッ!!」



――ゴウッ!



 リトスの掛け声で『饕餮とうてつ』が大きく腕を振りかぶり、宙を漂っているイスラフィアを叩き落とさんと狙いをつける。


 なんの小細工もない、単純な怪力をもってしての攻撃に、少し違和感を抱くイスラフィアであったが、さすがに直撃を貰うわけにもいかないので、練り上げていた魔力を解き放つ。

 イスラフィアの両隣に漂っていた、2つの壺から赤と青の球体がフワフワと飛び出してくる。



「ブオォォォォォ!!」


「『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』」



――ドシャァァァァンッ!!



 『饕餮とうてつ』の剛腕が勢いよく水面を打ち、結界天井まで届くのではないかと思わせるほどの巨大な水飛沫をあげる。

 

 2色の球体を出現させたイスラフィアごと、剛腕で仕留めたかと思われたが、『饕餮とうてつ』が顔をあげると、そこには無傷のイスラフィアが飛んでおり、出現させていた2色の球は失われていた。


 少し濡れてしまったことに不機嫌になりながらも、イスラフィアは余裕のある表情でリトスたちに視線を向け続けていた。



「きゅ~!」



 リトスが再度、『饕餮とうてつ』にイスラフィアへ攻撃するように声をあげるも、何故か『饕餮とうてつ』はピクリともせず、そのまま直立を続けていた。


 まったく動かなくなった『饕餮とうてつ』の頭の上で、リトスは珍しく首を大きく横に傾けながら困惑していた。


 その隙を見逃すイスラフィアではなく…。



「『裁きの神聖槍』」


「きゅ~~!?」



――ズシャァァァァァンッ!



 『裁きの聖槍』の単純な強化版。神熾天使のみが使用することのできる低燃費高威力、連発可能な万能遠距離スキル『裁きの神聖槍』を放つイスラフィア。

 巨大な『饕餮とうてつ』の身体を、上手く駆けて行きながら回避していく、『裁きの神聖槍』が直撃しているはずの『饕餮とうてつ』は声をあげることもなく直立を続けている。


 『饕餮とうてつ』が剛腕を振るわせた際に触れたイスラフィアのスキル『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』。『節制テンパランス』の技で、2つの球体を取り込んだ者をイスラフィアが『管理』することができるようになるもの。



「操作はできませんが、ただの置物にすることは可能です」


「きゅ~~!」



 今の『饕餮とうてつ』は、イスラフィアに管理され、意識を遮断されており、ただ立っているだけの置物、体力が尽きれば消滅してしまうだけの存在へとなってしまったのだ。


 イスラフィアが放つ『裁きの神聖槍』の嵐から、上手く逃げ回るリトスは怒ったような声をあげながら、上空で余裕な表情を見せているイスラフィアを睨みつける。



「悪しき心は私の『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』で洗い、そのまま管理してあげますよ」


「きゅ~!」



 自身の『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』が効果的だったことを受け、次の手札を切らせるため、軽く挑発をしながら、再び『自制せしマンダラの球ラヴァトリーヂェ』を展開するイスラフィア。


 さすがのリトスも、ずっと上空から声をかけられ、攻撃され続けることにイライラしたようで、再び魔力を練り上げ、蠅たちを突進させつつ、召喚魔法をを発動させる準備をする。



「『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』」



――ジュワァッ!



 『無差別に降り注ぐフライ・フライ・空腹蠅コメット』を決めるべく、大軍で突撃を試みた蠅たちを無慈悲な光の波動が迎え撃つ。

 『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』によって迎え撃たれた蠅たちは、綺麗な魔力の粒へと消えてしまう。


 しかし、その僅かな隙を突いて上空に魔法陣を築きあげ、リトスは再び『四凶召喚』を成功させる。



「「「グオォォォォォォッ!!」」」



 上空で黒く輝く、巨大な魔法陣から現れたのは3体の巨大な獣たち。


 6本の脚と4枚の翼を持った目の無い5mほどの狼で物理攻撃に秀でている『渾敦こんとん』。

 恐ろしく鋭い棘のような体毛を持つ青い4mほどの大虎で、とんでもなく高い敏捷性と反応の速さで敵を追い詰める『窮奇きゅうき』。

 人間と虎を合わせたような顔をした7mほどの蠍の尾を持つ猪、見た目からは想像できない遠距離攻撃に秀でた『檮杌とうごつ』。


 イスラフィアにより、完全に機能停止している『饕餮とうてつ』を含め、結界内に『四凶』が勢ぞろいした。



「まとめて置物に変えてあげますよ」


「きゅ~♪」



 イスラフィアに睨みを効かせながら、リトスを乗せて空を飛んでいる『渾敦こんとん』、『饕餮とうてつ』の右肩の上に器用に乗っている『窮奇きゅうき』、左肩の上に乗っている『檮杌とうごつ』。


 全ての『四凶』が揃って、なんだか楽しくなってきたのか、イスラフィアの挑発にも反応せず、『渾敦こんとん』の上で転げ回っているリトス。



「『裁きの神聖槍』」



――ドドドドドドドドッ!!



 隙だらけのリトスを見て、何も言わずに大量の『裁きの神聖槍』を展開し、一気に放射するイスラフィア。


 リトス達に直撃するかと思われたその時、4体の『四凶』たちから、夥しい量の邪気と魔力が放出され、『裁きの神聖槍』が一斉に掻き消される。


 4体の『四凶』たちが禍々しい光に包まれ、1つの巨大な光へと集合していく。



「この邪気と魔力……よろしくないですね」



 悍ましい邪気と魔力が暴風となって巻き起こる。


 イスラフィアもたじろぐような威圧感を放つ、『四凶』が集まった禍々しい光の中から出てきたのは、カーバンクルより少しだけ大きい目だけ白く、全身真っ黒なピクシーのような外見をした魔物。

 人間の長髪のように黒い魔力が頭部から尾を引いて靡いており、小さな羽と尻尾がユラユラと動いている。

 一見隙だらけに見えるが、イスラフィアが動けないような邪気と魔力を身体から放出し続けている化け物。



「……お腹空いたナァ」


「きゅっきゅ♪」


「……あれが餌カ?」


「きゅっ!」


「……主の溜め込んだ魔力貰ったけど、空腹で力がデナイゾ」


「きゅ~!」



 蠅の集合体が足場になったところで声をあげるリトス。

 そんなリトスと、宙にフワフワ浮かびながら、主であるリトスに状況を尋ねているのは、リトスの切り札その2、『四凶』4種が合体して生まれた小さな悪魔の姿をした魔物。

 その名を『飢渇悪神アクガミ』といい、ソウイチも1度しか見せてもらったことのない、『罪の牢獄』では制御不能の問題児と言われているような存在である。


 リトスが溜め込んでいる大量の魔力を注ぎ、『四凶』4種を合体させることで爆誕する、呼ぶのにリスクのある存在。


 リトスから注がれた魔力が足りなかったようで、敵を前にしても動こうとしない『飢渇悪神アクガミ』を叱るという戦闘中とも思えない状況。



(……あの小さな身体からは考えられない邪気と魔力。神熾天使クラスでなければ、近くにいるだけで発狂してしまいそうですね)



「……満たすためにも働クカ」



 さすがに主からお叱りを受け、イスラフィアへ視線をむける『飢渇悪神アクガミ』、目が合うだけで気分が悪くなるような邪気を発しながら、ゆっくりと『飢渇悪神アクガミ』は、下の湖に右手をむけた。

 

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