第7話 『暴食』vs『節制』


 イスラフィアの『神求めるは不朽なる身サーナーティオ』により、最上級天使しか持たない『聖神力』を纏い、ステータスの強化と超再生能力を得て、恐ろしいほどに強化された座天使ガルガリンたち。


 勢いのままリトスに襲い掛かろうとした瞬間。


 天使たちを飲み込んだのは、リトスから放たれた身の毛もよだつほど恐ろしい邪気と殺気。

 そして禍々しく、結界全体を覆い尽くさんとばかりに溢れ出る『暴食グラトニー』の禍々しい魔力。



「これが『大罪』の魔力……これでは士気が崩れてしまいますね」



――ブワッ!!



 リトスに負けじと、イスラフィアも薄水色をした『節制テンパランス』の魔力を溢れさせる。


 『暴食グラトニー』の『大罪』と『節制テンパランス』の『美徳』、2つの相反する力の魔力が結界内を歪ませ、大地を少しずつ崩壊させている。そんな中、先に動いたのは座天使ガルガリン率いるイスラフィアであった。



「受け身になっては相手の思う壺です。放ちなさい!」


「「「「「ハッ!!」」」」」



――バババババババババッ!!



 イスラフィアの号令で、リトスの圧に怯んでいた座天使ガルガリンたちが聖神力を纏った『裁きの聖槍』を勢いよく投げ放つ。


 『暴食グラトニー』の力で吸収することのできない聖神力を突破する術を持たないと瞬時に判断し、とにかく自身が使用した『神が求めるは不朽なる身サーナーティオ』の効力が何かしらのスキルで無効化されないように気を張るイスラフィア。


 聖神力を纏った『裁きの聖槍』が大雨のようにリトスと『檮杌とうごつ』たちへと降り注ぐ。



「きゅ~~!」



――グオォォォォォォォォォォォ!!


 

 座天使ガルガリンたちが放った『裁きの聖槍』がリトスたちに直撃するかと思われた瞬間。

 リトスたちの前方少し上空に、突如巨大な空間の亀裂が走り、空気を震わすような雄叫びとともに亀裂は広がり、獣の口のようなモノへと変化していく。


 鋭く巨大な牙を揃え、とてつもなく巨大な獣の口は、放たれた『裁きの聖槍』を吸引するかのように吸い込んでいく。

 軌道がまったく違った『裁きの聖槍』も口の中に自ら進んでいくかのように吸い込まれていく。



「グオォォォォォォォッ!?」


「な、なんだこれはァァァァ!?」


「くッ!? 『永劫なる規律に錠をクラウストルム』、そして『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』」



――グシャグシャッ!



 『裁きの聖槍』のみならず、座天使ガルガリンや『檮杌とうごつ』たち、そして『群がり啜るモスカ・蠅騎士団リッターオルデン』までも、凄まじい勢いで吸引し、噛み砕いていく。


 この力の正体は『暴食グラトニー』のスキル、『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』である。

 捕食する対象はリトスが認知しているもの全てであり、対象に近くにいる生物や魔力が多く含まれた物を無差別に吸引していく次元の大口。

 リトスの回復にはならないが、スキルであろうと聖神力であろうと次元の狭間へと喰らい尽くしてしまうので、イスラフィアからすれば誤算である。



――バリバリバリッ!



 リトスと結界以外の全てを吸い込んでいく『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』にむけてイスラフィアがとった行動は2つ。


 まずは自身を『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』の吸引から守るために使用した『節制テンパランス』のスキル『永劫なる規律に錠をクラウストルム』、このスキルはイスラフィアが自身を『管理』することができる効果があり、自身の力以外全ての『対象』から外すというものだ。

 『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』の『対象』から外れたことで、結界に存在している木々や花と同じように吸引されることがなくなり、上手く回避することに成功したのである。


 そしてイスラフィアが行ったもう1つの行動は『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』にむけて、相手のスキルと相殺できる効果のある『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』を放つことであった。


 しかし結果は…。



「先ほどのスキルは消せましたのに……何故あのスキルは消せないのでしょうか?」



 イスラフィアが放った『聖なる秤はヴァ―ゲ・ミル万象を整える・テンパランス』は『裁きの聖槍』と同じように『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』の中へと消えていった。


 先ほど『難虎死閃』を相殺できたのに、何故『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』は消せないのかと疑問に思うイスラフィア。



「困りましたね。いくら他天使を召喚しても意味がないと見せつけられてしまいましたし、そのスキルは『節制テンパランス』でも相殺できないようですし…」


「きゅっきゅ~~♪」



――バリバリバリッ!



 『永劫なる規律に錠をクラウストルム』で身を守りながら、上空を漂いリトスを攻め落とす方法について頭を悩ませているイスラフィア。


 対するリトスは『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』を消滅させる。耳障りな音を響かせながら消えていく『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』が面白かったのか、一人で笑い転げるリトス。


 リトスは『暴食グラトニー』、イスラフィアは『節制テンパランス』、互いの能力を前面に出しながらも、まだまだ余裕のある両者。



「隙があるように見えて、随分強かなカーバンクルで困ってしまいますね」


「きゅ~~!」



 リトス側としては、イスラフィアの『対象』から外れる守りと、能力阻害を守れるリトスのアビリティを上手く乗り越えてくる、相殺というなかなか見ない手段に困る状況ではあるが、『飢餓飢渇飢饉ルパ・マールツァイト』を消されなかったことで、1つの収穫をしたことでリトスとしては流れが来たという感じでもあるだろう。


 イスラフィア側としては、数が多くなればなるほど強くなる『七元徳』と『天使』の特徴を即封じられ、守ることと癒すことに関しては最高レベルでありながら、単体での攻め手に欠けている自身の力をもって、摩訶不思議な能力を多く持っていると思われるリトスをどう崩していくか悩ましいものである。


 花畑を笑い転げているリトスに、イスラフィアは7匹の『天海の旅魚ラビエル』をむける。



「『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』」


「きゅ~♪」



――ザバァァァァァンッ!!



 7匹の『天海の旅魚ラビエル』の口から大量の水が放射される。

 

 瞬く間に激流となり、地上を覆い尽くそうかという勢いで結界内を流れる『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』。

 ただの激流では無く、飲み込む者のバフや加護効果を全て洗い流し、強制的に無防備な状態での対応を攻まることができる広範囲スキル。


 そんなスキルが放たれた瞬間にリトスは、とある魔物を召喚する。



――ブオォォォォォォォッ!



「次から次へと禍々しい獣を呼ぶものですね」


「きゅっきゅ~~♪」



 花畑だった結界内を湖に変えてしまった『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』、激しい流れをものともしない巨大な獣が一匹。


 その正体は、8mはある巨体、人間と羊が合わさったような顔に捻じ曲がった4つの角、虎の牙に人間のような手を持つ二足歩行で耐久面に秀でている『四凶』『饕餮とうてつ』である。


 周囲に自身が召喚した大量の蠅も従えながら、『饕餮とうてつ』の頭の上で、可愛らしい視線をむけてくるリトスに対し、イスラフィアの中に、また違う疑念が浮かび上がってくる。



(……僅かの消耗も感じませんね。それなりのスキルを使用し続けているはずなのに………どれだけの魔力量をしているのでしょうか?)



 自身は『節制テンパランス』の能力で、全てのスキルで消費する『魔力』や『聖神力』を減らすことができ、どれだけ使用しても相手に消耗を感じさせない戦いを継続できるのだが、魔力をまったく吸収できていないのに、まったくと言っても良いほど消耗を感じさせないリトスに、少しだけ恐れを抱くイスラフィア。


 しかし、長時間に渡す戦闘には自信があるイスラフィアは、しっかりと切り替えて、『不浄を流す翡翠の川ポティスティリ』の中を、どっしりと佇む『饕餮とうてつ』を沈めるため、魔力を練り始めるのであった。

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