第2話 欺瞞に満ちた『月』


 負の感情が強大な炎となりて拳に宿り、弾けるような勢いを以てしてガラクシアへと攻勢を仕掛けるランドルフ。


 ランドルフの持つ能力『悪魔ラ・デビル』。

 その力の特徴は『暴力・憤怒・堕落』といった単純な力と己の感情に関するもの。

 負の感情と言われる様々な心の動きを力へと変換し、己の姿を魔の者へと昇華させることで人間では考えられない力を手にすることのできるシンプルなもの。


 負の感情に囚われてしまう者も歴代の『悪魔ラ・デビル』の力を使用していた者の中にはいたが、ランドルフは自他ともに認める野蛮で屈強な心の持ち主、そんなランドルフが今味わっている感情は、果てしない力の差から生まれてしまう恐怖であった。



「ウオォォォォォッ!!」


「勢いだけで大丈夫かな?」



 禁忌魔導『銀ノ雨ハ穢アトミック・ドローレレヲ抹消ス・ジ・テンペスタ』、ガラクシアが展開した銀色の小さな雫。

 大量に展開された雫は1つ1つが禁忌魔導の名に恥じぬ恐ろしさを秘めている。


 ガラクシアを囲むようにして展開された銀色の雫は空中に静止し、ランドルフのように突っ込んで来る相手に対して効果を発揮する。



「邪魔だァァァ!!」



――ブシャッ!



「ガァッ!?」



 ガラクシア本体しか見ていなかったランドルフ。

 突っ込んだ彼の左腕の一部がガラクシアが展開する『銀ノ雨ハ穢アトミック・ドローレレヲ抹消ス・ジ・テンペスタ』の1つに触れた瞬間、全力で急転換し飛び退いたランドルフ。


 違和感を感じた自身の左腕を見てみると、すでに自身の左拳は消滅して見る影もなくなっていた。



「グガァァァァァ!? どうなってやがる!?」



 左腕を抑えながら空中でのたうち回るランドルフ。

 そんな様子をクスクスと嘲笑いながら、仕掛けてこないイルシオンの様子を探るガラクシア。


 『銀ノ雨ハ穢アトミック・ドローレレヲ抹消ス・ジ・テンペスタ』は展開した銀色の雫に触れたモノを何であろうと崩壊させて消滅させるという禁忌魔導の1つ。


 跡形も無く対象を消滅させられるため、ソウイチやメルから好きじゃないと言われている技である。

 真っ直ぐ突っ込んで来るランドルフに対して、余程耐久に自身があるんだなと思い、しっかり警戒した結果発動したものだ。



「本当に何にも考えずに突っ込んできたんだ~♪ せめてアヴァロンくらいの丈夫さにならないと話にならないよ♪ なんとなく女神さんの気まぐれの底が見えちゃったかな?」



 女神の力で強化された『悪魔ラ・デビル』であっても、『星空領域スターリーヘブン・無窮ノ夜エンドレス・ナイト』というガラクシア専用ともいえる戦場結界の中、とんでもなくバフを受けているガラクシアの攻撃から身を守るには程遠いものであった。


 ガラクシアは攻撃面では魔法・魔導に特化したアビリティ構成をしており、イデアやデザイアといった遠距離戦闘で部類の強さを誇る面々の影に隠れているように本人も感じていることがある。


 しかし、『天文の賢者ユニバース・マギア』『魔王の智慧サタン・ウィズダム』『星空の魅力スターウラノス』『大いなる堕天使』『禁忌ノ遺訓アルマンデル』といった『魔法・魔導』強化アビリティの数々。


 これが『罪の牢獄』で1番のアビリティ数を誇る堕天使の力の一部なのである。抑えるものがなければ女神の力を得た者であろうと、正面からガラクシアのスキルを受けようなどアヴァロンやレーラズのような守り特化型でもない限り不可能に近い事だったのだ。



「じゃぁ……頑張って逃げろ~♪」



――ババババババッ!



 ガラクシアの元気な号令を受け、周囲に展開されていた『銀ノ雨ハ穢アトミック・ドローレレヲ抹消ス・ジ・テンペスタ』が弾けるようにランドルフに向けて跳んでいく。


 様々なアビリティの力で通常の倍以上の数を誇る『銀ノ雨ハ穢アトミック・ドローレレヲ抹消ス・ジ・テンペスタ』の嵐が、凄まじい速度でランドルフに襲い掛かる。



「クソッたれがァァァァァ!!」



――ドンッ!!



 瞬時に対応策の浮かばないランドルフは全ての力を振り絞るかのように、勢いよく後退していく。


 つい数秒前までと真逆の光景に少し呆れてしまうガラクシアだったが、そんな隙をついてくる相手が来ることを察知して、瞬時に闘技を発動する。



「『魔神の墳破』」


「『幻の月光』」



――ガキィンッ!!



 ガラクシアの身体から勢いよく発せられた衝撃波のような闘気と、どこからともなく現れたイプシロンの魔力刃が勢いよく激突する。


 ガラクシアの『魔神の墳破』に競り負けたイプシロンは体勢を崩し、そのまま地上へと落下していくかに思えたが、落下するかと思われた瞬間、霧散するかのように光の粉となって身体が消えていく。



「たっくさん同じような気配が散らばってるから変だと思ったけど、面白い能力だね♪ マスターが好きそうな戦い方するんだ~」


「ランドルフの姿を見て、正面から勝てると思うほど騎士団長は甘くないよ」


「そんな副団長さんは、もうすぐ消えてなくなっちゃうと思うけどいいの~?」


「少しでも目を離せば、気絶している部下諸共吹き飛ばすくらいの力を持っているのだろう?」


「そんなこと言われると魔法の詠唱できなくなっちゃうよ~♪」



――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 どこからともなく聞こえてくるイプシロンと会話を続けながら、魔力の放出量を上げ、結界内全域に届くように広げていくガラクシア。


 不意をついた一撃で首を狩り取るつもりだったイプシロンの力は『ザ・ムーン』。

 その力の特徴は『潜伏・欺瞞・幻想』といったもの。姿を隠し、幻を見せ、不意を突いて敵を倒すという、どこぞの魔王が大好物な力である。



「思ったより耐久力なくて面白くないけど……隠れんぼは大好きだよ♪」


「この環境下で強くなるのは君だけではないッ!」



――パリンッ!



 ガラクシアの魔力圧が強大になり、草原が崩壊しつつある中、何かが割れるような音とともに銀色の魔力を纏ったイプシロンが大量に姿を現す。


 魔力刃をガラクシアに向けながら、イプシロンたちは相手を惑わし、気配を捉えにくくする『ザ・ムーン』の魔力を放出する。


 ガラクシアの『全ての夜はワールド・イズ掌の上・ノクス』と同じで、時間帯によって様々な恩恵を受けることのできる『ザ・ムーン』。女神の力で相手からのデバフを制限できているので、思う存分と言わんばかりにガラクシアを惑わすための魔力を結界内に張り巡らせようとするイプシロン。



「すっご~い! 全部同じような気配に感じるし、こっちの結界内なのに存在を感じ取りにくくなってる♪」


「本来は存在と気配を、まったく別のものに変えるものだけど……恐ろしい魔物だ。君が魔王じゃないことに驚きだよ」


「ウチのマスターは前線に出てくるようなタイプじゃないよ♪ マスターが出るまでも無いんだも~ん♪」


「『三日月之太刀』」



――ゴウッ!!



 『ザ・ムーン』の力に驚き、一見隙だらけに見えるガラクシアの背後に3人のイプシロンが魔力刃を振りかぶりながら現れる。

 全てが実体を持つ『ザ・ムーン』の幻から繰り出される、神出鬼没の武技にガラクシアは一切戸惑いを見せることなく…。



――ブンッ!



「咄嗟に自身を転移させれるのかッ!?」



 ガラクシアの背後を奪い、3人同時に斬りかかるイプシロンの『三日月之太刀』は転移によって空振りに終わる。

 ガラクシアが時空間魔法を使用出来ることは、自分たちが跳ばされたことから、なんとなく予測はしていたが、これほどまでに素早く転移を行うことができるとは想定していなかったのか、見事に攻撃を避けられ驚愕するイプシロン。


 攻撃を空振りし、空中で無様な姿を晒す3人のイプシロンの近くに転移したガラクシアは、そんな姿を嘲笑うかの如く、自身の1番自身のある力、『色欲ラスト』の技を使用するために集中力を高め、自身の身体から魔力を勢いよく放出する。



「マスターの好きそうな能力……いいなぁ~♪ 欲しくなっちゃうな♪ 『色の狂うはデス・テン愛情と愛着プテーション』!」



――ゴウッ!



 ガラクシアが、勢いよく両手を広げた瞬間…。


 結界内は桃色の魔力に包まれた。


 

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