第1話 囁かれる『悪魔』


―― ???



「……どうなってやがる?」


「…結界内部に潜り込まれていたようだね」



 帝国南部で暴れている『大罪の魔王』が帝都に進撃してきた知らせを受け、アルカナ騎士団第6師団は他の団とともに帝都の住民に一声かけるべく動き回っていた時、騎士団員たちを襲った眩い光。


 目をあけたときには、まったく見覚えのない草原地帯へと跳ばされていることに気付く。


 先頭で周囲を警戒しているのは第6師団のトップ2人。



 ボサボサの黒髪に一部紫メッシュの入った特徴的な髪型、2mはあるであろうガタイの良さと黒色が目立つ鎧、右手には黄金に輝く片手斧を握りしめた、狼のような鋭い目つきをした大男。

 彼のは第6師団の副団長、『悪魔ラ・デビル』のランドルフである。



「第6師団の大半を一瞬に跳ばすって……話に聞いた通りのバケモンみてぇーだな」



 自慢の片手斧を軽く振りながら、いつでも戦えると言わんばかりに闘気を放出するランドルフ。

 そんな副団長を横目に冷静に自分たちの状況を整理しているのは、腰まである青色の長髪、瞳の色も軽鎧も自身の髪色と統一されており、ランドルフと違ってスタイリッシュな体格をした帝国でも有名な美男子。

 第6師団の団長である『ザ・ムーン』ことイルシオンは、しっかりと自分たちが危機的状況にあることを理解していた。



「他の団も光に包まれていた……あの数を別々の場所に転移させれるほどの精度をもった魔物が相手にいるのは厄介だね」


「帝都の結界内から、別の結界に跳ばすだなんて、ふざけた真似しやがってよぉ! ムカつくクソ魔物どもが!」



 第6師団が先程までいた晴れ模様だった帝都とは変わり、星の輝く真夜中の草原へと跳ばされており、しかも妙な魔力と邪気が漂っているという居心地の悪い空間だと一瞬で認識した第6師団の団員たちも素早く戦闘陣形へと整えるべく、各自武器を構えて移動する。


 

――ゴウッ!



 突如第6師団に襲い掛かる突風。


 突風とともに襲い掛かるのは、悍ましいほどの魔力と邪気。

 騎士団員たちが今まで経験したことのない、圧倒的なまでの存在圧とともに上空に6枚の翼を広げた1体の魔物の姿。


 数十人の騎士団員たちが存在圧だけで腰を抜かしてしまうほどのものを放出しながら、クスクスと可愛らしい笑い声を響かせているのは、『大罪の魔王ソウイチ』が誇る『枢要悪の祭典クライム・アルマ』が一体、『色欲ラスト』の大罪を司りし堕天使ことガラクシアである。


 自身が創り出した『星空領域スターリーヘブン・無窮ノ夜エンドレス・ナイト』の中で存分に力を解放できて上機嫌な様子である。



「マスターが抑えなくて良いよって言ってくれたんだー! 頑張っちゃうぞ~♪ やっぱ一人だと気楽だし、能力制限しなくて良いから楽しいな♪」



――ブワッ!



 第6師団の騎士たちの上空を、ゆったりと浮かびながら楽しそうに独り言を零すガラクシア、本人は楽しそうではあるが、時間が経つにつれて増していく存在圧に、何人かの騎士団員たちは泡を吹いて気絶してしまう始末である。


 『色欲ラスト』の力で同士討ちさせて遊ぼうと考えていたガラクシアは、自身の存在圧で大半が気絶してしまったのを、少しだけ残念に感じながら、ターゲットであるランドルフとイルシオンに声をかける。



「こんにちは! 帝国皇帝さんの首だけ渡してくれれば、命は見逃して良いって言われてるんだけど、どーする??」


「随分上からモノ語りやがるじゃねぇーか! 『皇帝ジ・エンペラー』を守ろうって気はねぇーが、クソ魔物は気に入らねぇーなァ!」


「……我々はアルカナ騎士団だ。そう易々と王の首を獲らせる訳にはいかない」


「かっこいいー! ……たった1日で誰に強くしてもらったのか気になるな~♪」


「「ッ!?」」



 ガラクシアの鋭い視線と言葉が第6師団団長格2人を射貫く。


 事前にデザイアやミネルヴァから聞いていた感じよりも、明らかに強い2人に誰かしらの協力があると踏んだガラクシアは、今の反応で帝国騎士団の幹部格がソウイチが要注意としてあげていた誰かしらからの支援をもらっていると確信する。


 ランドルフとイルシオンから魔力と闘気が溢れだす。



「なんで知ってるかは分かんねぇーが、俺たちは今日だけ女神の力を貰ってるからよぉ……イキったことを後悔させてやる!」


「……興奮すると不必要なことをしゃべるのは悪い癖だよランドルフ」


「女神さんか~♪ この結界内でデバフの効き目が2人だけ悪いってのは、そういうことだったんだ♪」



 ガラクシアは『星空領域スターリーヘブン・無窮ノ夜エンドレス・ナイト』内で発動している自身のアビリティ、『情欲と激怒で溢れる天の川コスモス・アスモダイ』や『全ての夜はワールド・イズ掌の上・ノクス』の影響が想ったよりも悪いことから、女神の支援がどれほどのものか予測する。


 デバフの効きが悪いこと、『色欲ラスト』による洗脳・支配が効いていないことといったら、確実な情報を整理し、報告するために頭を働かせる。



「空をチョロチョロしやがって! ぶっ潰すッ!!」



――ゴウッ!



 ランドルフの身体から黒紫色の魔力が溢れだし、ランドルフ身体を覆い隠す。

 バキバキバキッという音を鳴り響かせながら、ランドルフを覆っていた魔力は見る見るうちに巨大化していき、6mほどの大きさを誇る羽の生えた化け物の形へと変化する。


 ランドルフを覆っていた魔力が霧散し、中から現れたのは一体の大型悪魔。

 鋭い爪牙を光らせ、2本の角からは魔力が漏れ出しており、漆黒の翼は今にも羽ばたこうかと思わせるような動きをしている。


 人の身から黒い大型悪魔へと姿を変える力こそ『悪魔ラ・デビル』が誇る『暴力と激烈の化身へとカンピオ・ディアブロ』である。

 


「すっご~い♪ わざわざ大きくなるまで待ってあげただけあって、かっこいいね!」


「粉々にしてやるッ!!」



――ドンッ!



 大型悪魔へと姿を変えたランドルフは変身したことで空中戦が可能になり、意気揚々とガラクシアへと向かっていく。


 『暴力と激烈の化身へとカンピオ・ディアブロ』により、大型悪魔へと姿を変えたランドルフは人間では到達できないようなステータス値まで能力を上げ、上級悪魔が持つような再生能力をも手に入れ、並大抵の攻撃じゃビクともしない耐久力を前面に押し出した戦闘が可能になっているのだ。


 さらには女神の力で、相手からのデバフや一部状態異常の無効化、ステータスの激増といったバフを含め、今のランドルフはとんでもない強靭を誇る悪魔へと進化しているのである。



――ドドドドドドッ!



「ッ!?」



 ガラクシアに接近し、タコ殴りにしてやろうと意気込んでいたランドルフが空中で急停止する。


 ランドルフが感じたのは圧倒的なまでの恐ろしい魔力圧。



「ふふっ♪ なんか面と向かって戦う実戦ってのは新鮮だし……マスターに抑えなくて良いって言われたから……そんな変身なんてされちゃったらゾクゾクしちゃって爆発しちゃいそ♪」



 高揚したガラクシアから溢れ出るのはドス黒い魔力と邪気。

 大地を震わせ、空間を歪ませるほどにまで圧倒的な魔力圧は、女神の力を得て、フィジカルに絶対的なまでの自信を持っていたランドルフを恐怖させるには十分すぎるほどの圧であった。


 ソウイチの意向で、敵幹部格との面と向かった戦闘経験が少ない『枢要悪の祭典クライム・アルマ』に訪れた、圧倒的な力を持て余していた面々が好きにしていいと言われた戦いの時。



「最悪、身体の一部持って帰れば、メルちゃんがマスターの好奇心を満たしてくれるから……楽しませてね♪」



 女神というソウイチも恐れる存在の力を得ているランドルフに、期待を込めてガラクシアは言い放つ。


 ソウイチの『原罪之欲シン・ディザイア』を受けてなく、全力を出し切ると結界も危うくなってしまうので、ある程度の制限はあるが、未だ実戦では味わったことのないガラクシアの力の解放を前にして、ランドルフは早くも力の差を痛感しそうになるが、湧き上がる絶望を怒りに変えて、再度ガラクシアへと立ち向かっていく。



「化け物ガァァァァァァァァッ! 『憎悪と憤怒の火拳ゼストス・レウニール』!!」


「禁忌魔導『銀ノ雨ハ穢アトミック・ドローレレヲ抹消ス・ジ・テンペスタ』」



 負の感情分だけ威力を上げる炎の拳を振りかぶり、ガラクシアへと突貫していくランドルフ。

 ガラクシアから放たれる絶望的なまでの魔力と邪気を前に、自身の攻撃が容易に通るとは思えないランドルフだが、女神によって強化された自身の耐久力だけを信じて拳を向ける。


 ガラクシアは禁忌魔導を発動し、周囲に銀色の雫を大量に展開しつつ、向かってくるランドルフに優しい笑みを向けた。

 

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