外伝 一時の『団欒』
――『罪の牢獄』 居住区 食堂
「ますたー、自分がかけるやつかけてほしい」
「僕もマスターと一緒の!」
「悩ましいな……」
――ガヤガヤ
とある日の晩御飯。
本日のメニューは『卵』を使った様々なメニューが並んでいる。
竜種の卵という人間界では非常に希少価値の高い食材をハクとの気分転換で、けっこうな数入手したので、ありったけ使って色んな料理を用意してみた。
食堂はいつも通り大変賑わっている。
メルとハクに挟まれて、俺は今大事な決断を迫られている。
『目玉焼き』に何をかけて食べるかという選択だ。
何やら人間界ではこの選択で喧嘩になってしまうこともあるそうで、もしかしたら面倒なことになるかもしれない。
まぁ……メルとハクは俺が選んだやつなら何でも良いって言ってくれるか。
「この前の朝は醤油をかけたから……塩と胡椒にでもしとくか」
「「はーい」」
正直味覚なんて、人、魔物それぞれ違うもんだから争っていても仕方ないんじゃないかと思う。
それぞれ好みがあるのに、自分の好みを主張して押し付けても他者には理解しづらいもんだと思うから時間の無駄だと思うんだよな……まぁウチにはそんな奴いないと思うんだけど…。
「主は塩胡椒かのぉ……儂はソースがオススメじゃぞ?」
「王よ! 素材の味を楽しむためには何もかけないが正解ですぞ!」
「……空気読めよ」
違うテーブルで酒を飲みながら大盛り上がりしている五右衛門とバビロンが自身の好みを押し付けてきた。
阿修羅は特に関心が無いのか、それとも空気を読んでくれているのか黙って酒を飲んでいる。
まさかウチにも何かけるかで喧嘩をしそうな奴がいるなんて……。
「蛙よりも人骨の我の方が主の好みを引き出せるのだ! わざわざ王が竜を討伐して手に入れた食材! なれば素材の味を噛みしめるのが必然であろう!」
「スケルトンが味覚を語るでないわ! 儂が今までどれだけのモノを食べてきたと思っておるんじゃ! こういうのは人生の先輩に従うもんじゃぞ!」
「……若、気にせず食べたほうが良い。きっと長くなる」
「そうだな」
酒の入った器を片手に張り合う五右衛門とバビロンを呆れたように見守りながら、阿修羅が声をかけてくれる。
2人の意味不明な主張も正直面白いもんだが、このやり取りが長くなってしまうとメルとハクがブチ切れてしまい大惨事になりかねないので、自分たちのペースで食べることにしよう。
自分の目玉焼きにかけるついでに2人の目玉焼きにも塩胡椒をかけてやる。
メルとハクはそこまで食事中に話すタイプではないので、のんびりと味を確かめながら食事をしている。
「ほらほら~♪ 頑張らないとウロボロスがお腹いっぱいにならないよ!」
食堂の隅では大きく開いた空間の裂け目にマスティマとアヴァロンがガラクシアの声援を受けながら、様々な卵料理を投げ運んでいる。
きっとあの裂け目の先ではウロボロスが口をあけて待っているんだろう。それにしてもダイナミックすぎる食事方法であると同時に、何故マスティマとアヴァロンがせっせと働かせているのか疑問に思ってしまう光景だ。
ガラクシアが楽しそうに食べながら声をだしているのも、光景のシュールさに拍車をかけている気がする。
ウロボロスがお腹いっぱいになるって、どれだけのDEを使えばいいのだろうか? Gランクの魔物しか召喚できないからDEはあまりがちで、そこまで気にしていなかったけど、いつもどれくらい使っているのだろうか?
「きゅっきゅ~~♪」
違う場所では凄まじい勢いで料理を平らげていくリトス。
そしてそんなリトスを見守るのはシンラとニャルという微笑ましいグループだ。
ウロボロスが食堂内にはいないから、一番大きいニャルだが、基本的に静かなので目立つことはないが、こうやってヤンチャなリトスを見守る姿をみていると、相変わらずの保護者っぷりを発揮しているなって思う。
シンラはニャルの上に乗っており、リトスを見守っているかと思えば、眠っている様子……この騒がしい中眠れるのは一種の才能だな。
今回の卵料理は、竜種の卵以外にも色々な卵を大量に調達してきたのだが、リトスやウロボロスがこれだけ食べるならば、悲しいことにこの一食で尽きてしまいそうだ。
「私たちが食べても大きな恩恵を受けられるような料理を作れるような者は存在するのでしょうか?」
「どうだろうね……マスターが出してくれる料理と帝国で流行っている料理は全然違うし、料理ってやつも奥深そうだから、探せばいるんじゃない?」
「妾……この『茶碗蒸し』とかいうのが気に入ったぞ」
別のテーブルではポラール・イデア・デザイアという圧倒的なボス感を漂わせた席があり、ポラールとイデアが真面目な話をする横で、卵料理を順番に食べながら幸せそうな顔をしているデザイアという面白い光景が見られる。
食事中くらい真面目なことから離れても良いなんて思うが、本人たちが楽しそうだから別に何も言わないけど、なんか何かける問題で悩んでいた俺が馬鹿らしくなってくるのは気のせいだろうか?
デザイアが茶碗蒸し食べてる姿が愛らしすぎて見てるの辛くなってきた。
「ふむ……フェンリルよりアセナのほうが食欲旺盛だね。そのうち身体の大きさ逆転するんじゃないかな?」
別のところではゼブルボックスの上で微笑みながら、食事を頬張るフェンリルとアセナを見守るシャンカラの姿があった。
フェンリルのほうがかなり身体が大きいはずなのに、食べる量はアセナのほうが1.5倍ほど多いって誰かが言ってた気がするな…。
もし食事で身体が大きくなるのなら、アセナにはぜひ成長してほしいとは思うけれど、もし大きくなった分だけ敏捷値が落ちてしまったらどうしようか? もしそうなら少しだけ抑えて欲しいんだけど、食事量の制限をしてしまうのは、さすがに可哀想か?
逆にシャンカラは全然食べないけど元気モリモリだからな……種族によって消費エネルギーが違うのだろうか?
「結局……どの卵使ってても美味しい」
「そんなもんか?」
「マスターと食べれば何でも美味しいと思うよ」
「まぁ……誰と食べるかは確かに大事かもな」
メルとハクが淡々と料理の感想を伝えてくれる。
ルジストルたちは忙しくて不在だが、ほぼ全員揃っての食事だから賑わっているし、雰囲気がとても良い。
それぞれ自由に楽しんでいるし、みんなで話すときも楽しめる面子、どんどん増えていっているが、それでもこの雰囲気を維持できているのは、みんなが本当に楽しんでくれているっていう風に思っていいってことかな?
この隙に襲撃を仕掛けてくる連中のことも、しっかりと油断せずに守ってくれてるみたいだし、咄嗟に転移可能な面子が多いからできることだけどな。
「ますたー……レーラズがニコニコしながら近づいてきたよ。私の検知的にも嫌な予感」
「そういえば食堂から離れてどこかに行ってたな」
ニコニコしながらレーラズが食堂の真ん中あたりまで来る。
そんなレーラズをみて、みんな何かを察したのか急に静かになる。
「アークから少し離れたところに人間に化けた魔物の集団が転移してきましたね……私たちの食事の時間を邪魔しにきたようです♪」
「……数は20体ちょっとっぽい」
レーラズとメルが淡々と状況を報告してくれる。
そして、みんな一斉に俺の方に顔をむけてくる。なんという指示待ちプレッシャー……いつも俺に許可なく好き勝手やるくせに、こういうときには俺の言葉を待つのは恥ずかしいからやめてほしいもんだ。
「デザート前の運動にするか……せっかくなら1人1匹、デザイアとレーラズに個別結界に誘拐してもらって、それぞれ捻ってやってくれ。俺は『プリン』ってやつ用意して待ってるよ……早い者順な」
――ドンガラガッシャーンッ!
俺の気の抜けるような号令とともに食堂から皆の姿が消えてなくなる。
なんという連携と速さ……ウロボロスが平等になるように全員まとめて同じ位置に転移させた可能性が高いな。
とりあえず後片付けをしてから用意するか。
「1匹やっつけた! 僕が1番ッ!」
「まだ10秒も経過してないじゃん……」
今日も『罪の牢獄』はとっても平和であった…。
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