外伝 『災禍』を呼ぶ者
「くそッ! 平均ランクBじゃないのか!?」
「無駄口言ってる場合があったら急ぎなさいよ!」
「今は生き残ることだけを考えるべき、とにかく攪乱しながら撒くのだ!」
――アオォォォォォォォォンッ!!
公国のとある雪山地帯。
空気を大きく震わせるようにして響き渡る狼の遠吠えから形振り構わず離れて行こうとしている3人の冒険者。
彼らは『レイブン』という7人のSランクパーティー。
公国を中心に大活躍をしている冒険者パーティーであり、今宵も依頼を受け、この雪原に希少価値のある薬草を採取しに来たところだ。
生息する魔物の平均ランクがBという魔境を順調に踏破していた『レイブン』の前に現れたのは巨大な魔狼。
「あんな化け物に気付けないなんておかしい! 確実に気配遮断系統の能力を持ってるぞ!」
「弱体化の魔法を打ち消されたわ! 今のところアタシたちは弱体化されている感じはないけど、違和感があったらすぐに報告!」
「縄のような拘束技を放っておった! かなりの速さで見づらかったが遠距離スキルを持つ魔狼!」
付与魔法で跳ね上がった身体能力を活かして雪山を駆け降りていく3人。
4人チームと3人チームで別れて採取していた中、襲い掛かってきた巨大な魔狼。20秒も掛からぬ間に4人を拘束スキルと同時に喰い殺し、さらに追撃を仕掛けてくるという恐怖の存在。
Sランク冒険者でも赤子のように蹴散らした魔狼の正体は『神滅狼フェンリル』。
『大罪の魔王ソウイチ』の配下が1体にして、EXランクという魔物の頂点にたつ力を持った存在。
『
――ザッザッザッ!
「後ろから追ってきている気配すら感じないッ!」
「とにかく雪山から離れる! 急いでギルドに報告しないと大変なことになるわよ!」
「警戒を怠るな! この地形で足音を消すのは難しいはず!」
――アオォォォォォォッ!!
「「「ッ!?」」」
響き渡るフェンリルの咆哮と同時に、全力で逃げていた3人の足が止まる。
雪山の寒さを一瞬にして吹き飛ばすほどの恐怖からくる足の震えが3人を襲い、その場から動けずに崩れるようにして尻もちをついてしまう3人。
3人の正面には後方にいたと思っていたフェンリルの姿があったのだ。
フェンリルは尻もちをついてしまい、完全に隙を曝け出している3人に鋭い視線をぶつけており、それだけで死を予感させるほどの威圧感を3人は感じていた。
3人にダメージを与えるまでも無く戦闘不能に追い込んだのは、フェンリルのスキル『災厄の咆哮』と『狼王の覇気』の合わせ技である。
「本当ウチには緊迫した状態からでも不意打ちで持ってける面子が多くて助かるよ」
フェンリルの少し後方から聞こえてくる少し力の抜けた声。
フェンリルの身体を撫でながら、戦意喪失した冒険者3人に近づいていくのはフェンリルの主である『大罪の魔王ソウイチ』である。
この雪山にある薬草を採取するついでに、『雪』というものを味わいたい、公国の人目の無さそうな場所にいつでも転移できるように陣を仕掛けておきたいなどの理由でやってきたソウイチ。
希少な薬草が冒険者に先取りされそうだったのを、フェンリルが一早く反応したことで一瞬にして『レイブン』は壊滅まで追い込まれてしまったということだ。
「に、人間? ……な、何者なんだ?」
「確かに外見は人間だもんな……まぁ俗にいう魔王って奴だ、俺もここの薬草に興味があって採りに来たんだ。タイミングが悪かったな……見られたからには生きて返せないんでな」
「あ……あぁ!!」
――パキパキパキッ!
絞ったように発された悲鳴も僅か一瞬。
地面から生えるようにして3人の身体を覆うようにして放たれたフェンリルの『
『レイブン』がフェンリルと出会ってから2分も経たずとしての全滅。
Sランクパーティーとしてそれなりに名をあげてきた冒険者集団が手も足もでずして全滅してしまう。覆しようのない戦闘力の差、環境恩恵を活かし、かつ確実に仕留めれるように不意打ちで先制パンチを叩き込むという、魔王界では非難されそうな戦闘スタイルを重視した冒険者殺しのやり方、これが自分らしさであると言わんばかりにソウイチの顔は満足感が漂っていた。
「公国の中央からそれなりに近い場所に転移陣を置けたのは大きいな……バレる可能性があるから、もう一ヵ所くらい公国のどっかにマーキングしたいところだな」
氷漬けになった冒険者3人には目もくれず、フェンリルの身体を撫でながら、ルジストルから渡された公国の地図を確認するソウイチ。
ポラールがこの雪山が安全かどうか見回っていてくれているので、この時間を使って次の転移魔法陣を置く場所を探そうと必死に悩むが…。
「俺が直接地図みるより、デザイアとかイデアに任せたほうが良かった説あるな」
雪山というものに興味を惹かれたから訪れてみたものの、思った以上の感動はなく、感想としてはフェンリルやシンラが戦いやすそうな環境だなということだけ、なんとも面白くない感想である。
視界はそこまで良くないし、肌寒さと高所というだけあって少しの息苦しさも感じるしで、正直早く『罪の牢獄』に帰りたくなったほどである。
「だからこそ人目がつかんかなって思ったけど……同じ理由で誰かしらがここを張るってことも十分あるんだよな」
隠れる側の理由というのは、そっくりそのまま探す側が探る理由にもなるという理論を頭の中で繰り広げるソウイチ。
考えモードに入ったことを察知したフェンリルは特に動くこともなく、思考の邪魔にならないように動かずに周囲を警戒するという利口さを見せている。
フェンリルは『
1つ1つのスキルが強力で、基本的に1つか2つ発動させれば勝負が決まってしまう『
「だったら、どっかしらの街や村に仕込んだほうがバレないって可能性もあるのかもな」
「そうですね。公国騎士や公国にいる魔王がどれほどの者かは測れませんが、街に忍び込ませるのも名案かもしれません」
「……いつの間に帰ってきてたんだ?」
「フェンリルがスキルを使用した気配を感じましたので、少し離れた場所から様子を見ておりました。特に問題無かったようですね」
「冒険者たちからしたら災難な話だな……気付けばフェンリルが壊滅させてくれたよ」
「そのようですね……ですが、冒険者パーティーが壊滅したことで、この場所に目がむいてしまうかもしれませんね」
「……確かに」
「両者ともにタイミングが悪かったということですね。次の場所に行きましょう」
「薬草採取しとかないとな」
「もう終えましたので移動しましょうか」
「……本当に俺、遊びに来ただけの奴じゃん」
「……クゥ~~ン」
今日も『大罪の魔王ソウイチ』は平和に活動をしていたのだった。
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