第12話 『修験道』の先へ


 『天狗の寝床』に存在している様々な天狗系統の魔物たち。


 『天狗の魔王ハテン』により生み出され、侵入する冒険者や騎士を撃ち滅ぼすために日々修験に励む魔物。


 仙人の力を得て、普通の魔物では到達できぬ域にまで達している蛙魔物の五右衛門は『天狗の寝床』の山頂近くまで足を踏み入れていた。


 周囲を覆う濃厚な闘気と殺気。

 先程まで戦闘していたのに今では、道を空けるようにして瞑想している『白狼天狗』の群れ、五右衛門はこの先に待ち構えている魔物が、このダンジョンの大幹部の一体であることを確信しながら、とりあえず煙管を吹かせて考えることにする。



「傲慢の塊であった天狗たちを……こうも支配しとるんじゃから、余程威厳と力に満ちた大天狗なんじゃろうな」



 天狗の頂点と言われている存在『大天狗』。

 もちろん襲撃前にソウイチが調べたことは五右衛門と阿修羅に伝えられており、真名持ちの魔物は大天狗だと思うから、もし大天狗らしき存在を感じたら注意した方が良いと言われている。


 大天狗に会ったことなど誰も無いのだが、周囲の天狗たちの様子を見る限り、待ち受けるのは天狗の王。ただそんな予感が五右衛門の中でしただけである。



「周囲を気にせず思う存分暴れても良い……ええもんじゃな」



 なんだかんだソロで暴れる機会が冒険者たちと戦う時くらいしか無かったので、思う存分暴れられるチャンスが巡ってきたと感じ、軽く武者震いを起こす五右衛門。


 ゆったりと煙管を吹かし、脚に力を入れて、一思いにと大天狗らしき存在を感じる場所まで大きく跳ねる。



――ドンッ!!



 山頂まで続くように思える巨大な石階段。

 五右衛門が本気で跳んでも山頂が見えないほどの高い山ではあるが、五右衛門の視線の先には姿勢よく座禅を組み、一人瞑想している巨大な天狗の姿が映っていた。


 五右衛門の肩に止まっている八咫烏たちが警戒の鳴き声をあげる。


 五右衛門からすれば、とんでもなく広大な広場へと降り立ち、巨大な天狗の反応を待つ。



「……蛙か」


「これが噂に聞く大天狗かのぉ? ……主が警戒しとる理由がよく解るもんじゃ、随分闘気を溜め込んでおる」



 格好こそ他の天狗たちとは変わらないものの、五右衛門の2倍はある身体に真っ赤な鬼の顔に高い鼻、巨大な漆黒の翼を構え、手には巨大な羽団扇。

 身体から滲み出る闘気と魔力が周囲を歪ませるほど濃く、並みの魔物では目を合わせただけで絶命しそうな程の圧を放ち続けている存在。



「儂は大蝦蟇の五右衛門と言う者じゃ」


「我が名はハクホウ」



 『天狗の魔王』の2大幹部が一体。

 EXランクという魔物の到達点まで辿り着いた2体の天狗の内の一体であり、阿修羅と似た通力、あらゆる自然から力を補給し続けることができる存在であり、深い傷も一瞬で修復してしまう姿は不死身の魔物とも恐れられるような存在だ。


 授かりし真名は『ハクホウ』。

 巨体からは信じられないような敏捷性と器用さを持った大天狗であり、武技を好む天狗の中では珍しく、魔導や後衛スキルを多く習得している存在である。



「我が弟子たちの力を奪い続ける不届きものよ」


「すまんのぉ……儂は欲しがりなもんでな……お主の力も欲しくて我慢が効かんわ」


「我に勝とうなど……笑止ッ!」



――ゴウッ!!



 目にも止まらぬ速さで振るわれたハクホウの羽団扇。

 全てを切り刻むかの如く荒れ狂う暴風の大波が五右衛門へと襲い掛かる。ハクホウが力を使用した影響なのか、阿修羅の『天下風雷ノ陣』が発動しているかのように、周囲の天候が嵐かのように風が荒れ狂い、巨大な黒雲が山を囲む。



「主が儂らに心掛けさせている通り……理不尽な能力は『初見殺し』こそ輝く! …じゃったかな?」



 ソウイチが普段から『枢要悪の祭典クライム・アルマ』に言っている言葉、「理不尽な能力は『初見殺し』でこそ輝く。考えられる前に殺す、初撃で戦を終わらせに行くくらいがベストだな」を、今まで誰もがキッチリと実行してきている『罪の牢獄』の魔物たち。

 血肉が騒ぎ、白熱した戦いができるだろうと思える正面の大天狗に対しても、五右衛門はしっかりとソウイチの教えを守り通すかのように初撃で仕留めるつもりである。


 轟音とともに迫りくる無慈悲の暴風に対して、五右衛門は慌てることなく『智慧の本源を断つ刃アマノムラクモ』を抜きは無い、実体が無いはずの暴風へ向かって勢いよく振り下ろす。


 


「『八之俣分奪求大蛇懐刀ヤマタノオロチ』」



――ギャォォォォォォォッ!!



 五右衛門が振り下ろした『智慧の本源を断つ刃アマノムラクモ』から放たれるのは八首の霊体大蛇。

 ハクホウが巻き起こした暴風に噛みつく首、地面にぶつかる首、天へと伸びていく首とバラバラに伸びていき、ハクホウの暴風を喰い破る首もでてくる。


 ハクホウは自分の一撃が打ち破られるとは思っておらず、少しだけ隙を見せるが、すぐに羽団扇を持ち直し、迫りくる『八之俣分奪求大蛇懐刀ヤマタノオロチ』に対し、闘気を籠めて再び団扇にて大きく薙ぎ払う。



――ドシャァァァァンッ!



 『八之俣分奪求大蛇懐刀ヤマタノオロチ』とハクホウの巨大な闘気がぶつかり合い、周囲を吹き飛ばすほどの衝撃波が生じる。


 煙が晴れると、そこには睨み合う五右衛門とハクホウの姿が現れる。



「一体どんな能力じゃ……何をしおった?」


「わざわざ言う訳ないじゃろうて……ほれ避けんと死ぬぞ」



――カァァァァァァッ!



 五右衛門の両肩に陣取る八咫烏から不意に放たれる赤色に輝く勾玉。

 小さな勾玉は勢いよくハクホウにむかっていくが、あまりに矮小に見える攻撃に、さすがのハクホウも苦笑を止められない。


 撃ち落してやろうと思い、再び団扇にて薙ぎ払ってやろうと腕を振りかぶった瞬間。



――ズルッ



「何!?」


「しまったのぉ……儂の蛇がそこらへんの地面から『摩擦』を奪ったので足に力入れると転んでしまうぞい」



 ハクホウの身体が大きく仰け反る。

 

 五右衛門が先程放った『八之俣分奪求大蛇懐刀ヤマタノオロチ』は『智慧の本源を断つ刃アマノムラクモ』と『奪封クルック』の合わせ技。

 放たれた『八之俣分奪求大蛇懐刀ヤマタノオロチ』に触れてしまったモノは何であれ、1つ何かを奪われてしまうという技。


 先ほど地面に激突した大蛇の首が奪っていったのは、一部地面に生じる『摩擦』。

 もちろん摩擦が無くなった地面で立つことは余程重心だったり、横に巨大な魔物で無ければ困難なわけである。



「舐めるでないッ!」



――ブワッ!



 崩れた体勢から翼を羽ばたかせ、宙へと勢いよく飛び立つことで、八咫烏から放たれた勾玉をギリギリ回避することに成功したハクホウ。


  五右衛門にむけて極風魔導をむけてやろうと体勢をを整え、五右衛門がいたところに視線をむけるも……すでに五右衛門の姿は見当たらなかった。


 危険だと感じたハクホウは自身の周囲を攻撃するように極風魔導を放つ。



「ッ!? 『踊り蝕む烈風波バイオレンス・ネスタ』ッ!」


「察しが良いのぉ! 『朧陽炎之陣』」



――ゴウッ!!



 団扇を振り、自分の周囲を囲むように暴風の結界を築きあげたハクホウに対し、ハクホウが気付かぬ間に頭上に移動しており、5体に影分身した五右衛門が斬りかかる。

 寸前のところで五右衛門の攻撃を防ぐことに成功したハクホウは逃げるように距離をとる。

 まったくもって五右衛門の気配が感じられないのだ。普段は風の声をや神通力を使用して敵の動きや心の内を完全に見透かすのだが、何故か両能力共に使用できない事態に陥ってしまっているのだ。



「どうなっておる!?」


「言ったじゃろ? 儂の蛇は奪うのが仕事じゃって」



 圧倒的な初見殺し。

 相手の能力を奪い、自身を強化して理不尽な力を押し付ける。


 『強欲グリード』の大罪を司りし大蝦蟇は煙管を吹かせながら、ハクホウにむけて不敵な笑みを浮かべていた。

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