第17話 幻想の『笛音』


「見世物になっちゃったね」


「これも街のためだそうだ。仕方ない」


「えー……順番どーするー?」



 迷宮都市アークダンジョン前にある冒険者ギルドの裏にある修練場は多くの人で賑わっていた。

 修練場を囲むように何者かによって作られた観客席には老若男女、種族も問わず多くの者が、何かしらを口にしながらお祭り騒ぎで、とある出し物を今か今かと待機していた。


 修練場の真ん中にいる6人の人間。

 元『七人の探究者セプテュブルシーカー』で現在は迷宮都市アークを拠点に活動している3人の冒険者である、カノン・アルバス・ソラは仁王立ちの如く構える3人の傭兵に向かい合いながら雑談をしていた。


 カノンたちの噂を聞きつけてやってきた『桜火の国』の武士3人組。

 当初は適当にあしらう予定だったのだが、ソウイチにより急遽、アーク中に宣伝した後に観客有りの戦闘するとの達しがあって今に至る。



「んじゃ最初に私が行こうかな! あんまりこういうので先鋒張ったことないし!」


「んじゃー……アタシがトリ!」


「決まったな。結界はソウイチが用意するから好きに暴れて良いらしいぞ」


「よーし! 頑張っちゃうぞ!」



 1対1の対人戦。

 結界はイデアが務めることになっており、観客には何があっても被害がでないように気合の入った結界が張られることになっている。

 

 先鋒はカノンと武士軍団からは『大断の宗兵衛』と呼ばれる刀を使う大男だ。



「私が1番手でーす! いつでも行けますよー!」


「某が一番手だ。命をとらなければ、何でもありと聞いた。腕の1本貰っていくぞ……『白銀の蒼穹、虹の笛ヘイムダル


「その名で呼ばれるの恥ずかしいな~」



 宗兵衛は腰に際してある刀を抜き、カノンに向けながら闘気を放つ。

 自身の二つ名を呼ばれて、少し恥ずかしがりながらも『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』を呼び出し、まるで生き物かのように『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』を撫でながらニコニコと笑うカノン。



――バァンッ!



 不意に打ち上げられる1本の花火。

 事前にお知らせされていた戦闘開始の合図が響き渡り、宗兵衛は呑気に『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』を撫でているカノンに斬りかかる。



「笛なぞ吹かせなければ貴様など相手にならぬッ!」


「それは馬鹿にしすぎじゃないかな?」



――バチンッ!



「ぐぅぅッ!?」



 カノンの声に魔力が宿り衝撃波のように宗兵衛を吹き飛ばす。

 『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』を使わなければ無力と思われがちなカノンであるが、『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』はあくまでもカノンの能力を増幅するだけの武具であり、元のポテンシャルが高いからこそEXランクまで到達することができた人間の最高峰なのである。


 カノンは自身が発する音に魔力をこめることで、様々な意味を付与することができるので、簡単に言えば声をだすだけで戦うことが可能なのだ。


 宗兵衛を吹き飛ばしたことで、十分な距離ができたこともあり、満を持してカノンは『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』での演奏を始める。



――ブオォォォォォッ!



「ぐっ……身体が…勝手に!?」



 カノンが奏でているのは『走り続けろ夢舞台パッセージ・ライブ』。

 この曲を聴いた者は演奏が終わるまで、我武者羅に身体を動かし続けてしまう技。

 闘気や魔力を無駄に放出させ続けることで自身の身を削らずに消耗を強制させることができる便利な技である。

 そこに『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』が合わさってしまえば、技の対象になってしまった者は防御能力が秀でていない限り、一瞬にして魔力や闘気、体力は搾り取られてしまうことだろう。


 観客から見たら道化師かの如く不気味なダンスを1人繰り広げている宗兵衛。

 まったくの抵抗も出来ずに『走り続けろ夢舞台パッセージ・ライブ』の影響を受けて、拷問のようなダンスを続ける宗兵衛は、まったくの抵抗ができない状況に恐怖を感じ始める。


 3分程不気味なダンスを踊り続け、さすがに観客の反応が悪くなってきたのを察してカノンは『走り続けろ夢舞台パッセージ・ライブ』を解除する。



「はぁ……はぁ……小癪な技を……」


「私の自慢の力だよ♪ ただでさえ実力差が離れてるんだから、事前に調べてこないと、いつか命を落としちゃうよ?」


「小娘がッ! 桜火の武士を侮辱するとは!」



 心配で声をかけたつもりが自然な煽りとなってしまい宗兵衛は激昂する。

 カノンとしては、あまりに実力差があるのに何故挑んで来るか単純に不思議だったことあっての行動だったが、裏目に出てしまったということで苦笑する。


 宗兵衛は決して弱者の部類に入るわけでは無い。

 磨かれた武技と対人特化の戦闘スタイルは各国騎士をも怯ませ、名のある冒険者たちにも実力者として認知されているほど腕のある武士たちだ。


 しかし、今回は相手が悪すぎたのだ。



「一回痛い目に見ないと学習しない人いるもんね……これは勉強代!」



 彼女は人類最高峰の実力者であるEXランクの称号を得た冒険者。

 戦闘向きでは無いと思われがちであるが、伝説の冒険者パーティー『七人の探究者セプテュブルシーカー』のリーダーを務めていた人物。

 幾多の魔物を音1つで沈めてきた若くして最高峰にまで辿り着いた天才であり、世界最高の音楽家の1人。


 本来ならば腕試しという茶番になんぞ付き合う必要がないような地位にいる存在なのである。


 魔力・闘気・体力を絞り切り、立っているのもやっとな状態である宗兵衛にむけてカノンはトドメと言わんばかりに『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』を構える。



――プオォォォォッ



「おぉぉぉ……おぉ?」



――ドサッ!



 脳に直接響いてくるような旋律が宗兵衛に突き刺さる。

 一瞬にして宗兵衛の意識を奪い去ったカノンの技の名は『あの日に想うはセレナード・回帰の小夜曲ダル・セーニョ』。

 対象の精神と記憶に影響を与える曲であり、過去のトラウマや己自身が認めることのできない弱さを永遠に脳裏に浮かび上がらせ、対象者が全てを乗り越えられるまで安息を与えない技である。


 ただ苦しめるのではなく、乗り越えた先の成長を促すことができる変わった技であり、無謀な腕試しをする宗兵衛に闇をみたカノンが余計なお世話と分かっていながらも自己満足で送った曲である。


 しかし、ただ曲を聞いて気絶しただけに見える観客の盛り上がりはイマイチ。なのでカノンは『幸福と絶望おいでませギャラルホルン』を構えなおして、観客にむけて大声で宣言する。



「つまらない戦いでごめんなさい! 次の試合の準備まで何曲か奏でるので楽しんでいってください!」



――オォォォォォッ!



 世界最高の音楽家の1人であるカノンの演奏が、まさかの無料で聴けるという事実が観客を盛り上げる。

 演奏を聴くために各国から人が集まるほどの有名なカノンの演奏会が唐突に行われたことで、先ほどまでの味気の無い試合を忘れて観客たちは酔いしれる。


 そんな観客の様子を自身も混ざりながら観察する『大罪の魔王ソウイチ』。

 試合のほうは完全な茶番だったが、元より試合で盛り上がるなどと想定していなかったソウイチなので、流れ的に思った通りになっているので一安心する。


 アークを盛り上げ、大掛かりな悪巧みを仕掛けてきそうな連中への牽制の意味を込めてアークを盛り上げており、商人や冒険者、街の住民全てを完全にアーク側につけるための催し物として意味をこめて、今回の桜火の武士を利用したのだ。


 カノン・アルバス・ソラの3人がアークを拠点として精力的に活動していることを、さらに各地へと広めるための茶番劇。

 ソウイチは、さすがに実力差があると感じて戦うのを渋りたそうな残り2人の桜火の武士を見て満足し、ダンジョンへと戻っていった。

 




 

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