第13話 それは『未来』への一歩


 4人の賢者の1人であり、勇者として異世界より呼ばれし存在『救世の賢者・坂神雫』。

 多種多様な属性魔導に、魔に属する者に破滅をもたらす声を発することができるブレイブスキル『魔滅之天使シェムハザ』を使いこなして、多くの魔物と魔王を葬ってきた実力派勇者だ。


 同じ異世界からの勇者である暁蓮や大神源輔とは違い、元いた日本でも『退魔師』として学生ながらにして戦いに身を置く生活をしていただけあって、勇者になっても慣れた身体捌きで魔物を討伐し、勇者としての信頼を得てきたエリート勇者である。


 そんな坂神雫であるが、『焔の魔王』討伐道中に襲撃してきた『大罪の魔王』の配下、『枢要悪の祭典クライム・アルマ』のメルクリウスとイデア相手に為す術も無くボロボロにされていた。



(こんなにも……強い魔物がいるなんて………手も足も出ない)



 どこからと現れた援軍らしき天使たちもメルクリウスの放つ『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』の前に数秒ともたず喰い千切られていった。

 雫の多種多様な属性魔導もイデアの『四元素変化・循環』の守りの前では無駄に等しい攻撃と化してしまっていた。


 自分を仕留めずに痛めつけるように攻撃してくることに疑問を抱く雫だったが、冷静になって考えていられるほど2体の魔物は甘いことはしなかった。


 戦闘開始から2分ほどで雫は防戦一方。メルクリウスとイデアから放たれる攻撃から逃げ続けることしかできていなかった。



「『退魔師』の技は使わないのかな? ウチのマスターが楽しみにしていたんだけど……」


「この人間、ますたーの読み通りだったけど……プランAってやつでいいんだっけ?」


「そうだね…マスターの読みはどこまで当たるんだか」


(……この2体の魔物に私の能力も動きも全部読まれている。こっちは視ることができないのに……不味い状況)



 まさしく絶体絶命。

 メルクリウスとイデアがその気になれば、いつでも雫は殺されるという状況にまで陥っていた。

 自身のブレイブスキルと属性魔導は発動する前に言い当てられ、考えていることもそのまま口に出されるという屈辱極まりない行為に晒されながらも、雫はどうにか切り抜けるために考えることを止めなかった。



(こんなところで終われない……日本に戻って……平和を取り戻すためには……咲が頑張ってるのに姉の私が挫けるわけにはいかない)



 何をしても通じないような状況の中、雫の心を支えているのは日本で待っていてくれているはずの仲間たちと家族の存在だった。

 

 魔なる存在たちに侵食された日本。

 7つある退魔師の集う学校の1つに通いながら活動していた雫を支えてくれた仲間と家族たちのことは、この世界に来てから1度たりとも忘れたことなどなく、雫が勇者として必死に活動しているのは女神と約束した『元の世界で魔なるモノを滅ぼせる力』を手にするためである。


 自分がいない分頑張ってくれているだろうと雫が考えている存在は、妹である『坂神咲』。

 自慢の妹で退魔師としては、まだまだ未熟な存在だが、今頃学校に入学して退魔師として切磋琢磨しながら頑張っている妹のためにも……雫は挫ける訳にはいかなかった。



(2体とも……私の行動を予知している中……この空間を突破する術を探さないと……)



 『原初の魔王』を倒すまで死ぬわけにはいかない雫は勇者としてのプライドを捨てて、この場をどう逃げるかに頭を切り替える。

 自分の力をどれだけ発揮してもメルクリウスとイデアに勝つことは不可能だと悟った懸命の判断だが、まったくとして逃げる術を見つけられずにいた。



「私の創った結界は……今の勇者様じゃ難しいと思うよ」


「イデア……こんなところで時間使うのは無駄……」


「そうだね……勇者様! 私たちのマスターからのお手紙をあげるよ! 今回は見逃すから、しっかり読んでおいてね」



 イデアが雫に向かって丁寧に折られた『紙飛行機』を飛ばす。

 綺麗な直線で飛んだ紙飛行機を雫は潰さぬように掴み取る。何が起っているか理解できないながも命は見逃して貰えるという安堵感は少し感じることができていた。


 だからといって油断しているわけではないのだが、何故こんなことをするのか理解ができなかった雫はメルクリウスとイデアに素直に尋ねる。



「魔王の配下が……何がしたいのですか?」


「ますたーの真意は、その手紙に書いてあるって言ってた」


「ウチのマスターは手っ取り早く理想を叶えるために動いてるってこと……しっかり聖都へ帰って生き残りなよ。他の勇者はきっと死んでると思うから頑張って」


「………」



――パリンッ!



 雫たちを閉じ込めていたイデアの創りし結界が崩壊していく。

 結界の崩壊と同時にメルクリウスとイデアは姿を消して、残ったのは雫ただ一人。


 戦っていた2体の姿が消えたことで力が抜けてしまったのか、雫はその場にへたり込んでしまう。

 今まで味わったことの無い圧倒的な力の差。


 簡単に命を奪われてしまう状況だったという現実が深く雫に襲い掛かる。それと同時に生きていることができて良かったという想いからか涙が止まらなくなっている。


 魔王からの手紙だという紙飛行機を握りしめながら、雫はしばらくの間、一人で涙を流していた。









――『罪の牢獄』 居住区 コアルーム



 『七元徳』の天使たち、勇者……そして『星魔元素』の魔物を無事叩くことができた。

 この作戦のために色々立ち回ってきただけあって、とりあえずは大成功だ。

 勇者を仕留めるタイミングも、同盟相手の師匠を助けるタイミングも、帝都を落とす機会も全部捨てて、今日の作戦を成功させるために考えてきただけの収穫はあった。


 『七元徳』と『星魔元素』とは完全に敵対関係になったし、『大罪』の秘密も完全に知られた可能性があるので、ここからが本番だが、そう短期間では仕掛けてこないだろう。


 勇者の方は『暁蓮』に蒔いていた芽を無事に回収し、坂神雫に新たな種を蒔くことができたので、これで奴に一歩近づいたと見ても良いだろう。



「アイシャの方も……勇者2人なら大丈夫だろう」



 タンク騎士と大弓アーチャーがアイシャと戦っていると思うが、問題無くアイシャの勝利で終わるはずだ。

 

 今回の作戦で得られたモノを1つずつ整理しながら纏めていく作業をしていかなければいけない。



「まずは……暁蓮に蒔いておいた芽を確認しとくか」



 以前阿修羅が戦ったときに仕掛けてくれたデザイア特性の種。

 居場所アンテナにもなるし、デザイアの魔力を周囲に植え付けてくれるし、本人の記憶や夢を吸い取ることのできる素晴らしい種だ。


 デザイアが芽を吸収して得られた情報をコアの記録できる部分に映し出して、改めて考えを纏めていこう。



「日本とやらでの生活は……あまり気になるところはないが……死んだはずなのに女神に魂を呼び戻されて……この世界に『転生』したという部分は気になるな」



 この情報を見る感じだと、女神は確実に2つの世界を行き来することのできる力を持っていると同時に、異世界の存在が死んでいても自由に呼び出せる未知の能力があるということだ。

 やっぱり……最初から分かっていたことだが、女神と原初の魔王は、まだまだ遠い次元にいる存在なのかもしれない。



「どう思うルジストル?」


「……最初から閣下の想定通りでしょう……まだまだ私がアークから離れるのは先になりそうですな」


「あぁ……今の仕事をできるのはルジストルしかいないと思っているからな。本当、何も言わずとも察してくれるのは助かるよ」


「ありがとうございます。勇者に送った言葉通りに動かれるのですね?」


「言ったからにはやらんとな……元よりそのつもりだったしな」


「閣下のお惚けな行動の数々が実を結ぶのも近しいということですか……これは震えてしまいますね」


「計画的って言ってくれ……無い頭で必死にやってきたんだから」


「閣下は頭は良くはありませぬが、『嘘』と『悪巧み』は一級品ですからね」


「よく言われるよ……魔王っぽくなくて、人間っぽいってさ」



 ルジストルとブラックな笑みを浮かべつつ、俺たちは暁蓮から回収できた記憶と情報をまとめていく。

 異世界については未知の情報が多すぎるため後にして、女神・勇者・聖国に関することだけ目を付けていく。本当にルジストルはこういった仕事をテキパキやってくれるから助かるもんだ。



 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る