第12話 『戦』はする前に終わらせろ


――帝国領土東 とある森の中



 帝都から離れ、王国領土と近い森の中。

 小鳥の囀りが穏やかに響き渡る森の中で、特徴的な耳に腰よりも長く、そして美しく靡く金髪を揺らす、とある魔物が岩の上で静かに目を瞑って集中していた。


 その魔物は『森羅賢者エンシェントエルフ』と呼ばれる『星魔元素』が誇るEXランクの魔物であり、このエンシェントエルフは『セイラン』という真名まで授かっている魔物だ。


 様々な魔導に弓を中心とした武技、環境の恩恵を多大におけるエルフという種族、隠密行動までこなす『星魔元素』の魔物たちの中でも仕事を多く任せられる魔物でもある。



「気配が……消えた? やられてしまったの?」



 セイランは『罪の牢獄』へと攻め込んでいる3体の仲間の気配を監視しつつ、『罪の牢獄』から魔物が出て行くかどうかを見張っている役目を王から任されており、急に3体の仲間の気配が消えてしまったことで瞑想を終え、状況をさらに把握するために能力を強めようとするが…。



「探れない? 先までは鮮明に感じることができたのに……」



 風の声を聞き、大地の鼓動を受け取ることのできるエンシェントエルフ。

 しかも自身の力を最大限に発揮できる自然豊かな環境下での能力使用は、つい先ほどまで絶好調だったセイランに突如襲い掛かる謎の現象。


 仲間たちの気配を感じることもできず、さらにはセイラン自身の周囲を探る風の声すらも聴こえなくなっている。

 さすがに身の危険を感じて、すぐに時空間魔導でダンジョンへと帰還しようとするも、それすらも発動しない。


 

「若の敵がこんなところにも……」


「ッ!?」



――ザッ!



 セイランは背後から殺気と闘気が漂う声が聞こえた瞬間、その場を大きく飛び退いて空中で体勢を整える。

 声の聞こえた場所にいたのは、『大罪の魔王』の配下、『暴虐フォルテ』の大罪を司りし鬼神大嶽丸。真名を阿修羅と呼ぶEXランクの魔物であった。


 優雅に煙管を吹かせ、周囲を漂う『三明の神剣』をすぐに飛ばせるように配置しながら、阿修羅は地面に隙なく着地するセイランを観察する。



「どうやってこの場所を……時空間魔導には警戒を怠っていなかったのに」



 自身の警戒が突破されたあげく、現在進行形で自身の能力が封じられている状況に嘆くセイラン。

 不意打ちで攻撃してこなかった阿修羅に疑問を抱きつつも、大弓を呼び出し、阿修羅に向けて構えを取る。



「悪いが俺の力は魔導じゃなくてな。それにウチの若は警戒心だけは俺たちでも驚くほど強くてな………見つけるのは簡単だったさ」



 阿修羅はセイランの疑問に真面目に答える。

 不意打ちで仕掛けることもできたが、自身の性分じゃないと声をかけるほどの性格の持ち主なので、聞かれたことにはある程度答えてやろうと言う余裕すらあるようで、煙管を吹かせながら空を眺める。


 セイランの風の声を聞き、大地の鼓動を聞いて探知する能力は、大地に深く根付き、メルクリウスと並んで『罪の牢獄』の探知機であるレーラズに完璧に捉えられており、レーラズに場所を突き止められ、シンラがセイランの警戒を見破り、阿修羅が神通力の『神足通』で跳んできたという話だ。


 近づかれる前に仕留めるのが基本であるエルフであるが、まさか一瞬にして懐に入ってくる方法が時空間系統以外にあったことに驚きつつ、どのようにこの場を切り抜けるか考えるセイラン。



(Lvはあちらが上、この距離では絶対に敵わない。相手には瞬間移動の類のスキルがある……かなりのピンチですね)


「悪いな……心の声も聞こえる能力でな。久方ぶりのピンチならば一周回って闘争を楽しむべきだろう」


「……力押しの鬼のはずが、随分器用なことができるのですね」


「それは鬼に対する偏見だな。落ち着いたようだし、お話は終いだな」


「はぁぁぁぁぁッ!」



 焦るセイランの心の内は神通力の『他心通』で見通す阿修羅。

 さすがに使い続けるのは疲れるので、セイランが落ち着き、戦う準備が整ったところで他心通をオフにして、闘気を自身に纏わせて構えをとる。


 この時点で最悪な状況までセイランが追い込まれていることで『暴虐フォルテ』の力がかなり発動しており、すでに強化状態の阿修羅。


 セイランは能力がほとんど封じられているが、武技は放てそうなので、とにかく距離をとるためにも大弓に闘気を纏わせ、風の力を乗せた矢を素早く放っていく。



――バァンッ! バァンッ! バァンッ!



 破裂音を響かせながら、風の力と闘気を纏った矢は阿修羅にむかって、恐ろしい速さで飛んでいく。

 エルフが得意とする弓を使う武技、エンシェントエルフのレベルにまでなると、1秒1射、同時4本の魔力矢を放つことは朝飯前なのである。


 1発当たるだけで金剛石にも風穴を空けるであろう矢の嵐を前に阿修羅は笑う。そして顕明連を握って闘気を纏わせる。



「『大蛇海ノ大断オロチダチ』!」



――ズシャァァァァァァ!



 兜割りの如く振られた一振りの剣撃は迫りくる風を纏いし矢の嵐をかき分け、消し飛ばしながらセイランへと向かっていくが、さすがに危険だと素早く判断したセイランは大きく躱し、飛び退きながらも阿修羅へと魔力矢を放ち続ける。


 阿修羅はセイランの動きをしっかり捉えながら『神足通』でセイランの真上周辺上空へと跳び、闘気を纏わせた顕明連と小通連を構え、セイランにむかって斬撃を飛ばす。



「『鬼気飢饉斬伐舞オニノタチ・コウベ』」



――ズガガガガガッ!!



 セイランの放つ魔力矢よりも多く、そして速い剣閃の雨が降ろ注ぐ。

 樹や岩を、まるで豆腐か何かのように斬り刻んでいく剣閃の雨の中をセイランは駆け抜ける。

 能力の大半は封じられていても、エルフ特有の目の良さは失われてはおらず、EXランクな分ステータスも高いセイランは阿修羅の嵐の如し攻撃を一部掠りながらも回避できている。


 剣閃の雨を潜り抜けながら、セイランは攻撃する度に増していっている阿修羅の闘気に驚愕しながら、瞬間移動してくる阿修羅に対して、どのようにして距離をとるか考えていた。



「先ほど心の内も読めていると言われていましたね。本当に鬼ですか?」


「最近の鬼は器用なもんでな」


「なっ!?」



 阿修羅が放つ剣閃の雨の中、セイランの前に現れたのは顕明連を振り上げながら微笑んでいる阿修羅であった。

 驚愕と同時に現れた隙を阿修羅が見逃すはずも無く、闘気を纏わせた剣撃をセイランにむけて叩き込むべく、しっかりと前へと踏み込む。



――ズシャッ!



「『大蛇海ノ大断オロチダチ』」


「くっっっっ!?」



 セイランの隙を生み出した『四天阿修羅王』の分身が放つ『大蛇海ノ大断オロチダチ』。

 大弓を斬り裂き、耐久力ステータスの高いエンシェントエルフであるセイランを容易く斬る一撃。


 両断まではいかずとも、深く斬り込まれ、自身の鮮血が舞い散るのを視界にとらえながら、セイランはさらに2体の鬼が腕を組みながら後方で自分のことを観察していることに気付く。


 いつからか分からなかったが、自分が敵対している鬼が4体に増えていることに驚きながら、地面に倒れ込むセイラン。



「はぁ…はぁ……回復魔導もダメですか……」


「さぞ名のある魔物であっただろう。本来ならば全力を見てみたかったが、ウチの若は絶対に勝てる舞台で踊らせることに拘るタイプなのでな」


「EXランクの私たちにも…容易く影響を及ぼすほどの……力があるだなんて……」


「残りの真名持ちも……今回のように俺と相性が良ければ若も喜びそうだが、どうなるものだか」



 阿修羅は血を流しながら意識を閉ざしていくセイランを見ながら、今後少しずつ激化していくであろう『七元徳』と『星魔元素』との戦争について考える。

 今回のようにレーラズ・シンラに手伝って貰いながら、遠距離タイプの敵に対して時空間系統以外で跳んでくる作戦は、上手く行けば効果的というのが証明された。

 阿修羅からすれば今回のような能力の相手であればやりやすいので、今後もそうなってほしいと思うが、世の中簡単にはいかないと思って煙管を吹かせる。


 

「偵察型でもこの強さ……また若の頭を悩ましかねない要素も多いな」



 阿修羅は今回の戦いの後、いつも以上に頭を悩ませるソウイチの姿が目に見えてしまい、少し苦笑しながらダンジョンへと戻ることにしたのだった。

 

 

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