第9話 『勇者』とは何者なのか?


「ハァァァァァ!!」



――ガキィィンッ!



 『神速』『刃ノ鬼』』『神ノ瞳』。

 3つのスキルをフツ活用して斬りかかっていく。

 『雷霆ト天空ノ神インドラ』は僕の倍ほどの大きさを持ちながら4本の腕を使って、上手く攻撃を防いでいく。

 普通の魔物ならば反応できないような速度で斬りかかっているのに、簡単そうに対応されていく。


 とにかく我武者羅に刀を振るう。

 僕が通用するとしたら『速さ』だけなんだ。ひたすらに速く、そして鋭く急所を狙って刀を振るっていくのみ。



「神眼十閃ッ!」



 修行の末、行きついた僕の必殺奥義とも呼べる技。

 単純に前使っていた『神眼六閃』から『神眼十閃』へと斬る回数が増えただけだけど、6カ所同時と10カ所同時っていうのは大違いのはずだ!


 スローモーションに見える世界の中。

 最初の剣撃を右脚に叩きこもうと思ったときには……刀は既に相手に握られてしまっていた。



「甘いわァ!」


「ゴフッ!?」



――ドシャァァァァンッ!



 気付けば吹き飛ばされていた。

 お腹に凄まじく鈍い痛みと骨が何カ所も折れている痛みを感じたのは地面を抉りながら吹き飛ばされている最中だった。


 まったく反応できなかった。

 そして一撃でここまでボロボロにされるなんて思っても見なかった。


 あまりの痛さに地面をのた打ち回ってしまう。



「ぐぅぅぅ……がぁぁ……くっそ……」


「主に斬りかかってきおった時よりも……どうやら自信を無くして弱くなってしまったようだ。心の持ちようが強さに左右する。勇者と言うのは繊細なモノだ」



 弱くなった。

 激しい痛みの中、その言葉が深く突き刺さる。まるで見通されているようだ。


 魔物がゆっくりと近づいてくる中、あまりの痛みで立つことができない。それどころか呼吸するだけで精一杯の状況……くそ…。


 立ちはだかる圧倒的な壁。

 見ただけで察してしまう。絶対に越えられないと思わされるような壁。

 勇者になれば自然と生態系の頂点に立ち、その力を持って困った人たちを助けることができると思っていた。

 理不尽な死を経験した分……心のどこかで、この世界では幸せに暮らせるんじゃないかと思っていた。



「はぁ…はぁ…はぁ…」



 色んな感情が走馬灯のように駆け巡る。

 僕と違って最初から鬼気迫るような感じで勇者としての活動に熱心だった坂神さん、圧倒的カリスマと行動力で勇者としての名声を1番集めていた。正直…嫉妬していた。


 そして歯が立たなかった鬼の魔物。

 この世界に来てから魔物相手に苦戦をしたことのなかった僕に対して、世界の広さを叩き込んで来るかのような強さを見せつけられた。

 手も足もでず……勝つ可能性すら感じさせてもらえなかった。たぶん4人で挑んでも歯牙にもかけてもらえないほどの強さだった。


 そこで十分自信を失っていた中。

 後輩として新たに……僕と坂神さんが生きていた頃の日本から呼び出された3人の勇者。

 3人とも僕よりも遥かに強く……その中の1人は歴代勇者最強という名を僅か数カ月の修行だけで手にしてしまうほどの化け物っぷりだった。


 聖都のお偉いさんも、僕なんか目もくれず、彼らにばかり気を遣うようになり、僕の役目は彼らがストレスなく過ごせるようにするための相談役、そして彼らをサポートする存在……守るための壁のような存在へと遠回しではあるが伝えられてしまった。



「結局……どの世界でも力がないと生きていけないのか……」


「女神より力は貰えど……その心まで異世界人のままであったか」



 這いつくばりながら絶望に浸る蓮を見て、シャンカラは異世界より呼ばれし勇者の闇を見る。

 急に手に入った身の丈以上の力、魔王討伐という拒むことの難しい使命を背負わされ、必要ないと判断されればいかようにも扱われる。


 民衆の前では良い姿を……よく見れば女神の掛けた首輪から逃れられぬ地獄のような生活。

 不要ならば捨てられるという絶望から逃れるように魔王討伐に出向くしかない勇者……この世界の人間であれば勇者になるための心構えをした者ばかりだから安心だろうが……異世界から来た人間には、この重さに耐えきるのは過酷である。


 身体はボロボロ……シャンカラとの圧倒的な力の差を前に心も折れていた蓮は、自身の身体に異変を感じた。

 胸の奥が灼けるように熱くなり、全身へと勢いよく広がっていく。抑えきれそうにない何かが広がっていくのを感じていた。









――ゴゴゴゴゴゴッ



「女神も……勇者をただで死なせるのも惜しいということのようだ」



 蓮の異変に対して冷静にシャンカラは分析していく。

 あきらかに蓮の魔力や闘気が何倍にも膨れ上がっていくのを見て、女神の隠し技……勇者の自爆スイッチみたいなものであろうと予測をする。


 ボロボロだった身体は元通りに再生され、瞳は真っ赤に染まり、理性を手放したのか不気味な笑みを浮かべながら、蓮はシャンカラに焦点をあてる。



「魔物……殺スッ!」



 先ほどまでと真逆とも呼べるような気の流れに、シャンカラは思わず苦笑してしまう。

 戦闘力は爆発的に上がったようなので、全身に神雷の力を集中させながら豹変した蓮の動きを観察する。



「まるで野蛮な魔物よな……そこまで堕ちるのか? 勇者よ」


「死ネェェェッ!」



 蓮の姿が掻き消える。


 理性を失い、狂気に染まろうとも失われることの無い女神より授かりしブレイブスキル。

 『神速』『刃ノ鬼』『神ノ瞳』は蓮の暴走により、効力を上げて、さらに強化された力となり、シャンカラへと振るわれる。


 

「『我は唯一無二カイヴァッリャ・の神雷為りスヴァルガパティ』」



 『雷霆ト天空ノ神インドラ』と化しているシャンカラが蓮の動きを目でしっかりと追いながら、全身を神雷へと変化させる。

 バチバチッと物凄い音を立てながら、神雷へとその身を昇華させていく『雷霆ト天空ノ神インドラ』に高速で移動しながらも蓮は近付けない。

 あまりの魔力圧と『雷霆ト天空ノ神インドラ』の周囲を駆け巡っている神雷が理性は無くとも触れてはいけないということを理解できており、距離をとらざる終えない状況へと陥っていた。


 突っ込んでこないのを見て、戦闘に関しては完全に理性を失っているわけでもないし、判断能力も残っていると理解したシャンカラは闘気を身体に巡らせる。



「お主に芽吹いた花を消さぬように積まぬとな」


「クソガァァァァァッ!」



 『雷霆ト天空ノ神インドラ』の周囲を駆け巡る神雷に対して斬撃を放つ蓮だが、まるで効果が無く、発狂しながら高速で刀を振り回し続ける。

 蓮が苦しんでいるように見えているシャンカラは、これ以上苦しまないように一撃で仕留めようと拳を握る。


 蓮が気付いた時にはは右肩に神雷を纏った『雷霆ト天空ノ神インドラ』の拳が突き刺さっていた。



――バチバチバチッ! バァンッ!



「『真を撃ち抜け渦雷崩拳ルタ・プラマーナ』」



 強化された『神速』『神ノ瞳』の反射神経や拘束の動き、『刃ノ鬼』の防御性能の全てを貫き、『雷霆ト天空ノ神インドラ』の放つ神雷を纏いし神速の正拳は蓮の右肩付近を綺麗に消し飛ばす。


 大量の血飛沫とともに蓮の身体は地面に崩れ落ちていく。



「死ニタク……死ニタク……ナイッ」


「身体が吹き飛んでも意識があるとは……女神も恐ろしいモノを造る」



 即死するような一撃を受けながらも意識を保ち、血涙を流しながら藻掻き苦しんでいる様を見て、シャンカラは憐れみと同時に女神の底知れぬ闇を感じ取る。


 蓮がどのような幻想を抱いて勇者という存在を想っていたのかは知らないが、本当にこのような現実があると知った上で勇者として活動していたのだろうか? 異世界で勇者はどのような認識がされているのかは知らないが、覚悟無きまま死んでしまっていく勇者を見て、勇者というシステムを少しだけ理解できたような気がしたシャンカラ。



「主からお主への言葉を授かってきた。お主らの死すらも背負って行くから安心して逝くが良い。…とのことだ」


「……アァ………ソウカ……」



 蓮はシャンカラからソウイチの伝言を聞いて、何か悟ったような声を発しながら、ゆっくりと瞳を閉じていった。

 『神化アヴァターラ』を解除し、蓮の内側から摘み取った一輪の花を見ながら、……シャンカラは蓮に軽く祈りを捧げた。



 異世界より転生せし勇者。

 『神速刃・暁蓮』……『焔天の魔王』討伐道中、魔物に襲撃され死亡。



 

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