第17話 降臨する『蠅之神』


 俺の技は基本、何かしらの『大罪』の力を魔力に乗せてどうにか触れさせるだけ、相手が密集しているのならば感染させていくことができるのでやりやすい。

 『原罪之アマルティア・烙印アドヴェント』は『大罪』付与の極限の姿と言ってもいいほどの力がある。使えるようになるまでに時間がかかるのと、俺の魔力が少なくて何発も使えない点が不便ではある。


 『回帰之大罪ヨルムンガンド』は簡単な『事象の巻き戻し』を付与する力。

 『蝗』と『飛蝗』たちに付与した俺の魔力が広がっていき、虫たちは光の粒となってパズズの下へと戻って行く。


 一瞬にして全ての虫たちが光となって消滅した。



「ハァ…ハァ…さすがに疲れるな。それなりに体力トレーニングはしてるんだけどな……引き籠りが急に実戦に出たらこうなるってやつか」


「どうなっている?」



 魔力と闘気を虫たちに変えようとしているが、すぐに自分の身体に戻ってしまう現象に驚いているパズズ、とりあえず効果抜群だったようだ。

 これでしばらくの間、パズズは虫たちを出すことができなくなったので、リトスの準備が整うまで時間を稼ぐだけだ。


 さすがにパズズ単体ならば『饕餮』のほうがステータスは高いだろうから、時間は稼げるだろう。



「この煩わしい力が『魔王八獄傑パンデモニウム』の称号を?」


「だから『原初』様に聞いたほうがいいって先も言ったぞ?」


「小癪なッ!」



 パズズが魔力を集中させる。

 上空に巨大な風の魔法陣が展開される。すぐに『饕餮』に指示をだす。

 風系統は対象に裂傷だったり切り傷、強力なものになってくると竜巻に巻き込まれて身体がバラバラってことも考えられるから離れるのが一番だろう。


 そういえば風系統を主体としている魔物はウチにはいないなって考えてしまう。空を飛べる魔物はたくさんいるけど、風の能力にあまり覚えがないな…。


 というか無詠唱っぽいな!?



「消え去れッ! フォールンテンペスタッ!!」


「跳べ! 饕餮ッ!」



――ズゴォォォォォンッ!!



 魔法陣から地面に向けて吹き荒れる巨大な竜巻。

 なんとか竜巻の直撃は避けることができたが、荒れ狂う暴風には抗えず、けっこう飛ばされてしまう。

 相手の重さなんて関係ないと言わんばかりの暴風だ。しかもその中でケロッとしてやがるパズズをみると自分には何故か影響しない魔導ってことか。


 なんとか『饕餮』が体勢を保ってくれているので、観察できるが、ここまで広範囲技を何発もやられるとさすがに避けきれない。



「というかリトス! もういけるだろ!?」


「きゅっきゅ~♪」



 俺が困っているの楽しんでやがったな!

 なんとなく準備が終わっている気がしたのでリトスに声をかけてみたらビンゴだ。

 さすがにピンチになるまでは黙っているつもりはなかっただろうから良いんだけど、あまりハラハラさせないでほしい。


 リトスに頼んで召喚術を行使してもらう。その気配を察知したのかパズズがそこそこの勢いで迫ってくる。



「そうやって配下の魔物に縋りついて恥と思え!」


「だから一々押し付けてくるなよ!」


「きゅっきゅ~♪」



 リトスから禍々しい魔力が解き放たれる。

 地面に青黒い魔力で巨大な魔法陣が描かれて、大量の蠅が魔法陣上に集まっていく。

 圧倒的な威圧感と魔力が魔法陣から溢れ出る。ゆっくりと姿を現したのは6本の巨大な脚で地面を立ち、4本の腕をしならせている8mほどありそうな巨大な蠅。


 『蝕啜王・蠅之神ベルゼブブ』。

 リトスの『暴食グラトニー』の力も影響されているヤバい召喚獣。

 魔力を喰うリトスと違って『何でも』喰いがちの暴れん坊で、かなりの魔力を消費し続けるからリトスも呼びたがらない最終兵器。


 蠅之神ベルゼブブが迫ってきているパズズに顔を向ける。パズズと目が合ったのか蠅之神ベルゼブブが怒りはじめる。

 


『こないオモロなさげな場所………って、ワレ…さっきから何儂にガンつけてくれとんねやァ!!』



――ブワァッ!!



 怒った蠅之神ベルゼブブから膝が笑ってしまいそうになるほどの魔力や邪気やらが漏れ出す。

 いくらEX魔名の魔王であるパズズでも警戒したようで、動きを止めて蠅之神ベルゼブブを観察する。さすがの判断だ。


 ステータスだけならばハクほどではないが、理解出来ないレベルに高い力を持っている蠅之神ベルゼブブ。使えるスキルは少ないが、どれも必殺技と呼べるようなものばかりだ。


 しかし……沸点がとんでもなく低いという弱点がある。



「くっ! 次から次へと訳の分からぬ魔物を!」


「ッ!? 全力で逃げろ饕餮ッ!」



――ドンッ!!



 饕餮に命じて、全力を以って跳び下がってもらい続ける。基本的に何を言われてもブチ切れる蠅之神ベルゼブブがあんな風に言われて黙っているはずがない!



『ワシを……訳の分からん魔物やと? ……ええ度胸しとるなァ! 『死八珍万完全席マンカンゼンセキ』ッ!」


「きゅっきゅ~♪」



――ゴウッッ!!



 ハクやポラールが怒ったとき並みの恐ろしい空気が周囲を覆う。

 南地域半分は巻き込まれるだろうから全力で逃げてもらっているが、あんな感じでブチ切れるとリトスと俺以外誰だろうと巻き込むのが蠅之神ベルゼブブの使いづらいところなんだよな…。


 そして周囲も気にせずに発動したのは『死八珍万完全席マンカンゼンセキ』。

 俺が知っている限り、摩訶不思議なスキルだけど2番目に恐ろしいスキルだった気がするんだが…。



「何にしろ…ゲームオーバーだ……『風蝗悪魔』」









 ソウイチたちが遠ざかって行く中。

 パズズはそれを追うことができず、そして目の前にいる蠅之神ベルゼブブから発される魔力と邪気を前に、まったく動くことができずにいた。


 『魔王八獄傑パンデモニウム』の中でもソウイチと同じでステータスが低く、能力で戦ってきたパズズ。

 殴り合うような戦いは馬鹿のすることだと心底思っており、調べても本体の戦闘力が大したことが無いと呼ばれていたソウイチと戦えるのは楽しみにしていたパズズ。


 しかし、ソウイチと相対して合った現実は、少しの能力で足止めしただけで、他は全て配下の魔物に任せるという、パズズからしてみれば自分のプライドを傷つけられたと感じてしまっていた。


 ソウイチは自分と同じタイプの『魔王八獄傑パンデモニウム』だと信じていたのに……と。



『……なかなかつまらん食材が決まってしもうたか……しゃーない』


「何を言ってッ!?」



――ドシャッ!



 パズズが勢いよく地面へと落下する。

 地面に直撃し、倒れながらもパズズは自身に起こっている異変を冷静に対処しようと頭を働かせる。


 蠅之神ベルゼブブが放った『死八珍万完全席マンカンゼンセキ』。

 そのスキルの全容は蠅之神ベルゼブブの近くに存在する『何か』が8つランダムに指定され、主であるリトス以外で当てはまる8つを餌として逃れることができない速度で喰らい尽くすという技である。


 今回指定された食材と蠅之神ベルゼブブが言う8つの何かは「魔力」「闘気」「羽」「歯」「爪」「意欲」「鉄」「木」である。



『さぁ! 食事の始まりやァ!』



――ゴゴゴゴゴゴゴッ ブチブチブチブチッ!



「グガァァァァァッ!?」



 蠅之神ベルゼブブの歓喜の声と同時に指定された8つが凄まじい勢いで蠅之神ベルゼブブへと吸収されていく。

 パズズの身体からは「魔力」「闘気」の2種が急速に吸い取られ、物凄い力で全ての「羽」「歯」「爪」が千切れていく。

 しかし…「意欲」をも吸われたパズズは抵抗しようとする行動すらも失われていく。



「こ……こんなところで…死ぬのか?」



 『魔王八獄傑パンデモニウム』の称号を得て、上級魔王と呼ばれるようになり、多くの魔王が畏怖するような存在にまで上り詰めてきたパズズ。

 気に入らぬ者たちは『蝗害』を引き起こし、街やダンジョン、そして魔王戦争にて食い散らかしてきた。


 そんな存在にまでなった自分が、こんなルーキー明けの魔王との魔王戦争で、こんなにも呆気なく死んでしまうのか? と薄れゆく意識の中で考える。


 自身の配下である魔物たちも様子を見るのをやめて、パズズを助けに動き出すも、全て『死八珍万完全席マンカンゼンセキ』の力によって無残な姿で地に落ちていくのを感じたパズズは、1人涙を流していた。



「クソ……まだ……まだ…」



 このままでは歴史の笑い者になるのは間違いないだろう。

 数少ないEXランクの魔名を持ちながら、ルーキー明けの魔王に上から挑んだ結果、アッサリと殺される。

 これ以上に無い屈辱感に飲まれながら……パズズは抗うことができず意識を閉じた。


 『魔王八獄傑パンデモニウム』の称号を持った魔王同士の戦いは、ソウイチの配下であるリトスの召喚獣である蠅之神ベルゼブブの『死八珍万完全席マンカンゼンセキ』によって……静かに幕を閉じた。


 



 

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