第16話 『非凡』な生涯


――迷宮都市アーク ルジストルの館 会議室



「2週間という短い期間の中、アークで積んだ経験をぜひとも活かしていってください」


「「「「「ありがとうございました!」」」」」



 四大学園の学生5名の2週間にわたる研修の最終日。

 この日はアークを見て周る時間であったり、買い物をしてもよいという自由時間を与えられており、四大学園に戻る準備を含めて、昼前のルジストルが挨拶をするだけという予定になっている。


 ルジストルとリーナは5人の研修内容は活躍、毎日提出される記録を確認して、誰がアークに興味を抱いてくれているかをしっかりと判断していた。

 ルジストルは研修が終わり、学生たちが四大学園に帰ったタイミングで、各々に向けた手紙を出そうと考えていた。



(文面は閣下に相談する必要がありますね。人間の心理的作用は閣下が1番理解さえておられる)



 ルジストルのソウイチの評価は、人間から遠い存在であるはずの魔王なのに、人間の思考を導き出したり、人間らしい考え方をされる魔王というのが率直な評価だ。

 アークを運営する上では、僅か数カ月でここまで街を大きくした手腕は絶大であり、ルジストルは会うことは少ないが、『枢要悪の祭典クライム・アルマ』という常識外れの配下を引き連れており、自分の主ながら非常識の塊だと言わざるを得ないような魔王なのだ。


 だが、ルジストルは自分に対して街を任せるなどという信頼を置いてくれているソウイチを敬愛しているし、折れることの無い忠義を掲げているつもりであった。

 ソウイチが天下一の魔王になっていただくため、ルジストルは最善の手を尽くすつもりでいた。


 もちろん今回研修に来ている目の前の5人、その中でもアークに興味を強く示してくれた3人を逃そうなどと言う考えは無く、どんな手段を使用してでも、3年卒業後にはアークに来てもらおうと考えていた。



「私に質問があれば受け付けますが、どうでしょうか?」



 ルジストルが5人に向けて質問タイムを設ける。

 事前に質問を出来る時間を用意しておくと伝えてあるので、もし気になる事があれば聞いてもらって、スッキリして帰ってもらおうというルジストルの判断だ。

 もちろんソウイチから事件のことは聞いており、魔王に関してのことも好きに伝えてもらっても構わないと言われているので、想定される質問に対して、ルジストルもいくつか回答を考えてきてはいた。



「……質問いいですか?」


「どうぞ」



 ゆっくりとルークが手を挙げる。

 その表情にはしっかりとした覚悟が浮かんでいた。そんな表情をみたルジストルは、いきなり面白い質問が飛んできそうだとワクワクしていた。



「ここの支配者である……魔王は何を目指している?」



 ルーク以外、4人の学生が息の飲むのがルジストルにはしっかりと感じられた。

 ルジストルがソウイチとしっかり繋がっているという確信、そしてルークはルジストルが人間では無いことを見抜いている。

 結局はルジストルも魔王の意に添うようにして動いているとのことを理解しての質問。ルークは魔王の真意を知りたかった。



「皆様は例の事件で閣下の姿を拝見しているようですし、隠す必要もありませんね」


「……閣下…ね」


「皆様も知っての通り、迷宮都市アークの支配者にて、閣下と共に生きると誓った全ての者に理不尽なき生を約束する魔王、それが我らが王であるソウイチ様です」


「理不尽なき生?」


「えぇ……ここアークにいる多くの住民は様々な国で虐げられてきた者たちです。皆様も体験したかもしれませんが閣下に国境や距離はあって無いようなもの。各地で理不尽な生を強いられる者達1人1人の声を聞き、そしてアークに招いたのです」


「各地で起きた建物ごと消え去った神隠し……」


「それは間違いなく我々の仕業でしょうな」



 シェイラが聞いていた各地で起こっている消失事件。

 貧民や亜人、奴隷として扱われていた魔族なんかが次々と消え去っていたという謎の事件は王都でも起こっており、シェイラも父から聞かされていたのだ。

 この事件は四大学園でも少し噂になっており、シェイラ以外の4人も聞いたことがあったようで驚いている。



「閣下は目の当たりにしたのです。同じ街で何故、あそこまでの差が生まれてしまうのか? 非凡な人生を強いられてしまう者が生まれてしまうのか? 選択肢が無く、這い上がるチャンスすらも無いに等しく、種族の壁という閣下からすれば理解できないものを」


「非凡な人生……」


「閣下曰く、非凡な生というのは理不尽なほどに波乱に満ちた生涯ということです。栄光・名誉・権力、これらに溢れるのであれば良いが、極貧・家族を殺される・笑えない毎日、こんなものも含まれている……と」



 ソウイチが望むのは全ての者が『平凡な生』を全う出来る世界を創ること。

 魔物や魔族の王、魔王として生を受けたものとして、亜人や魔族に対する人間からの仕打ち、圧倒的な力と数で支配する人間に対して示してやろうと言うのだ。



「このアークは閣下理想の第1歩。いずれ世界の全ては閣下が管理する世界になり、全ての生命が越えられない苦しみの無い世界を築く。これが閣下の真意です」


「そんな絵空事が実現出来るとお思いで?」



 シェイラはルジストルに尋ねる。

 貴族社会に立つ者として、王国の色々な現実を知っているつもりだし、理想を語るだけでは何も出来ないという現実の恐ろしさも知っている。

 今のシェイラには魔王の理想というのは人間をアークにおびき寄せる綺麗ごとにしか感じられなかった。


 シェイラから見ても、この世界の貧富差が激しいことは知っている。

 だがそれも理由があってのこと、貧困にしても、富豪にしても理由があって辿り着いた結末。それがシェイラの考えだ。アールグレイス家の人間が築き上げたものが今のシェイラの生活を成り立たせてくれており、自分もアールグレイス家に恥じない活躍をすることで、永遠と繋がれていくもの。

 そう思うシェイラは人間の築きあげてきた歴史が否定されているみたいで不快に感じてしまったのだ。



「現にアークの住人は誰もが平穏です。そして平穏のありがたさが分かる者たちばかりが暮らすアークには、すでに日々のありがたさは浸透しております。そしてその話を聞いて多くの者が集っているのが現実」


「それにも限度があるでしょう? 種族間の問題は確かにある。だがそれも理由があってのこと! それを理解しないで力づくで覆すというのは結局のところ人が魔王や魔物を恐れる原因になるのでしょう?」



 シェイラが自分なりの言葉を紡ぎあげていく。

 少し粗々しい感じにはなっているが、心の底から湧き出ている感情に、ルジストルは内心で称賛する。

 若くして立派な考えを持っていると評価したルジストルではあるが、シェイラの考えは支配者が語る上からの理由付けでしかないと言葉を選んで伝えるか悩んでいた時、1人の人物が会議室に入ってくる。



「魔が害を成し、人間は害が無いという考え………結局は視点の違いだな」


「…閣下、私にお任せくださるのでは?」


「それでも良かったが、完膚なきまでに言いくるめそうな気がしてきてな。だったら俺がストレートに何をするか伝えたほうが速いだろう?」


「最初からそうしていれば良かったので? 後だしはソウイチ様の悪い癖です」


「そう言われてもな……」



 ソウイチとしては格好良く登場したつもりだったのだが、部屋に入って早々、ルジストルとリーナからブーイングを受けて肩を落とす。


 学生5人は突然現れた魔王に背筋を伸ばしてしまっている。

 デザイアのような邪気と威圧感を感じている訳ではない。ただただソウイチが自分たちを見る目に宿る力強い何かを感じて……5人は声を出すことが出来なかった。

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