第10話 『鬼神』の種まき


 阿修羅はソウイチがデザイアの力でダンジョンに跳ばされたのを見て安堵するのと同時に、仕込むのを頼まれた種をしっかり握り込む。


 そして改めて、黒髪の青年をみる。阿修羅からすれば2回目の勇者との戦いだ。


 阿修羅のことをかなり警戒しており、居合の構えを崩さない。ソウイチを斬ろうとしたときから分かるように、阿修羅から見ても十分に速い速度の敏捷値と時間に関する概念効果を含めた勇者のスキル。


 そして何より阿修羅が驚いているのは、自身の『大武天鬼嶽道』の中で発動できるということだ。

 完全に接近型の能力じゃないと発動できないようになるアビリティの中で使用してくるということは接近型のはずだが、時間を弄る概念効果を許した記憶の無い阿修羅。

 これも勇者の力かと勝手に納得して警戒を強める。



「だが……障壁となるには若いな」


「ふぅ……『神速抜刀』」



 蓮が一息ついた瞬間。蓮の身体がブレる。

 

 蓮の刃は阿修羅30㎝ほどまで迫っていた。


 しかし蓮は驚愕する。

 阿修羅の目がしっかりと自分の姿を捉えていること、そして捉えながらも仁王立ちの構えを崩していないということ。

 蓮のブレイブスキルである『神速』は自身の敏捷値を極限に高めるのと同時に気配を気付かれない縮地法をも覚えることが出来る。そして極めつけは1秒を3秒ほどに広げることができる反則的力。


 今までこれに反応した魔物なんて存在していなかった。


 ……だが



――ガキンッ!



 阿修羅の首を狙った蓮の刃は、またしても三明の神剣に防がれる。

 体勢を立て直そうとした蓮だが気付けば阿修羅の姿を見失っていた。



「速く動けても、速く動く存在には慣れてないようだな」



――バギッ!!



「ぐぅぅっ!」



 蓮の気付かぬ間に真後ろに移動していた阿修羅の回し蹴りで蓮は吹き飛んでいく。

 もの凄い勢いで木々をなぎ倒しながら吹き飛ぶ蓮。

 阿修羅の回し蹴りを受けても体が粉々にならなかったのは、ブレイブスキル『刃ノ鬼』というスキルのおかげで近距離攻撃では自身の最大体力値の30%以上のダメージは30%に軽減されると言うものだ。

 そのおかげで五体満足でなんとか受けることが出来ている。


 吹き飛びながら蓮は体勢を整えてさらなるスキルを発動する。



「はぁ…はぁ……『神ノ瞳』」


「勇者のスキルは『大武天鬼嶽道』の影響を軽減できるのか? ふむ……恐れるべきは女神の力か……」



 阿修羅が疑問に思っていることだが、全て蓮の『神ノ瞳』のおかげなのである。このブレイブスキルを持っているだけで、自身のブレイブスキルは相手の能力で掻き消されなくなるもの。そして発動すれば相手の身体の動き出しが未来予知のような感覚で残像モーションが視えるようになるもの。

 魔力を集中するのも、呼吸をするのも全ての動作が蓮にはスローモーションで視えるようになるのだが…。



「っ!?」



――ガキンッ!



 死角から迫ってきた三明の神剣に襲撃されて、阿修羅のことを視る余裕がなくなっている蓮。

 3方向から自由自在に迫ってくる剣を上手く捌きながら阿修羅を警戒する蓮を測るようにしてみる阿修羅。


 ソウイチから無理に撃破せず、最強勇者の1人である蓮の力を測っておきたいだろうと考えるソウイチの考えを汲んで、様子見で抑えている阿修羅。どこかで種を仕込む隙を見計らっている。


 なかなか隙を見せない蓮に素直に感心する阿修羅。前戦った勇者と違い剣技の基礎がしっかりしているからこそできている技を見て、少しだけ期待を寄せる。



「若いうちに勇者の全貌を知り、若いうちに叩く……若の判断通りで良さそうだ」



――ゴゴゴゴゴゴゴッ!



 周囲の木や岩が地面から剥がされるように浮く。宙に浮いた物体たちが一斉に蓮へと放たれる。

 これは阿修羅の『神通力』による技の一種で念力で物を動かせる力である。


 蓮は三明の神剣を捌きながらでは避け切れないと判断する蓮。

 眉間に皺を寄せた蓮の右目が黄金に輝く!



「ほう…」


「『神眼六閃』ッ!」



 阿修羅が視ても速いと感じるほどのレベルで蓮は阿修羅の目の前で刀を振るっていた。

 『神眼六閃』は蓮が持つブレイブスキル『神速』『刃ノ鬼』『神ノ瞳』を同時使用することで発動できる、蓮の必殺技のようなものである。

 対象が守りにくい6カ所に自身と自身の刀を呼び込む技、一種の召喚術のようなもので本当に同時に神速の6撃を与えることが出来る転移剣技である。


 蓮から振られる6本の刀を見ながら阿修羅は考えていた。

 自身と蓮の間にある絶対的なステータスの差を攻撃を受けて見せつけても良いが服が汚れてしまう、三明の神剣ではさすがに防御が間に合わない。

 同時に放たれる6回の攻撃に対してどうするべきか。


 阿修羅が出した答えは、こちらは同時に6回以上の攻撃をぶつけることだった。



「『覇道・はどう・九十九物語つくものがたり!』」



 一瞬六撃である蓮の『神眼六閃』。


 それに対して阿修羅が放ったのは一瞬九十九撃という規格外の拳と脚撃の嵐である『覇道・九十九物語』である。


 6と99の攻撃はぶつかり合いはもちろん…。



「がふっ!!」



――ドシャァァァァンッ!



 阿修羅の『覇道・九十九物語』が勝る結果となり、蓮は即死することなく『刃ノ鬼』のおかげで助かるが、吹き飛ばされていく。

 さすがの阿修羅も手加減を可能な限り施したが、手応え的に何らかのスキルで自分の攻撃が一定のダメージまで削減されていることを察知する。

 圧倒的なステータス差があるから、今は大して問題ではないが、ステータス差がなければ面白い戦いになるかもしれないと思い、思わず笑ってしまう阿修羅。


 一方の吹き飛ばされている蓮は、この世界に来てからの1番の危機に混乱していた。

 あの弱い魔王からこんな化け物みたいな魔物が出てくるだなんて思っても見なかったようだ。

 地面を抉るようにして減速した蓮だが、その身体はすでにボロボロだ。

 しかし勇者として死ぬわけにはいかないという想いで蓮は立ち上がる。



「はぁ…はぁ…はぁ……まさかカウンター決められるなんて…」


「次があれば反撃されることを承知で戦い方を考えるんだな」



 阿修羅が戦っていて蓮に抱いたのは、確実に先手をとって仕留めるという自信という名の過信だ。

 防がれて、かつ反撃された経験などないのだろう。戦い方に反撃が全然想定されていないことが感じられたのだ。

 阿修羅からすればヒット&アウェイ戦法ではなく高速戦闘をずっと維持して戦い続けるほうが相手からすれば嫌だろうにと戦いながら感動を抱く。


 一瞬にして吹き飛ばされた蓮に追いついた阿修羅は腕を組みながら血塗れになっている蓮を観察する。



「(若が想っているほど強くはない……恐れるべきは女神か……だからこその『種』というわけか……とりあえず役目は終えたな)」


「死ぬわけには……いかないっ」



――ヒュンッ



 蓮の姿が掻き消える。かなりの血痕が残っているので逃げた方向が丸わかりだ。

 全力で『神速』を使用して離れていくのを阿修羅は感じる。仲間のところへ向かっているんだろうなと思う。余計なプライドを持たずに素直に逃げることができているのは良いことだと阿修羅は感心する。

 追いついてトドメを一撃を喰らわしても良かったが、とある気配を感じたので、そちらに向き直す。



「小猿は無事だったか? 若」


「あぁ…迷惑かけたな阿修羅」


「勇者はどうでしたか?」



 ソウイチとポラールが木の影から出てくる。

 そしてウロボロスたちの気配も現れたので、帰りの時間だなと阿修羅は『三明の神剣』を戻す。



「前の勇者とは比べ物にならんぐらい強かったが、まだ戦い方を学んでいる最中のようだ。脅威には感じなかった」


「別世界では戦いなんてないらしいからな」


「短い期間であれだけ強いなら、この先はもっと厄介になる……若も同じで?」


「あぁ……そんなすぐに慣れるとは思えんが、伸び幅はとんでもないことになると思う。とりあえず……種の仕込みご苦労様。あの連撃の中では気付かないだろう」



 阿修羅が頼み通り種を仕込んでくれたことに礼を述べるソウイチ。これで今後やりやすくなると少しだけ微笑む。


 ブレイブスキルは何かに特化した強力なスキルであることを再認識したソウイチであった。このまま追撃すれば撃破できるだろうと考えたが、ラムザがやると言うのなら仕方がないと見送ることにする。

 自分たちのところに来た時、どうやって勝利するかを考えながら、阿修羅を回収して、ポラールの転移魔法でダンジョンへと戻っていった。


 

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