第9話 可愛い神獣には『棘』がある


 勇者と一緒に移動していたら急に転移魔法に巻き込まれた冒険者たち。

 

 いきなりの転移魔法でもそこまで動揺することなく、素早く陣形を整えて敵襲に備えるのだが、そんな冒険者たちの前にいたのは敵意などまったく出ていない魔物だった。



「きゅ~~♪」


「か、可愛い!」


「珍しいな…野生のカーバンクルか」


「こ、こいつって売ったら、一生遊んで暮らせる金が手に入るって噂の魔物か!?」



 転移された先の草原で、自分の尻尾と戯れているリトスがいたのだ。この世界では世にも珍しい魔物カーバンクルであり、その身に宿る宝石は法外な値段がつくことで有名だ。

 冒険者たちは冒険者人生で1度見れるかどうか分からないレベルの幻獣を目撃出来て感動している。

 数人は捕獲して売り飛ばそうとすら考えているレベルだ。



「きゅ~~♪」


「この子が転移魔法を発動させてしまったのでしょうか?」


「その可能性は考えられるが……時空間魔法が使用できるという話は聞いたことないが……」



――プ~~~~~~ンッ



「なんか蠅が多くない?」


「なんか巣でもあるのか? 魔物の死体が近いかもしれないな」


「探知魔法を使用します」



 草原にしては不思議なほどの蠅が飛び交っていたので、さすがに怪しいと感じた冒険者たちは探知魔法に結界魔法を使用する。

 魔力を集中さえて魔法陣を展開した瞬間。



――ジュゥゥゥゥゥッ!



「ぁぁ……ぁ?!」


「魔法を使うのをやめろォォ!」



 探知魔法を使用した2人と結界魔法を使用した1人が一瞬にしてミイラになるほど干からびる。魔法を発動してから僅か3秒でカリカリの死体になってしまった。

 1人の男が魔力の使用に対して全力で叫ぶが、すでに手遅れであった。

 死体は塵となって風と一緒に散っていった。


 一瞬にして和んでいた場は静寂へ、そんな中リトスの鳴き声だけが響く。


 『暴食グラトニー』の大罪を司る神獣。仲間以外の全ての魔力は絞り尽くしたい。そして自分の力で綺麗な宝石へと変換させたい。思っていることはそれだけだ。

 冒険者たちの周囲を飛んでいる蠅は、リトスの『全てを啜り尽くす蠅王エダークス・トゥルマ,その姿暴虐が如し・ベルゼビュート』の力をもった召喚獣である。


 1匹の蠅が1人の冒険者の腕に止まる。

 鬱陶しいと感じたのか、その冒険者が何気なく蠅を追い払おうと手を払うと…。



――ドガァァーーンッ!



「っ!? 距離をとれぇぇ!」



 蠅は払われた手の衝撃で凄まじい勢いで爆散していく。小さな蠅からは想像もできない威力の爆撃で冒険者の身体は木っ端みじんに吹き飛んでしまう。


 1人の叫びで冒険者たちは蠅飛び交う空間から離れようと後ろに勢いよく飛び退く。

 

 しかし



――ドガァァンッ! ドガァァァァンッ!



「きゅっきゅ~~♪」



 冒険者が強く蠅に触れた瞬間に、次々と大爆発を起こしていく。

 次々と連鎖していく爆発から逃れることもできず、冒険者たちの肉体は爆散していく。


 この蠅にはリトスが様々な機能を付与している。

 体外へと出た魔力を残さず吸い尽くし、1度吸うことに成功したら体内の魔力までも吸い尽くそうとする力が『啜る大喰らいグラトニーストロー』。少し距離があろうが関係ない射程範囲を誇っている。


 そして魔力を吸った蠅に少しでも強い衝撃を与えると吸った分だけ大爆発を起こして、1匹爆発したら連鎖していく技を『無差別に降り注ぐフライ・フライ・空腹蠅コメット』という。


 リトスから見れば餌でしかない冒険者たち。

 肉片になっていくものたちを蠅に指示して、血に含まれている魔力ですら吸い尽くしていく。

 ずっと遊んでいるように見えて考えて能力を使い、確実に仕留める頭の良さ、召喚獣のうちどれを出すかの判断が速いとソウイチのお墨付きなのだ。


 今回の冒険者はリトスから見たら餌にしかならなかったので蠅だったが、リトスは想像以下の魔力しか吸えずに少し不機嫌になる。


 リトスはウロボロスが迎えが来る前に他に獲物がいないかどうか探しに行くことにした。









――『罪の牢獄』 居住区 コアルーム



 デザイアに強制帰宅を命じられた俺は、ダンジョンに残っていた『枢要悪の祭典クライム・アルマ』の皆様に事情を説明してハヌマンを治療してもらう。レーラズとイデアが担当してくれるので大丈夫だろう。


 そしてポラールとデザイア、ガラクシアにメルと4人に本気で怒られてしまった。

 いくら種仕込みが上手く行きそうだったからといい、完全に俺が悪い事件だったので、こればかりは今後絶対無いようにしないといけない。

 なかなか好奇心やら何やらを抑えるのが難しい…。


 そして幸いだったのはハクがお昼寝中だったことだ。もしハクに知られてしまったら人間を皆殺しに行きそうだから止めるのが大変なのだ。



「勇者とやらはどうだったんじゃ?」


「阿修羅が戦ってると思うが、問題ないと思う」


「さすがに不要だと思います。ですがウロボロスがいるので大丈夫でしょう」


「他の皆もすぐに終わらせそうだから安心して待つか」



 『神速刃・暁蓮』の動きはまったく反応できなかったし、あの距離でウロボロスから降りた瞬間に気付かれて10㎞はあったであろう距離を詰めることが出来る力。


 二つ名的に刀を振るうのが速いのかと思ったら本人がとんでもなく速いし、刀を抜いたのもまるで見えなかったなんて魔王として不味いのかもしれない。どうにか俺自身強くなれないものだろうか?


 阿修羅なら大丈夫だと思うが、頃合いだと思ったら殺さずに退くことを事前に決めてある。

 『神速刃・暁蓮』を含む勇者4人で魔王を討伐することに注目が集まるのが分かったよ。あれは強かった。Sランクダンジョンくらいだったらクリアは容易かもしれないし、SSランクの魔物にも全然戦える力が単体である。


 暁蓮と坂神雫はずば抜けて強いらしいから、少しラムザさんが心配になってきた。正直に言うと厳しいんじゃないかという疑問まで浮かんでくる。



「それにしても速かったな……身体能力強化だけじゃなくて、概念弄り的なのも含まれてるのかな?」


「どちらも含まれていると思いますよ」


「なるほどな」


「とりあえず! マスターが無事で良かった!」


「本当に気を付けるよ」



 ミネルヴァが世界の広さを言ってたのは本当だったんだな。

 これからは暁蓮基準で色々考えるのも必要になってくる。だからこそ暁蓮に種を仕込めるのは今後に大いに役立ってくれるはずだ。

 出来るならば、アークには絶対に来ないで欲しいもんだ。聖都に引きこもっていてくれ。


 少し話しながら待っていると眠ったハヌマンを抱えたイデアとレーラズが果樹園からコアルームに来てくれた。



「マスター、目覚めたら褒めてあげてよ。即死レベルのダメージを負ってでも守ったんだからね」


「この子は『罪の牢獄』を救いましたね」


「あぁ…最大限の感謝を伝えないと」



 正直、イデアやデザイア、阿修羅がいなければ、死んでしまうことは俺のダンジョンでは基本的にお別れを意味する。

 ハヌマンはGランクだけど、俺のコアでは何故か呼び出し不可な魔物だ。クレームを言ってやりたい。

 本来ならば先の一撃で一生のお別れになっていた可能性は大いになった訳だ。


 ハヌマンの勇気と行動に俺は感謝と反省をしなきゃいけないな。


 魔王は好きに生きるべきだが、多くの命と忠誠を背負っている。

 自分の行動には覚悟と責任が必要ってことだ。



「ありがとな……ハヌマン起きたらしっかり話をさせてくれ」



 イデアに抱かれているハヌマンを撫でる。

 勇者で斬られた傷は深い物だったらしく、消せなかったようで、右肩から左脇まで傷が目立つが、これがハヌマンが背負ってくれたものか。



「さぁ……阿修羅のところに行こうか」



 俺はポラールに頼んで改めて阿修羅たちのところへ連れて行ってもらうことにした。



 

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