第8話 その名を『斬る』刀


 バビロンに高らかに響き渡る能力行使宣言が為された直後。


 自身の鎧に金剛石の如き硬さを付与する魔法「金剛鎧」を使用した重騎士の鎧は、まるで突かれた豆腐のように崩れて落ち、武器に炎を纏わせ強力な火属性ダメージを与えることが出来る「紅蓮の刃」を使用した魔剣士の剣は灰になるまで燃え尽きる。

 Aランクの星魔法である「シューティングコメット」は何故か使用者に向かって飛来してしまい、バビロンに向かって放たれた「ストレートアロー」は途中で捻じ曲げられて反転してしまう。


 各々が発動したスキルが暴発したわけではなく、発動した上で謎の挙動に戸惑う時間もなく落ちてきた「シューティングコメット」で崩壊してしまう冒険者たち。


 立っているのは1人のみ。



「化け物め……」


「慎重な人間よな。我が前で立てているだけでも褒めてやろう」



 バビロンの『虚飾ヴァニタス』の影響は、どれだけ相手を戦う前、そして戦う最中にビビらせることが出来るかどうかが肝である。今発動されている結界のような空間は『無千年骸骨王国思想ジ・バビロニア』という、バビロンと『黙示録の獣』の能力を大幅に強化する『虚飾ヴァニタス』の奥義のようなものである。

 この場にいる者は全ての精神防御効果を消失させられ、いかなる防御スキルを使おうともバビロンの力範囲に入ってしまう残虐なものだ。


 しかし、冷静に攻撃をせずにバビロンの姿を見て発狂する仲間たちを見て、1度目を瞑り冷静になることでなんとか逃れることが出来た冒険者、『蒼氷鎌のエリング』というSSランクパーティー『マーベラス・フルムーン』の1人だ。


 そんなエリングでも足の震えが止まらなかった。バビロンも恐ろしいのだが、『黙示録の獣』に対してエリングは絶望的な力の差が感じていたのだ。



「ふぅ……『氷結界』」


「氷の結界……なれば燃えるのは滑稽なり!」



――ゴゴゴゴゴッ!



「なにっ!? 平静を保てない者だけじゃないのか!」


「目の付け所は良い! 我が力をそれだけと見くびるでない! 逃げる力もあるまいて」



 『虚飾ヴァニタス』の力を冷静に見極めたつもりで、平静さを意識して周囲の環境を自身が戦闘しやすいようにSランク氷魔法でもある『氷結界』を使用したエリングを包むのは燃え盛る業火だった。

 その場から離れようとしても足にまったく力が入らず、身体を炎が包んでいく。



「ぐわぁぁぁぁ! くそ! 凍れ!」


「悪足掻きなど無駄! さらに炎上するが良いわ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」



 エリングが放つ氷系統のスキルが全て自身の身体を炎上させる業火へと変化してしまう。


 これが『無千年骸骨王国思想ジ・バビロニア』を発動し、『黙示録の獣』を召喚中であるバビロンの『全ての嘘はやがてグローリー・オブ真実へと塗り替わる・ピクチャー』の真価。

 今のバビロンは自身にとって全ての不都合を自身にとって都合の良い事象へと変換することが出来る。確実にバビロンを勝てるように都合よく進んでしまう力。

 1人につき1つの事象しか変えられないというのはあるが、十分に恐ろしい力である。


 これが『虚飾ヴァニタス』の大罪を司りし、最強のスケルトンなのだ。ソウイチはスケルトン戦法にも魅力を感じているが、バビロンの単体としての制圧力も群を抜いた力があるのだ。


 エリングはのた打ち回りながら、そこら中にある人骨と同じようになるまで燃え尽きていく。



「さぁ! ウロボロスの迎えを待つとしよう」



 『黙示録の獣』の1番近くにいた首を撫でながら、バビロンは優雅に杯に注がれている液体を摂取しながらウロボロスを待つことにした。









 ウロボロスに転移魔法をかけられて、霧に包まれた森の中へ飛ばされた冒険者たちの行動は速かった。

 即座に探知魔法に結界魔法、タンカーたちは陣形を整え、周囲を警戒する。


 あからさまに何かしらのスキルで出された霧に警戒する十数人の冒険者たち、SSランクパーティーである「マーベラス・フルムーン」のメンバーが3人いる分、冒険者全体の落ち着きは素晴らしいものがあった。



「良き連携じゃなぁ~」


「っ!? 螺旋投槍!」


「連なる稲妻、瞬きと共にかの敵を捕縛せよッ! ”ライトニングチェーン”!」


「封縛する氷鎖!」



 突然響き渡る声の方向へとスキルを放つ。

 しかし、攻撃した方向には何の影も存在していない。

 静寂の中響き渡り始める烏の鳴き声。



――バタッ バタッ!



「ど、どうしたの!?」



 探知魔法や付与魔法、結界魔法を使用していた連中、身体能力を強化して攻撃に備えていたタンク陣も、突如気絶し倒れていく。外傷は見当たらない。

 残ったのは攻撃スキルを声のするほうへと放った3人のみ。



「名前を斬る……洒落たもんじゃろ?」


「蛙の魔物です!」


「……」


「……?」



 生き残ったのは「マーベラス・フルムーン」のメンバーである3人。

 しかし『螺旋の槍姫』と呼ばれているキクナが声を挙げるが反応がなく、さらにキクナは2人に対して疑問が出てくる。



「……貴方たちは誰?」



 見たことある外見、さっきまで仲間だった記憶もしっかりある、なんならずっと一緒にやってきた記憶もある。

 

 だが2人の名前がまったく思い出せない。

 名前が出てこない、視線の先にいる2人は少し瞳を虚ろにしながら自分の身体を見て不思議そうにしている。



「自分の名を半分にされても立っておるとは、さすが名のある冒険者じゃな」



 『強欲グリード』の大罪を司る。最強の蛙魔物である五右衛門。五右衛門はここに転移されてきた冒険者たちに行ったのは2つ。

 両肩にとまる八咫烏の鳴き声を聞いた者を幻術の世界に封じ込めて動きを止め、攻撃してきた3人の内2人は気付かれないように刀で一振りしただけだ。刀傷は出来ていないので気付いてすらいないだろう。


 五右衛門が手にしている刀による一撃、『智慧の本源を断つ刃アマノムラクモ』。

 触れたものが何であれ、その名を斬るというスキル。

 今立ち尽くして自分の身体を抱きしめている2人は「名前」を斬られてしまい。本来の名で無いものだけが残り、自分も他人も誰だが分からない状況になってしまった。

 常人ならば自我が完全崩壊して気絶して、起きてからは空っぽの人間になってしまう攻撃だが、さすがSSランクパーティーの一員だ。


 2人から奪った文字は八咫烏が美味しそうに食べてしまっており、取り戻すには八咫烏を倒すしかないという事態である。



「一体何を!?」


「忍びは手早くじゃな」



 キクナが五右衛門を睨みつけようと思った時には、五右衛門の声は背後からしか聞こえなかった。

 次第にキクナは自分が誰なのか? 今何をしているのか? 何もかも分からなくなってくる。

 仲間2人と同じように虚ろな目をしながら、自分の身体を何度も確認し、そのまま気を失うように倒れていった。



「名の大事さ……いやいや面白みがないのぅ」



 『強欲グリード』の大罪を司る者として、五右衛門はイマイチ燃えない状況にあった。

 『強欲グリード』は戦闘において、かなり幅広い戦い方が出来る大罪だ。触れた箇所から何か1つだけ機能を奪える『奪封クルック』を使用して、地面から摩擦を奪えば大抵の敵は立つことが出来なくなる。

 テクニカルな戦いを望んでいる五右衛門だが、あまりの実力が生むのは瞬殺という一瞬の決着。


 『枢要悪の祭典クライム・アルマ』内で模擬戦をよくするが、逆レベルが高すぎて小細工が通用しない世界なのでやりにくい。しかも理不尽な力ゴリ押しをしてくる者ばかりなので五右衛門の欲は満たされない。



「難儀なもんじゃが……主の悩みに比べればどうでもええことじゃな」



 何だかんだ意見を言えばしっかり聞いてくれる主であると、五右衛門はソウイチに絶大な信頼をしているので、帰ったらどうにかしてもらおうと考える五右衛門であった。



 

 

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