第1話 厄介な『女』


 ルジストルとリーナの報告から2日後。

 俺はフォルカをプレイして噂の街ホルムズに来ていた。


 広がるのは田畑に小さな牧場。

 まさしく田舎の村って感じの建物がたくさん並んでいる。

 街と言うより広くて建物が多いだけの村だな。


 でも冒険者もチラホラ見えるので知名度がまったくない訳じゃなさそうだな。ランク帯は装備みた感じだと低そうだ。ダンジョンの知名度が低いのだろう。



「それにしても……いるな」



 帝国騎士団の皆様がいらっしゃるようだ。

 すでに街の調査と帝国への税やら何やらの話をしているんだろう。

 ただの文官みたいな奴だけが来ているのか? それともアルカナ騎士団の団長クラスが来ているのか調べられるなら調べておきたい。



「とりあえず……宿はどれだ?」



 どれも同じような建物ばかりでどれがどれだか分からん。

 少し街を歩いてみるが分からん。看板らしき物があるが、宿なのかどうかがイマイチ不明だ。

 誰かに聞くのが良さそうだが、帝国騎士がうろついているからか人が少ないな。


 少し躊躇っているとそれらしき名前の看板のある建物を発見する。


 これか?



「『英霊の寝床』か…随分大層な名前だな」



 とりあえず扉を開ける。



――ゾワァァッ!



 とびらを開けた瞬間。

 凄まじい魔力と威圧感が宿の中から溢れ出してくる。フォルカのLvが低いからか、かなりの圧を感じてしまう。


 圧倒的な存在感は食事処のような席に座っていた女から放たれている。



「……とりあえず宿屋で間違ってないようだな」


「姉様! 魔力を抑えてください!」


「……あぁ、すまない。少しイライラしてしまった」



 姉様って言われている女の周囲には帝国騎士が4人。

 確実にあれがホルムズに来ている交渉人の護衛か何かだな。


 あんまりジロジロ見てると怪しまれるので、まずは受付を済ませるか。


 カウンターで皿を拭いているお婆さんに声をかける。



「すいません……3日ほどお願いしたい」


「おや……いらっしゃい」



 お金を支払って3日滞在することにする。

 さすがに3日あれば街の感じや、帝国騎士の動きが把握できるはずだからな。

 それにしても凄い魔力をしてる女性だな。


 チラッと見てみると目が合ってしまう。

 その顔はとにかく白い。

 髪も白くて肌も白い、眼は真っ赤ですごく目立つ。

 その格好は白いコートを羽織っていて、中は薄い軽鎧のようなものを着ている。


 目が合った瞬間立ち上がって俺のほうに向かって歩き出してきた。

 喧嘩売られたら全力で逃げるか、応援を呼ばなきゃいけない。



「貴方、その剣をどちらで?」


「……いきなりなんだ?」


「目の前で国が厳重保管しているような物を持ち歩いている人がいたら声をかけるでしょう?」



 イデアに作ってもらった武器である、アルファを一瞬で見極めたのか。

 それにしてもこの感じ、どうやらアルカナ騎士団の団長か副団長クラスって感じがする、もしくは国の重要人物。

 周囲の帝国騎士が動かないところを見ると実力者なのは確かだろう。



「これは父から譲り受けた剣です。何者ですか?」


「それなりに有名人かと思ったけど、まだまだ知名度が無いね……私はアルカナ騎士団第2師団団長『女帝ザ・エンプレス』のミネルヴァ」


「…四人の賢者」


「それを知ってて顔は知らないってのは不思議ね」


「顔で有名になった訳じゃないだろ?」


「良いこと言うじゃない」



 かなり突っかかってくる。

 さすがにイデアに作ってもらった装備は強すぎて目立つか。まさか武器を見て声をかけてくる人間がいるだなんて想定していなかったから、これは誤算だ。

 それにしても、こんな出来たばかりの街に帝国トップ3の1人がやってくるなんて、余程ルビウスでの件が効いていてくれているのだろうか?

 

 アークにも偵察が来るって話だったけど、もしかしてこの連中が来るのか?



「私はこの方と2人で話すわ……席を外しなさい」


「「「「はっ!」」」」


「話すなんて言ってないぞ」


「帝国騎士様の命令ってやつよ」


「横暴だろ……」



 ミネルヴァのお付きの騎士たちが宿から出ていく。どうせ逃げられないように周囲を囲んでいるんだろう。

 店主のお婆さんも奥へ行ってしまった。完全に2人ってことかよ。

 

 団長さんに案内されるように席に座る。

 何もしてなくても滲み出てくるような存在感と威圧感がすごい。いつもとは感じるものが違ってくるのが、フォルカを動かしていて驚いちゃうとこなんだよなー。


 さっきまでイライラしていると言っていたミネルヴァは今見るとご機嫌そうにしている。


 そして少し間があったあとミネルヴァが問いかけてきた。



「さぁ…アンタの主は誰だい? お人形さん」


「……なんのことだ?」



 なんだこいつ? 何故わかった? ソウルロイドは普通の人間と遜色ないはずだ。

 微笑みながら指摘してくるミネルヴァを前に動揺してしまう。

 これが『女帝ザ・エンプレス』の能力かなんかか? もしそうならフォルカ偵察作戦が終わってしまう…。



「これでも賢者よ? 人間だけどアナタの魂は糸でどこかに繋がってるのが視えるのよ」


「わざわざ指摘して何がしたいんだ?」


「この街の長がふざけた条件ばっか出して交渉が長引いてイライラしててね。暇つぶし」


「最悪のタイミングだったか……」



 フォルカから伸びる魂の糸とやらが視えたらしい。そんな設定聞いていないし、書いてもなかったぞ。

 迂闊に来るんじゃなかったな、まさかこんな化け物みたいな奴がいるだなんて思わなかった。

 フォルカの状態じゃ手も足も出ないのがまたもどかしい。



「この糸の方向だとアークっていう迷宮都市からの偵察?」


「……本当に化け物だな」


「こんな美女に化け物だなんて失礼だな」


「…大変失礼した」



 ほとんどバレてるようだな。

 でも殺される訳じゃなくて良かった。

 帝都にもフォルカで行こうとしていたが世界は広いって教えられてるみたいだな。

 ミネルヴァは俺も見ながら色々考えているようで眉間に皺を寄せて悩んでいた。



「こんな武器を偵察に持たせられる都市か…楽しみになってきたよ」


「それより前にホルムズだろ」


「いや……速く終わらせるために私が今からここの魔王を滅ぼすよ」


「当初の任務はいいのか?」


「ソレイユはやられたみたいだからね……だろ? 魔王さん」


「どこまで見えてんだ?」



 まさか俺の存在まで視えてるのか? しっかりとルビウスであった件の裏まで知っているなんて、どうやったか分からないけど、本当にヤバいのだけは分かる。

 構えそうになるが、自分が今、フォルカだと思うと動けない。動いたところで実力の差があるのが分かってしまう。


 まぁ楽しんでるだけで攻撃してくる気配はないからいいんだけど。



「もう隠しても意味がなさそうだな」


「さすがソレイユを退ける力のある魔王ね。本物の人間に近い人形があるだなんて面白いわ」


「お陰様で使えなくなったけどな」



 これでフォルカの状態で帝国を歩き回るのは難しくなるかもな。

 まさかフォルカがこんなに速く封じられてしまうなんてな。

 出来ればこれ以上この街に居ても怖いから早く帰りたいんだけど、どうやって動こうか…。



「今からダンジョンを滅ぼして明日には行こうかしら?」


「来ても条件を変える気はないぞ」


「私が出向いても?」


「アンタが凄まじく強いんだろうけど、俺にも頼りになる配下がいる」


「カッコいいこと言うねっ!」


「アークを壊させる訳にはいかない」



 いくらミネルヴァが強くて4人の賢者と呼ばれていようが、こちらのほうが数が多いし、4人の賢者だろうが、なんだろうが負けるつもりはない。


 俺の発言を聞いて気に入ったのかミネルヴァは笑っている。



「私にそんな発言するなんて! この街に来て良かったわ。アークに行くのはやめておく」


「それだと仕事放棄だろ?」


「あなたここの魔王をすぐに倒してくれない? そうすれば私はすぐ帝都に帰って報告書を書けるもの。アークは変わらずだが帝国領土南を盛り上げている、これでいいでしょ?」


「最初っから俺に魔王をやらせる気だったのか?」


「面倒だもの。私はすぐに帝都に帰りたいの」



 よく頭の回る奴だ。

 まぁ仕掛けられていた側として、ただで済ませる気はなかったからな。

 ここの街の人はアークに来てくれればいい。

 それでミネルヴァとの戦いと、この場で殺されないなら良い条件かもな。こんなところでソウルロイドを失うのは痛すぎる。



「それと気を付けたほうがいいわ。私レベルだと魂の糸から本体を攻撃できるからね」


「それは……いいこと聞いたよ」


「貴方のことは気に入ったわ! 騎士の仕事より余程楽しそうなことをしてるのね!」


「何もしないって誓えるならアークに来てくれれば歓迎するよ。見逃された立場だしな」


「あら……なら貴方がここの魔王をすぐにでも倒すと思って、帰りに寄ろうかしら?」


「すぐ帰りたいんだろ?」


「気が変わったわ!」



 かなり厄介な女ってのは分かった。

 それに完全に計算して話をされているのも分かった。今の俺では話をしてても遊ばれるだけだ。

 

 見逃される立場だけど、この女を良い想いして帰らせるのも癪だな。



「食えない騎士だよ」


「美女の特権でしょ?」


「でも…面白い人間だとは思ったし、俺も少し気に入った。けど魔王を舐めすぎると怖いから以後気をつけたほうがいいぞ?」


「ふふっ……面白い魔王さんね。じゃぁ早く本体に戻って頑張ってね」



 そう言うとミネルヴァは宿を出て行った。

 面倒なことになったがミネルヴァと関係を構築できたし、フォルカの弱点がよくわかった。

 死ななかっただけ収穫としておこう。そして俺からも後で魔王の恐ろしさを示してやるとするか。


 帰って報告したら怒られるのが嫌になってきた…。

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