第12話 勇者への『疑念』


「おいおい! 俺の相手は女魔物じゃないのかよ!」


「騒がしい奴だな」



 イデアの力で闘技場に飛ばされてきたグロウと阿修羅。

 2本のナイフで遊びながら吠えるグロウに対して腕を組んで目を瞑っている阿修羅。

 

 阿修羅は自身に付与されたソウイチからの『原罪之欲シン・ディザイア』の力をゆっくりと認識していた。

 せっかくの機会だから試してやろうと目の前にいるグロウを見つめる。


 ニヤニヤと笑いながらナイフ遊びをしている男。

 阿修羅はこれがソウイチを困らせている勇者なのかと少し落胆をする。まるで玩具を与えられたばかりの子どもにしか見えなかったのだ。


 だがミルドレッドが負けたところを見ると相当な能力を持っているようなので油断はしないように阿修羅は気を引き締める。



「女魔物に変更できなねーのか!?」


「勝ったら変更できるさ」


「とっとと殺してやるよ!」



 跳ぶようにむかっていくグロウ。

 手にもつ2本のナイフには紫色の魔力のようなものが宿っている。

 しかし阿修羅は単調な突撃をしてくること、そして思ったより遅いことに少し驚いた。



「おらぁ!」



 グロウの攻撃を少し身体の軸をズラすだけで避けていく阿修羅。

 身体能力とステータスに任せただけの攻撃は阿修羅には掠りもせず、ミルドレッドと戦闘していた時は他の2人が敵の動きを止める中、簡単に攻撃をできていたグロウはイライラを募らせていく。



「くそ! 掠れば俺のもんなのに!」



 グロウの攻撃が、連続で振りすぎたからか少しずつ大振りになっていく。

 それを見てグロウの実力を完全に見切った阿修羅はソウイチに教わった『デコピン』という技の構えをとる。



――バチンッ!



「ぐあぁぁ!」



 阿修羅の人間には想像もできないだろう威力のデコピンを受けて吹き飛んでいくグロウ。

 まともに受け身をとれないグロウを見て阿修羅にはどんどん謎が増えていく。


 こんなに弱いのが勇者でソウイチを毎日悩ませているような奴なのか?

 まともな武技もなく、能力に頼り切るだけの素人にしか見えなかったのだ。


 デコピンを受けた額から血を流したグロウは阿修羅を睨みながら起き上がる。

 今まで他の勇者が作った隙を見て攻撃を当ててきたグロウはどうすればいいか分からなかった。


 グロウのブレイブスキルの1つ『魂削りの刻印ソウルイーター』は傷つけた相手の魂にダメージを与えることで精神を簡単に崩壊させたり再起不能にできる力だ。

 余程強靭な魂の持ち主じゃない限り簡単に攻撃を当てれば勝てる力を持つがあまり、他の勇者みたいな訓練から逃げてきたグロウにとって今は、まさしく絶体絶命だった。



「力が上がっているということは、もう弱ってきているのか」


「調子乗るんじゃねぇーぞ!」



 阿修羅は自身の大罪、『暴虐フォルテ』が発動して自身のステータスを上がるのを感じる。

 まさかデコピン一撃でここまで弱ってしまうとは思っていなかった阿修羅は失笑してしまう。

 

 そして阿修羅は自身の背後から伸びている影に気付くがあえて喰らってやることにする。



「喰らえ『影踏み』ッ! これでお前は動けないだろ! 死ねぇぇぇぇ!」



 後ろから伸びてきた影と阿修羅の影が重なった瞬間に叫ぶグロウ。


 グロウの2つ目のブレイブスキル『影踏み』自身が指定した影と対象の影が重なったら、3分間相手の身体が動かなくなる。指定した影を10m伸ばすこともできる力だ。

 闘技場の壁の影を指定したグロウは影を伸ばしてタイミングを計っていたのだ。


 完全に動けなくなったと思いグロウは阿修羅に向かっていく。

 一撃で削り切ってやるためにナイフを大きく振りかぶる。



――ゴキッッ!!



 隙だらけのグロウの顔に阿修羅の正拳が突き刺さる。

 折れた歯と血を撒き散らしながらグロウは吹き飛んでいく。


 もちろん阿修羅にこのようなスキルは通用しない。

 近接技以外は発動すらさせない阿修羅が、試しで勇者のスキルとやらを見るために使わせてやっていただけで、わざわざ近づいてきたので阿修羅も自身の能力を強めただけなのだ。


 そんなことも確認せずに技にかかったと思い込んだグロウは闘技場の壁に勢いよく激突する。



「これでは『暴威メル・ラスラ』を試すこともできんな」



 阿修羅がソウイチの力で手に入れた『原罪之欲シン・ディザイア』の『暴威メル・ラスラ』、自分が攻撃を受けるまで攻撃を当てるほど全ステータスが上がり続ける力。攻撃を受けたらリセットされてという制限はあるが、実力差があればあるほど、ステータスは上がっていくであろう力だ。


 軽い攻撃でボロボロになってしまってはせっかくの力を試せないと残念がる阿修羅だが、ここまで来たらすぐに終わらせてしまおうとグロウにむかって歩いていく。



「痛てぇ…くそ……あんな野郎に!」


「それ以上口を開くと勇者の名が傷がつくからやめておくべきだな」



 これ以上醜態を晒されては、今後阿修羅は勇者と戦う時に見くびってしまいそうだった。

 さすがにグロウが一番弱いと思っている阿修羅だが、勇者は強い集団というイメージを持っておきたい阿修羅はグロウに声をかける。



「お前は勇者の中で一番弱いんだろう?」


「俺の力は最強だぁ! テメェなんてッ!?」


「一々騒ぐな」



――バギィッ!



 立ち上がったグロウに正拳を放つ。

 先ほどまでとは違い、少し真面目に放った阿修羅の正拳は腹の一部を吹き飛ばしてグロウを一撃で葬った。

 ドシャりと倒れるグロウを特に見ることも無く。

 簡単な勇者の力を報告できるように頭の中で整理していく。



「勇者は次々に誕生するか……ふむ」










 メルがミルドレッドの傷を治すのと3人が戻ってきたのはほぼ同時だった。

 なんとなく勇者3人を見て思ったけども、俺が想像していたよりも今回の3人は弱かった。

 あんなのじゃ使い捨ての駒みたいなもんだ。

 

 3人に一声かけてミルドレッドのところに行く。



「ますたー。魂がズタボロでこれ以上は無理」


「あぁ……ありがとうなメル」



 身体は再生できたが魂が何かしらの能力でズタズタにされており、もう手遅れだそうだ。

 激しい魔王戦争の後じゃなければミルドレッドでもどうにかできたはずだ。

 この勇者襲撃には確実に誰か裏に居る。



「……ソウイチ…」


「ミルドレッド」


「……上を……目指しな………アンタなら…やれる」


「……あぁ…」


「恥ずかしい…師匠……だったけど……楽しかった」


「あぁ…後は色々任せてくれ、ゆっくり休んでくれ」


「……そう…するよ」



 命ってのは、こんなにも呆気ないものなのか……。

 そしてこれも……弱肉強食の摂理の1つ。


 ソウイチがミルドレッドの言葉を聞いて最初に浮かんだのは、そんな感情だった。


 ミルドレッドは微笑んだ後、ゆっくりと目を閉じて永遠の眠りについた。

 少しの油断がこのような事態を招いてしまう。

 

 誰が仕組んだことか分からないけど、勇者と魔王の2つに繋がっている奴がいる。


 俺はバイフーンに問いかけると野良の魔物としてやっていくとのことなので止めることはしない。

 

 そして残ったダンジョンコアの前に立つ。



「他の誰かに砕かれるなら俺が砕くか」


「待て!」



 後ろから声がしたので振り向くと、そこには鷲型の魔王が二足歩行で立っていた。後ろには似たように鳥人族の魔物が居る。

 確かミルドレッドの同期である『空』の魔王が鳥人って言っていた気がする。かなりの魔力を感じる。


 俺の魔物たちが警戒するように立ちはだかる。



「僕は『空の魔王ファルケン』だ。ミルドレッドとは同期の仲で騒ぎを聞いて駆け付けたんだ」


「…それで?」


「バイフーンが抱えているのを見るとミルドレッドはやられてしまったのか?」


「あぁ……間に合わなかった」


「……そうか」



 なんとも言えないタイミングで現れたな。

 さすがに全員分かっているのか、近づけさせないように俺を守ってくれているポラールたち。


 まぁそんな簡単に裏のやつが姿を現すわけがないから、黒幕なんかじゃないんだろうけど、今のタイミングで来るのは怪しさしかない。



「それで弟子である俺が最後にコアを砕いて終わらせようかなと思ってたところです」


「それを待ってほしい!」


「何故ですか?」


「ミルドレッドとは長い付き合いだ。『天風』『水』それに僕の4人で良い仲だったんだ。だからそのコアは僕ら3人に任せてくれないか?」


「それは無理な話ですね」


「…何故かな?」


「貴方が今回の件を引き起こした犯人だという可能性が0ではないからです」


「僕がミルドレッドを殺すとでも?」



――ゴゴゴゴゴッ!



 『空』の魔王から魔力が溢れ出る。

 かなりの威圧感だが、俺も譲るわけにはいかない。

 自分が冷静でないのは分かるけど、なんだかこのコアだけは譲りたくないんだ。



「このタイミングで来た者を疑うのは普通でしょう?」


「それは分かっている! だが僕らには100年以上の友情があるんだ!」


「ファルケン殿待ってくれ」



 バイフーンが『空』の魔王に声をあげる。

 バイフーンは自分が何故俺のところに送られたのか教えてくれた。

 ミルドレッドが自分が死ぬなら可愛い弟子でもある俺に全てを託したいと、俺ならば安心して託せるとのことだった。


 それを聞いた『空』の魔王は少し唖然としている。


 『空』の魔王は諦めていないようで、引き続き俺を強く睨んでいた。

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