第11話 『竜拳』の少女


 イデアの力で『罪の牢獄』にもある闘技場と同じようなところにやってきたポラール。

 動じることなく冷静に手甲を構えている正面の少女を見る。

 人間の年齢で考えてもなかなか若く見える。「紅蓮の蝶々」にいる二ナに近いように感じているポラール、だからといって油断するつもりも無ければ、容赦をしようとも思っているわけではない。



「『竜拳の榊原杏』さんと言いましたね」


「はい……勇者として倒させてもらいます!」



 杏のつける金色に輝く両手の手甲に闘気を纏う。

 ポラールは瞬時にそれが竜族が纏う竜闘気であることを見抜く。

 竜闘気は硬質化や防御ステータスをある程度貫通する力を秘めているが人間が使用できるのは、勇者の能力が幅広いものだなと少し感心をするポラール。


 ポラールはソウイチから与えられた新たな力を感じて自然と笑みが零れる。

 どんなものであろうとソウイチから貰ったものは宝物だと思うと、どんどん力が湧いてきているようで、目の前に立つ勇者よりも、どれだけ自分の力が今後に活きるかと言うことのほうが脳内を占めているようだ。


 それを油断しているとみた杏が爆発するかのような加速と同時に動き出す。



「はぁっ! 『竜鱗正拳!』」



――バシッ!



「えっ!?」


「不意を突きたいなら気を揺らがせてはいけませんね」



――ズゴォォッ!



「くはッ!」



 杏の竜闘気を纏った鳩尾への正拳突きが見事に片手で受け止められ、唖然としている杏だったが気付けば自身に正拳突きが突き刺さり吹き飛ばされる。一撃で意識が飛びそうになる攻撃を受け、なんとか意識を繋ぎとめるため必死な杏。


 ポラールは闘気を何も纏わせず殴った感覚で、杏が全身に薄い竜闘気を常に纏わせていることを感じた、人間にしても若いながら器用に力を使えていると称賛する一方で、この程度の存在が勇者なのかと疑念も浮かんできていた。


 なんとか受け身をとる杏に素直に上手いと感じるポラール、だが改めてソウイチの大事な師であったミルドレッドをあんな状態にした相手だと思い、怒りを溢れさせる。



「ご主人様にあのような顔をさせた者を許すわけにはいきません」


「っ……凄い闘気っ」



 そしてポラールはソウイチから与えられた『原罪之欲シン・ディザイア』の力を集中させる。

 自分は一度実験で使わせてもらったことがあるが、実戦で使うのは初なので、しっかりと、自身の身体を意識してどれだけのことができるか考える。



「『怒涛ドラゴネス』参ります」



 ポラールの姿が消える。

 真横から殺気を感じた杏は竜闘気を片腕に集めて守る。

 ポラールの突きは杏の右手甲に防がれる。

 一度防いだことで杏は体勢を整えて逆の拳で反撃をするために身体を捻じる。



――ドゴッ!



「ぐぅ!」



 防いだはずなのに同じ個所にもう一撃突きの衝撃が走る。

 吹き飛ばされる杏は、体勢を整えて着地する。

 

 何をされたか理解できない杏は混乱する。

 一度防いでポラールが拳を引っ込めたのを確認しながら反撃をするつもりだったのに一撃もらってしまったという認識だ。



「とても良い反応をしていますね」


「はぁぁぁッ! 『竜拳滅俄ドラコブロー』」



 杏はブレイブスキルとしてもっている『超反応』と『竜拳滅俄ドラコブロー』のおかげでなんとかポラールの動きに反応できている現状だった。

 『超反応』は反射神経と身体能力の超強化。そして『竜拳滅俄ドラコブロー』は竜闘気と竜闘技が使用できるようになり、打撃を与えた相手の魔力を侵食して使用できなくするという効果もある。


 これらを駆使しても今のポラールの動きに対処するのがギリギリだった杏は冷や汗をかく。

 まだ目の前にいる魔物が全然本気を出していないことも分かってしまっているのだ。



(全然本気だしてない……私試されてる)



 この世界にやってきて僅かだが勇者として頑張ってきた経験から、杏を冷静にさせる。

 畳みかけてきても良いところを追いかけてこないということは様子見の段階。

 油断してると考えた杏はこちらから攻めるために竜闘気をさらに放出する。

 自身が出せる最高速で杏はポラールにむかって跳ぶ。



「はぁぁぁぁ!」


「光すらも飲み滅ぼす深き闇 “闇魔導”『飲み込み滅する深淵ダークマター』」



 ポラールは闇魔導を放つ。

 ポラール前方の地面から黒い大波が突然出現する。

 その深淵は周囲のものを引き込み飲み込んでいく。とんでもなく強い引力がそこには発生していた。


 見たことも無い魔法に杏は『超反応』のおかげで引き込まれる前に竜闘気の爆発力をいかして上に跳ぶ。

 

 そこに待っていたのは時間差で自分に襲い来る第2波の深淵の大波だった。



「『竜拳砲撃ドラコブラスター』!」



――ドシャァァァァッ!



 これも『超反応』のおかげで反応できた杏は波を横に避けられるように竜闘気の砲撃を放つ。

 砲撃の勢いで横に吹き飛ぶことでギリギリ回避することができた杏だったが、地面に強く叩きつけられてしまう。



「くぅぅ……」



 ポラールの『原罪之欲シン・ディザイア』である『怒涛ドラゴネス』は自分の攻撃を時間差でもう一度発生させる能力だ。攻撃したという事実があれば自動的に発動するこの力は蹴りをした後に足を動かさなくても同じ威力の蹴りが時間差で相手を襲う便利な力。


 ポラールは杏を見て、さらに疑問に思うことがあった。

 この強さでソウイチを恐れさせていたのか? この程度で自分たちを脅かしていたのか? もし自分の目の前にいる杏が勇者の中で1番弱い存在だったとして、この程度で勇者と呼ばれるならば恐れるまでも無いと感じていた。


 もちろん油断しているわけではないが、今のところ構えすぎるほどのものでもないというのがポラールの感想だ。

 いくらミルドレッドが弱っていたからとは言え、この程度で魔王を上回れてしまうものなのだろうか? 



「見たこと無い魔法……」


「何故そこまでして戦うのですか?」



 何故勇者がソウイチたち魔王を狙うか分からないポラールは杏に尋ねる。

 楽しく平和な街づくりを頑張っていて、向かってくる以外には脅威になっていないソウイチがなんでこんなにも不安な毎日を送らなければいけないんだろうか? ポラールはソウイチを見て毎日そう思っているのだ。



「魔王は魔物の王です。魔物の存在に困っている人はたくさんいます。それに私は10人の魔王を倒さないと元の世界に帰れないんです」


「都合の良いように呼び出されているようにしか見えませんね」


「なんと言われようと私は帰りたいんです! 貴方を倒して魔王を討ちます」


「私を倒して………ご主人様を討つ?」



――ゾワァァッ!!



「っ!?」



 ポラールが12枚の羽を展開する。

 その顔は先ほどまでの優しさのある顔ではなく。感情が読み取れないような無表情で冷え切った顔をしていた。


 闘技場を包み込む絶望的なほどの強大な魔力と闘気。勇者である杏をも圧し潰してしまうような威圧感。

 杏は上手く呼吸をすることができず、その場に蹲ってしまう。



「愚かな欲は『怒り』を呼ぶ」



 空間が大きく歪んでいく。

 闘技場がどんどん歪んでいき、気付けば景色は『罪の牢獄』の地獄の門になっていた。

 杏はまだ呼吸を上手くできず、なんとか顔をあげてポラールを見上げるが、杏の顔は恐怖に染まり切っている。



「最期の言葉だけ聞いてあげましょう」



 ポラールは自身が放っているいくつかのアビリティや魔力、闘気の影響を弱めて杏に最期の慈悲を与える。



「ぁ……し、死にたくないよ…助けて…」


「勇者ならば誉れ高く散りなさい」


「い……いや……」



――パキッ パキッ!!



 杏の前から罅が入る音は鳴り響く。

 目に見えるほど空間に罅が入っていき、そこからドス黒い魔力が溢れ出ている。



「『第四圏・貪欲者晩餐会ケルベロス・アレッペ』」



――パリンッ!!



「「「ガァァァァァァァァ」」」



 『至高天』へと至る地獄の道、奈落天ルートとはまた違う地獄の種類。


 空間の裂け目から飛び出したのは3つの頭を持つ獄犬。

 ポラールのペット1匹で、対象の肉体と精神を食い散らかして、魂を冥界に引きずり込む地獄の番犬だ。

 3つの頭がそれぞれ涎を垂らしながら杏を見つめている。

 ケルベロスは尻尾を振ってポラールの合図を待つ。


 杏はあまりの恐怖で叫び声もあげられず固まってしまっている。

 

 そしてポラールは最期の審判を下す。



「我らが主の命を狙う愚か者よ。「貪欲者の地獄」で償いなさい」


「た…たす…マ、ママ……パパ……」


「さぁ喰らいなさい」


「「「ガァァァァァァァァ!!」」」



 ポラールの指示をしっかり聞いて、ケルベロスは杏に襲い掛かる。

 少しの抵抗をすることもできず、杏はケルベロスの牙の餌食になり、骨を噛み砕く音とともに、血の臭いが周囲には充満していた。

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