第10話 『偽』の名は?


「……いったいどんなスキルを?」


「ご自慢の『鑑定』とやらで覗いてみたらいいんじゃない?」



 イデアはタイマンの状況を作り出すために異空間を創りだしてそれぞれを跳ばしていた。一緒に戦っても互いの邪魔をし合ってしまうために事前に決めていた作戦だ。

 異空間は闘技場になっておりどちらか1人になるまで元の場所に戻れないルールまでイデアは課している。

 イデアは魔法使いの青年を選んで一緒に跳んできていた。一番楽に遊べる相手だろうと感じて…。



「『四元素陣形エレメントアルシェ』」


「4つの魔法を同時に好きなタイミングで放てるスキル。便利ね」


「……知ったところでどうになる?」


「気分が良いからしゃべり過ぎちゃうかも」



 ソウイチから『偽神ヤルダバオト』を「『原罪之欲シン・ディザイア』」されたイデア。

 普段以上の力が出るし、何よりも『大罪』の能力が強化され固有のスキルが新たなに1つ使用できるようになっている。

 イデアはそのスキルを勇者相手に試そうと思っているのだ。


 それに構造解析で勇者3人の力は把握できた。

 情報を大事にしているソウイチに報告する力は読み取れたので、後は容赦なくやるだけとイデアは意気込んでいる。



「“フレアパニッシュ”、“イーグルサンダー”、“テンペストブリザード”」



 3つの無詠唱Aランク属性魔法がイデアに向けて同時に放たれる。

 基礎ステータスの高い勇者が放つ魔法は通常よりも遥かに威力が底上げされている。カルジスは魔法の習得数と弾幕のように放ち続けられる点で勇者に選ばれたほどの者だ。


 しかし迫りくる3つの魔法に対してイデアは微笑む。

 彼女にただの上級魔法など効きはしない。

 この世に構築されているものは全て彼女の手のひらの上なのだ。

 いくつもの組み合わせでできている魔法など、彼女からすれば攻撃と認識するレベルでもないのだ。



――パキンッ!



 イデアに放たれた3つの魔法は『四元素陣形エレメントアルシェ』ごと砕かれ消え去ってしまう。


 魔法が無効化されたことあっても陣を破壊されることなんて経験のないカルジスは驚いた表情を見せている。



「どんなスキルだ!?」


「一々リアクションするのが好きな人間だね」



 イデアの足下から白銀色の液体が溢れ出る。

 球体上になった液体は周囲の土を取り込んでから炎上する。

 火がだんだん大きくなり形を成していく。


 10秒ほどで火は巨大な竜の形を成し、火が消えると中から真紅の竜が現れた。


 

 『偽神ヤルダバオト』は偽りの罪を魂に刻み付けることと、偽りを創ることができる大罪。ランクが上がれば偽魔法や偽の命、偽武器や偽防具など、自分の姿を偽ったり、自身の情報を偽ることもできる。

 そして今回ソウイチから「『原罪之欲シン・ディザイア』」を行われたことで手にした力。



「『偽名レプリカネーム』」、貴方の名前はドラコーンΩよ」


「ギャァァァァオォォォォ!!」


「り、竜を召喚しただと!?」



 『焔の魔王アイシャ』の魔物である「灰燼焔竜王ドラグノフ」と瓜二つの竜がそこには存在していた。

 イデアの偽物はどれもオリジナルよりも劣ってしまう弱点があるのだが、今回ソウイチにより強化され手にした『偽名レプリカネーム』は魔王が自身の魔物に授ける真名と同じように授けられた魔物を驚異的に強くすることができるものだ。

 創り上げられた偽ドラグノフは『偽名レプリカネーム』を授けられたことで本物のドラグノフとなんら遜色のない性能の魔物になったのだ。



「さぁ暴れておいで」


「ギャォォォォォォォッ!!」


「くっ! 『四元素陣形エレメントアルシェ』!」



 カルジスは再び『四元素陣形エレメントアルシェ』を展開する。

 勇者になって半年しか経過してないカルジスは1人で竜種と戦った経験などないが、完全に冷静さを失っているわけではなかった。

 

 勇者のみが所有する特別な能力3つ存在する。

 その名も『ブレイブスキル』だ。

 勇者に共通するアビリティ『勇者の権能』は全ステータス上昇に、魔物を逃さないようになる結界の使用。さらには魔王に対する特攻効果を得ることができる力。


 残り2つは勇者になる際に女神がその勇者の長所を強力なスキルとして具現化してくれるのだ。


 カルジスは魔法使用時の消費魔力を1/4で発動できるようになる『圧縮する魔力』と先ほどから使用している『四元素陣形エレメントアルシェ』が女神からの力として授かった。


 これらを駆使すれば勝てない相手などいないという自信がカルジスに冷静さを与えていたのだ。



――パリンッ!



「なに!?」


「同じスキルは見飽きたよ。私に魔法だなんて3万年は早いかな」


「『竜の咆哮砲ドラゴンブレス』」


「“簡易転移”!」



 カルジスが使用した『四元素陣形エレメントアルシェ』は魔法を使用する前にイデアに砕かれる。

 もはや魔法陣など視るだけで破壊できるイデアからすれば悠長に魔法を準備する魔法使いなど相手ではないのだ。

 ドラコーンΩから放たれる『竜の咆哮砲ドラゴンブレス』をなんとか数十m先に転移することで逃れるカルジス、その顔には大量の汗が浮かんでいた。



「くそッ!」


「ガァァァァッ!!」



――ドゴォォンッ! ドシャァァッァ!



 ドラコーンΩが身体に炎を纏わせて行う近接武闘のスキル「焔竜闘技」がカルジスに攻撃魔法を練らせる時間を与えない。

 簡易転移でなんとか逃れることはできているが、まったく隙が無く、止まらないドラグノフΩの攻撃にまったく活路を見出せていないカルジス。


 そこで彼は1つの賭けに出た。



「“簡易転移”」



 魔力を多く消費しドラコーンΩから一気に離れてイデアの近くに転移するカルジス。

 瞬時に両手に魔力を溜めて魔法を直接叩き込む準備をする。



「私のほうが弱く見えたんだ。自分の身体をよく見たほうがいいよ?」



――ゾワッッ!!



「……えっ!?」



 溜めた魔力を直接叩き込むつもりだったカルジスは自分の両手に違和感を抱く。

 いけないと分かっていながらも敵の目の前で自身の両手を確認する。


 カルジスの目に映ったのは手首から先が土片となって砕けていく様子だった。



「あぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


「後ろも気にしたほうがいい」



――ドゴォォッ!!



「ぐほぉぉぉ!」



 自分の両手を見ながら苦痛に叫ぶカルジスに背後からドラコーンΩの尻尾が薙ぎ払われるように直撃して吹き飛んでいくカルジス。


 今のドラグノフΩが放った攻撃で吹き飛ばされていくカルジスをみて、イデアは勇者の肉体の丈夫さに少し驚く。

 「構築解析」で全部見たつもりだったが、ステータス以上の頑丈さにイデアは感じたのだ。



「陣を破壊する私の前で、四元素魔力を両手に纏わせて突っ込んでくるって、逆に面白いよ」



 イデアは解析し終えた魔力や物質を原初の形に戻すことができる。

 魔力を風か水に、身体を火か土の何れかの形に戻すことができるし、逆に創り上げることもできるイデアに対して自分から近づいてきてスキル範囲に来たことに素直に驚くイデア。


 蹲りながら呻いているカルジスを見て、イデアはドラコーンΩに一旦停止の指示をだしてカルジスに近づいていく。



「勇者のこと全部教えてくれるなら、とりあえず腕治してあげるよ」


「そ、そんなことが……」


「どうする?」


「い、命だけは!」



 情報を得られて嬉しいよりも、この情報をソウイチに伝えたら、どれだけ喜んでくれるかを想像してウキウキするイデア。

 カルジスは自分が知りうる全ての情報を話した。

 8人いる勇者が拠点や知っている能力。

 そして別世界から4人についてや、この世界で選ばれた4人について話したところで一旦止まった。



「もう終わり?」


「は、半分話したから片手を戻してくれ!」


「そんな都合よく行くと思ってる?」


「た、頼むぅ!」


「…なんとなく女神様とやらの本質が見えてきたよ」



 いくら新米だからと言って、こんなにも弱く頭も悪い者だと思っていなかったイデア、ソウイチが警戒していたので楽しみにしていたが、情けない勇者の姿を見て、勇者を呼び出し、称号を授ける女神の本質が少し見えてきたのであった。


 イデアが土片となっている勇者の右手に自身の手を向ける、すると地面から土片が勇者の右手に集まり燃え上がる。

 すると15秒ほどでカルジスの右手は元に戻った。

 自分の手が元の機能になっているか確かめるカルジスを見て、イデアは続きの催促をする。



「もう半分も?」


「あ、あぁ……“フレアパニッ!?」



 元通りになった右手で最速で魔法を撃ち込もうとしたカルジスだったが、魔法名を詠唱する前に右手の肩から先は土片になってしまった。

 もはや叫び声をあげることもできなかったカルジス。それを冷たい目で見下げるイデア。

 無言の圧力に屈したカルジスは続きを語り始める。



「勇者には使命を捨てて聖国から追われている奴もいるんだ!」


「死んだの?」


「あ、あまりにも能力が弱すぎて追放されたらしい」


「勇者ってのも仲良くないんだね」


「い、今頃どっかで野垂れ死んでるだろうさ」



 どんどん出てくる話をしっかり記憶していくイデア。


 イデアの直感でしかないが、勇者という称号を授けて、少し力を与えてやるだけで意気揚々となんでも人間を女神は『使いやすい』と考えているんではないかと浮かんでくる。

 この弱さなら高ランクの冒険者が勇者を名乗ったほうがマシ、だけど女神が使いやすいのは、力を持たなかった者や、別世界から呼び出した人間の方が思い通りに使いやすいと思っているのではないだろうか? そんな風にイデアは思ってしまう。



 とりあえずはソウイチが聞いたら度肝を抜かれるような情報がいくつか手に入ったので満足した表情をイデアは見せる。

 勇者がいた別世界の名前や勇者の指名、どうやって別世界から勇者を連れてきているかといった情報が手に入ったイデアは約束通りにカルジスの両手を元に戻す。



「よ、よし! 元の場所に戻してくれ!」


「私は両手を治すとしか言ってないよ? 続き頑張ってね?」



 そういってイデアが後ろを振り向いた先には。


 気付けば7体に増えていた偽ドラグノフがカルジスを睨んでいた。



「あ…ぁ…はっはは! なんだこれ?」



 次の瞬間、カルジスの視界は真っ赤に染まった。

 

 

 

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