第1章『大罪の魔王』

プロローグ 『目覚め』の魔王

 ……ふわふわと自分の体が宙を浮いている感覚がある。


 少しずつ意識は明確になってきている。上手く体が動かず重い感覚がある。


 目を開けてみると、奇妙に青光っている石に照らされた少し薄暗い石造りの部屋の中だ。

 そして何故かベッドで横になっている自分がいる。



「なんだ? どこだここ?」



 ゆっくりと体を起こしてベッドの上からキョロキョロと辺りを見渡す。

 この石造りの部屋には見覚えもないし、なんでこんなところにいるんだろうか?

 冷静になりたくて、少し自分のことを考えてみるが、ソウイチという名前しか思い出せない、どうなってるんだ?

 訳がわからず、徐々に焦りと不安がこみ上げてくる。



――カツッカツッ



 そんなときにこちらに向かってくる1人の足音が聞こえてくる。

 どうなってる? なんでこんなところにいるんだ? 俺は捕らわれているのか?


 なんで名前以外思い出せないんだ?



「おはようございます。ご主人様」



 足音の正体は、かなりの美人さんだった。

 驚くほど白い肌、長く黒いポニーテールに真っ赤な瞳、そしてメイド服。

 美人だけど、どこか感情がないかのような雰囲気に、少しの威圧感を感じる。



「ご主人様?」



 いきなり出てきてご主人様だなんて言われると、さらに頭の中がゴチャゴチャになり、不安な気持ちが溢れだしてきてしまう。

 一体何がどうなってるんだよ。……だけど声をかけてもらったおかげで、少しだけ落ち着けた気がする。



「私は新米魔王のために配属された、ホムンクルスメイドのリーナでございます」


「新米魔王? それって俺のことを言っているのか? まずここはどこなんだ?」



 焦っている俺の問いに対して、彼女は表情を変えることなく俺を見つめる。

 そして、少し間を開けて口を開いた。



「ここは新米魔王であるご主人様のダンジョンルーム、ご主人様は己の名前を知っているだけの新米魔王です」


「名前以外自分のことは思い出せないのはそう言うことか」


「ご主人様にはダンジョンの主として、人を集めて多くの魂を吸収すること、それが魔王の役割です」


「魂を吸収しないとどうなるんだ?」


「ダンジョンを運営するポイント不足に陥る可能性があります」



 冷静を装って質問を繰り返しているけど、全然頭に入ってこない。

 新しい情報が入ってくるたびに頭がさらにゴチャゴチャになる。


 魔王ってのになってしまった理由は分からないし、メイドさんの雰囲気からゴチャゴチャ言わずに役割を全うしろって感じがする。



「ご主人様、10分ほど落ち着く時間が必要に見えます。水をお持ちしますね」


「随分優しいんだな」


「立派な魔王になっていただくのが仕事ですので」


(全然思い出せないけど、この状況がおかしいってのは分かる。あのメイドも信用しちゃいけない気がする……『思い出せない』って感じるってことは、きっと過去があったはずなんだ………誰かの手でこうなってると考えたほうがいいのか?)



 そう言ってメイドさんが部屋を去っていく。

 

 なんで魔王になったのかは分からないし、今も望んでる訳じゃないけど生きていくため、死なないためにはどうにかやっていくしかないって感じなんだろう。


 部屋にある机に置いてある鏡を見てみると、真っ白な髪に真っ赤な目をした十代後半くらいの青年が映っていて、これが俺なんだろう。


 メイドさんから教えてもらった情報を頭の中でまとめながら、今後の展開も自分なりに少し予想していく、出来るだけ何を言われても冷静に考えられるようにと思って頭を回転させる。

 

 10分経ったんだろう、聞こえやすい足音とともにメイドさんが戻ってきた。



「どうぞ、ご主人様」



 メイドさんが水の入ったコップを渡してくる。



「ありがとう……俺のことは今後ソウイチでいいよ」


「ではソウイチ様と呼ばせていただきます。私のことはリーナと呼んでくだされば」


「あぁ…わかった。よろしく頼む」



 ゴクッゴクッとリーナから貰った水を一気に飲み干す。

 少し空いた時間と貰った水を飲んで、かなり落ちつけた気がする。

 とりあえず聞かなきゃいけないことがたくさんありそうだけど、何から聞いて行けばいいのやら。



「1つずつ話をさせていただきますね。まずは魔王それぞれにある『魔名』についてです」



 その言葉を聞いた瞬間。

 体の奥底から何かが湧き出るような感覚がする。

 汗が少し出てきて、息が少し荒くなる。

 『魔名』ってのがなんなのかよく分からないけど、この体の奥底から湧き出てくる力がそれなんだろう。

 落ち着こうと思い、目を瞑って集中していると、頭の中に湧き上がってきた力の全容が浮かび上がってくる。



「『大罪』?」


「『大罪の魔王ソウイチ』様の誕生ですね」



 頭の中に浮かび上がってくる『大罪』の力を読み解いていく。


『魔名『大罪』を所得しました。』

 『大罪』 ランクS 合成使用度1 真名数12

 発現させた罪の力を魔物に付与出来る能力。配合にとても適している。いくつかの縛りが存在する。

 ①ダンジョンコアから召喚出来る魔物のランクはGランクのみ。

 ②ソウルピックで獲得できるものが固定される。

 ③真名つける時に使用する魔力が通常の3倍になり、月に2体ずつになる。

 ④配合時に超変異が起きやすい

 ⑤魔王Lvが上がってもスキルを覚えない。


 浮かび上がってきた『大罪』の力を読み上げていくと、感情の起伏が無さそうなリーナの表情が少しずつ呆れたような顔になっていく。


 たぶんだけど縛りの部分が酷すぎるのだろう、何言ってるかよくわからないがヤバそうな感じがする。



「まずは『魔名』の発現おめでとうございます。これでソウイチ様も立派な魔王の1人です。これからは『魔名』通りのダンジョンや魔物を従えることになりますので自分の『魔名』をよく知っていくことが大事になります」



 リーナがさらに言うには、いきなり二文字の『魔名』はまぁまぁ珍しく、ランクSなんて滅多にないそうだが、縛りの部分が魔王としてやっていくには絶望的すぎるとのこと。

 だが良いところが無い訳でもないらしく、魔王ランクでダンジョンの便利システムが解禁されていくとのことなので、そこはかなり安心できる。



「10日後には新米魔王のため『原初の魔王』様からお達しがあります。それまでに魔王として生きていくために学習する必要があります」


「大変そうだな」


「そのために私がいますのでご安心を」



 まだ状況を完璧に飲み込めた訳じゃないけれど、生きるにはやっていくしかないし、自分にある力で精一杯ぶつかるしか選択肢はない。

 

 リーナの反応を見るに、ランクは高いけど酷い『魔名』のようだけど、それでも俺に発現した力なのだから頑張るしかない。


 こうして名前以外なんの記憶も無い『大罪の魔王ソウイチ』としての生活が始まった。


 

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