44.幻想
国の建て直しが始まって、ひと月が経った。
グラナティスの皆にも笑顔が戻り、やる気に満ち溢れた皆の尽力で、王城は美しい姿を取り戻している。王都が復興されるまでは民にも王城で暮らして貰うから、住環境が整ったのはとても有難い。
これも皇国が資材や優秀な人材を貸し出してくれているからだ。
荒れ果てていた庭園もグレンさんのおかげで美しく蘇っている。芝も青々と茂り、花壇も整備されて色とりどりの花々が咲き誇っていた。
その他にも文官の指揮を執ってくれて、復興が順調に進んでいるのはグレンさんの力もとても大きい。
イルゼさんはメイドを統括してくれている。無事だった少女達が城に出仕する事を望んだ事もあり、メイドとして働いて貰う事になった。もちろん彼女達だけでは人が足りないので、皇国からも学校を卒業したばかりの新人のメイド達がやってきてくれた。そのメイド達はこのままグラナティスで暮らしてもいいと思ってくれているらしい。
紫龍軍の方々は定期的に人員の入れ替えを行いながら、尚もグラナティスに駐屯してくれている。最初は軍を警戒していたグラナティスの民達も、共に過ごす時間が増えるうちに気を許したようだ。
城を守る衛兵になりたいとグラナティスの若者が数人、紫龍軍の鍛錬にも混ざっていて賑やかな声が王城に響いている。
レイチェル様も時折いらっしゃって、宝石の森を調べている。先日は宝石の採集をおばさま方と一緒にやったそうで、とても楽しそうにしていらした。
どうやら森には精霊が暮らしているようで、それはもしかしたら国を興した乙女と結ばれた精霊なのかもしれないそうだ。
それもあながち間違ってはいないのかもと思うのは……ピアニー様と対峙して祈りを捧げたあの時に、姿が見えた気がするから。宝石の森に宿り、今もこの国を見守ってくれているのだろう。
リアム様とは……寂しい事に半月程は会う事が出来なかった。仰っていた通り、戦後処理に追われていたらしい。しかしそれが終わってからというもの、ほぼ毎晩のように訪れて、朝におはようを告げてから帰っていく。大変ではないのかと申し訳なく思うけれど、イルゼさんもグレンさんもグラナティスに居る時間の方が多いから、お屋敷に帰るよりこちらに来た方がいいと笑っていらした。
レイチェル様もリアム様は転移が得意だからと仰っていたから、リアム様が無理をしていないと信じる事にした。リアム様には「俺よりリンを信じるのか」なんて拗ねられてしまったけれど。
そして、今日、わたしはエムデアルグ皇国にやってきている。
グラナティスと皇国の同盟をしっかりと結ぶため、細やかな条件などのすり合わせが必要だからだ。
皇国からは引き続き復興の為の支援を受けられる事になった。グラナティスからは宝石を提供する事になっているが、宝石よりも魔石を多く供給してほしいと言われている。正直なところ、破格の同盟だと思っている。
グラナティスの解放、それから復興支援、引き続きの軍の駐屯の見返りが宝石と魔石だけでは釣り合わないのだ。それを申しても皇帝陛下は「平和に国を治めてくれたらいい」と笑うばかりだ。
グラナティスの宝石が多く他国に流れ、それで他国が軍事費を捻出されたらそちらの方が面倒なのだとリアム様が補足してくれたが……せめてもの誠意として、宝石も魔石も高品質のものを大量に出せるよう、祈りを捧げるわたしも頑張ろうと思った。
それから──今日はルダ=レンツィオの王族が処刑される日でもあった。
まだ幼かった王女達は既に毒杯を呷ったそうだ。
断頭台に上がるのは王、王妃、第二王子、そしてピアニー様。
処刑台に上がったピアニー様は真っ直ぐに前を見つめている。太陽の光を浴びて肌が焼け爛れ続けていても、苦悶の声一つ上げていなかった。サファイアのような青い瞳だけが鮮やかで、これから迎える死を受け入れているようだった。
最期の時は見なかった。
皇城に用意された部屋で、リアム様と座っていた。言葉もなく、ただ──寄り添って。
不思議な程に何の感情も無かった。憎む気持ちも恨む気持ちもあったはずなのに。
ただ、これで……ようやく終わったのだと、そう思った。
見上げれば雲ひとつない美しい紺碧。
降り注ぐ暖かな日の光を全身に受けながら、わたしは王城のバルコニーに立っていた。
見下ろす先の広場にはグラナティスの民、移住をしてきた皇国の人々、それから紫龍軍が大きな歓声を上げてくれている。
グラナティスの民は涙を流し、立っていられずに膝をついて嗚咽を漏らしている者までいて、そんな様子を見てはわたしの胸も詰まってしまう。
今日は戴冠式。
わたしが──女王となる日だった。
わたしは式典の時に母が纏っていたような、白地に金糸で刺繍のされたドレスを着ている。柔らかな生地は流れるように裾も袖も長く、小さな宝石が沢山縫い付けられている。これはイルゼさんや宝石の森のおばさま方が苦心して作ってくれたドレスだった。
髪は結い上げ、蝶の髪飾りを後頭部に飾っている。頭に戴いた金冠は軽く、わたしの色であるガーネットがあしらわれていた。
手に持つ
民衆に手を振りながら、ふと肩越しに振り返る。
そこにはリアム様とレイチェル様が居て、今日の式典を見守ってくれている。二人とも正装の軍服で、金の飾緒や肩マントがとても素敵だと思う。
リアム様には前を向け、と言われてしまったけれど。
不意に風が吹いた。
精霊がわたしの周りを飛び回っている。その背にある四枚の羽根は宝石で出来ているかのように様々な色に煌めいていた。
微笑みを浮かべた精霊が金の粉を撒きながら飛び回る。その光に包まれたわたしを見て、歓声が更に大きくなった。
また、風が吹く。
わたしの前に現れたのは──両親と、兄だった。
穏やかな笑みを浮かべて、わたしを優しく見つめている。生前と何も変わらない、慈しむような眼差しで。幻想だと分かっている。それでも……縋らずにはいられなくて、わたしは三人へと手を伸ばしていた。
兄がわたしを抱き締める。『おめでとう』と唇が動いた。
父がわたしを抱き締める。『幸せに』と唇が動いた。
母がわたしを抱き締める。温もりさえ感じるような、長い長い抱擁だった。
そして……『愛してる』と唇が動いた。
三人の周りを精霊が飛ぶ。光に包まれた皆がゆっくりと消えていった。余韻も何も残さずに。
溢れる涙は止まる事を知らない。それでもわたしは、微笑んだ。きっと三人はそれを望んでいると思って。
「ありがとう」
わたしの声は、風に溶けて空に昇った。
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