43.炎が照らす空の優しさ
隠れていたルダ=レンツィオの王族は全員が捕らえられた。
ノースラティの兵達も捕らえられ、王族と一緒にエムデアルグ皇国へ送られる事になった。その手配は全てウィルさんがしてくれて、わたしは──このままグラナティスに残る事を選んだ。
レイチェル様や魔術師の方々も皇国へ帰還し、何だかお別れがあっという間に来てしまって寂しくもある。それをレイチェル様に零したらぎゅっと抱き締めながら、「お別れじゃないよ」と笑って下さって……お別れじゃないのに寂しく思うのは、皇国での時間がとても楽しいものだったからだと分かっている。
グラナティスの民は皆、窶れて疲れ切っていた。わたしの存在が灯火だったと言ってくれたけれど、それと同じだけ枷だったのだろうと思う。でもわたしが戻る事を信じてくれていた皆の為に、わたしは女王としてこの国を復興させようと心に誓った。
紫龍軍の半数はルダ=レンツィオの王族やノースラティの兵を移送する為に艦で帰還し、もう半数の方々が王城に留まってくれている。艦に積んでいた救援物資を下ろし、グラナティスの民を王城で受け入れる事にした。
紫龍軍の方々にも休んでもらえたらと思うけれど、グラナティスの民達の為に炊き出しを行ったり、暫く暮らせるように城を整えてくれたりと忙しいようだ。わたしも出来る事は手伝うつもりだったけれど、皆さんの手際があまりにも良くて、じっとしていた方が迷惑にならないとリアム様に笑われてしまった。
リアム様は王城に、イルゼさんとグレンさんを転移で呼んで下さった。
二人はわたしの呪いが解けた事、グラナティスが解放された事をとても喜んでくれた。二人は王城を整えるの事に尽力してくれる他にも、古傷に悩まされるグラナティスの民を癒してくれたりもした。
わたしとしても二人が居てくれたら心強いし、居てくれている間に色々と教えて貰えればと思っている。
そんな慌ただしい日を過ごした、夜の事。
欠け始めた月が見下ろす城は、明かりが灯されて賑やかな声に満ちている。王都にも篝火が焚かれ、空を赤く染める程に眩い夜。
それを城の一室から見つめながら、国が攻め込まれたあの夜の事を思い出していた。
あの夜も空が燃えていた。黒煙が上り、瓦礫と化していく王都。
思い出すと今でも苦しいけれど、今この時間は──皆が明るい未来を向いている。そんな夜の灯だった。
「シェリル」
掛けられる優しい声。振り返った先には、たれ目がちな金瞳が優しく細められている。
「リアム様」
「今日は疲れただろう。早めに休んだ方がいい。明日も忙しくなるぞ」
「そうですね……でも、もう少しこの夜を見ていたいのです。わたしの願いが叶った夜ですから」
「そうか」
リアム様がわたしの背からそっと抱き締めてくれる。肩に顎を乗せられて、間近に掛かる吐息さえも愛しくて。わたしは両腕に手を添えながら凭れ掛かった。
「ありがとうございます、リアム様。わたしの願いを叶えて下さって」
「言っただろう? グラナティスをお前に戻してやると」
「ええ。でもそれが……どれだけ大変な事だったのか、分かっているつもりです。皆さんのおかげでこうして、グラナティスの皆も解放する事が出来ました」
「お前が諦めなかったからだ。諦めてあの王女に全てを委ねるか、死を選んでいたならこんな未来は訪れていなかった。お前が命を懸けてグラナティスの解放を願ったから、この未来は訪れたんだ」
リアム様の言葉がわたしの心に馴染んでいく。何度この声に救われただろう。
気が付けばぽろぽろと涙が零れ落ちて、わたしを抱き締めるリアム様の腕を濡らしていた。
「初めてルダ=レンツィオの王城で会った時から、泣き虫なのは変わらないな」
「それは、リアム様が優しくして下さるからです」
「ではこれからもお前の事を泣かせていく事になりそうだ」
その言葉がどれだけ嬉しいのか、リアム様は知っているのだろうか。
その言葉から色んな事を読み取ろうとしてしまうわたしは、浅ましいのだろうか。
そんな気持ちは胸の奥にしまいこんで、肩越しに振り返る。近い距離で重なる視線が嬉しくて、笑みが零れた。
「呪いが解けたのは喜ばしい事だが、もう口付けをする理由も無くなるのか」
「……口付け全てに魔力が籠められていたわけではないのですが」
「はは、確かに。では何も変わらんという事だな」
「でも何だか寂しく思います。おはようもおやすみも、リアム様の口付けが共に在りましたから」
口付けに恋の温度はなかった。熱を感じてはいけなかった。
その為の口付けじゃなかったから。でも……唇が恋に染まるのを、止める事なんて出来なかった。
「何度だって口付けるさ。朝も夜も関係なくな」
低く笑うリアム様がわたしの頭に頬を寄せる。唇が髪に触れて、耳を滑って頬に当たる。
肩越しに見上げるだけで触れてしまいそうな唇の距離。吐息が掛かった。
近付く唇にゆっくりと目を閉じる。鼓動が騒がしくて、きっとわたしを抱き締める腕にも伝わっているだろう。何度繰り返したって慣れなくて、足りないのは、わたしがリアム様を想っているからだ。
唇が触れる。啄むような優しい口付けがだんだん深くなっていく。溺れるような感覚に熱が宿る。
唇が離れると足りなかった呼吸を取り戻す為に深く息を吸うけれど、もう既に唇の熱が恋しいのだからどうかしている。
「……二日後に、皇国へ戻る。イルゼはこのまま滞在させるから、まずは住環境を整えるところからだな」
「イルゼさんがいなくて大丈夫ですか? リアム様が大変なのでは……」
「グレンもなんでも出来るからな、問題ない」
イルゼさんが居てくれて助かるけれど、リアム様は帰ってしまう。
またすぐにお会いできるとは思うけれど、やっぱり寂しく思うのはどうしようも無くて。
「そんな顔をするな。またすぐに会える。いつだって会いに来る」
「……分かってはいるのですが」
「ルダ=レンツィオの後処理が終われば俺も少しは落ち着ける。そうすれば毎晩のように会いに来るさ」
「それだとリアム様が疲れてしまうのでは?」
「問題ない」
リアム様がそう仰るなら大丈夫……なのだろうか。あとでグレンさんに、疲れているなら無理をしないよう釘を刺して貰わないといけないかもしれない。
そんな事を考えていると、ぎゅうぎゅうに抱き締められた。苦しいくらいの抱擁なのに心地よくて、わたしも回された腕にしがみついた。
見上げた空に浮かぶ白い月。
故郷の月は今日も穏やかに浮かんでいる。
優しい夜だった、耳が痛くなる程に、風もなく。
わたしの鼓動だけが騒がしかった。
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