41.グラナティスの王女

 ピアニー様の後ろで狼狽えているようなルダ=レンツィオの王。

 国を離れて辛い思いをしていたのかと思えば違うらしい。身代わりを残して去ったあの日よりも血色が良く、肥え太っているようにも見える。

 玉座の後ろに隠れてこちらを伺う王妃が身に着ける宝石も、以前よりずっと増えている。全てこのグラナティスで採れたもので、王妃の為に加工させたものなんだろう。


「ルダ=レンツィオの王族諸君、ごきげんよう。我が皇国に仕掛けた戦の落とし前をつけて頂こうか」


 剣を抜いたリアム様が低い声で言葉を紡ぐ。その口元には笑みが浮かんでいるけれど、金瞳には鋭い敵意が浮かんでいる。


「わ、わたくしの息子を殺しておいて……何が落とし前ですか!」


 さめざめと涙を流す王妃が叫んだ。

 殺された息子──王太子の事だろうけれど、この人は……何を言っているんだろう。

 わたしの国を滅ぼして、わたしの家族を殺したくせに。


 怒りで目の前が赤くなる。ぐらりと視界が歪むわたしを支えて下さったのは、リアム様の腕だった。


「仕掛けてきたのはそちらだろう。戦となれば命が奪われる事もある、が……。ああ、グラナティスに対して非人道的な侵略行為をした貴様らは、自分達は奪う側とでも勘違いをしてしまったか? ふざけるな。グラナティスへの侵略も含め、全ての罪は貴様らの命で贖って貰う」


 リアム様の声が凍てつくように冷たい。

 殺気さえ含むその恐ろしい声に、王と王妃は更に震えあがっているようだけど……ピアニー様だけは優美な笑みを浮かべたまま、何も変わらない。


「ピ、ピアニー! 何とかするのだ! この無礼な者達を殺してしまえ!」


 声を裏返した王が、玉座から滑り落ちながら叫ぶ。王妃と身を寄せ合い、生きる道を探すかのように忙しなく周りへ目を向けていた。


「もちろん、お父様に言われなくたってそのつもりですわ。わたくしのものを取り返さなくてはなりませんもの」


 くすくすと笑みを零したピアニー様の周りを、闇精霊が飛び回る。六枚の羽からはきらきらと輝く黒い粉が舞い落ちている。


「ロズ、いい子だからこちらにいらっしゃい」


 ピアニー様がわたしへと手を差し出している。甘く優しい声だった。

 わたしは一歩を前に踏み出すとルダ=レンツィオの三人へと順番に視線を巡らせた。


「わたくしはシェリル・レティ・グラナティス。宝石の国グラナティスの第一王女であり、次代の王。もうロズとして虐げられていた亡国の姫ではないのです。この国は……あなた達のものではない。返して頂きます」


 わたしの言葉にピアニー様が顔を歪める。そのまろい頬に華奢な手を添えて深い溜息をついた。


「いけない子ね。また分からせてあげないといけないのかしら」

「俺達を前にしてやれるものならやってみろ」


 わたしの隣にリアム様が立ってくれる。逆隣にはルーカスさんの背から降りたレイチェル様が。ルーカスさんはレイチェル様の後ろに控えて杖を構えていた。


「全員、わたくしの玩具おもちゃにしてあげるわ」


 ピアニー様が手を上げると、その手の平に魔法陣が浮かぶのが見えた。白い手にくっきりと刻まれた黒いそれは蠢くようにゆっくりと回転している。

 その魔法陣と闇精霊の間に黒い光の線が繋がると、闇精霊は段々と大きくなって──人と同じ程の大きさにまでなってしまった。


「あの闇精霊と王女の相性は抜群に良いみたいだね。魔力を与えてあそこまで成長させるなんて、中々出来ないと思うんだけど」

「的が大きくなったのはいい。蠅をはたくのは手間がかかるからな」

「あはは、確かに。シェリルちゃんの事は私に任せて、君は思う存分やったらいいよ」

「有難く」


 リアム様とレイチェル様はこんな時でも変わらない。

 その様子が可笑しくて笑みが零れた。


「リアム様、ご武運を」


 そう声を掛けると大きく頷いたリアム様は、見惚れてしまいそうな程に凛々しい顔をしていた。

 剣を握り直したリアム様が地を蹴る。まるで姿を消してしまったかのような速さに目を瞬くも、金属音を追いかける。そこではリアム様の剣と闇精霊の鉤爪が交わって、耳障りな音を響かせていた。


「ロズ、あなたはわたくしのものなのに。忘れてしまったの?」


 鈴を転がすような可憐な声。そちらに目を向けると相変わらずの笑みを浮かべたピアニー様が、その手に黒い杖を具現化させるところだった。宝石に飾られた美しい杖だけど、どれもが禍々しい輝きに溢れていた。


「わたしはピアニー様のものではありません。全てを諦めていたあの頃のわたしではないのです。わたしは……グラナティスをこの手に戻し、再建させます。奪われたものはもう戻ってこないけれど、それでも。ここからまた始める事が出来ると、わたしは知っているから──!」

「生意気だわ。あなたはわたくしに傅いて、わたくしに縋っていればそれでいいのよ」


 手の甲に浮かんだ魔法陣に滲む血が次第に濃くなっていく。

 呪いと、その呪いを解除するのと、二つの強い力がせめぎ合っているのだろう。ずきずきとした痛みは強くなっていくけれど、負けたくないと心で願った。


 負けてはいけない。

 わたしはグラナティスを解放する為に、わたしの為に生き抜いてくれた民の為に、戻ってきたのだから。


 呪いがもがいているのが分かる。

 元々、この呪いは紛い物なのだ。罰を与える罪人だと太陽の神に訴える呪い。しかしわたしは罪人でもないし、ピアニー様は罪を詐称して、太陽の神さえも偽っている。

 レイチェル様も仰っていたではないか──神への冒涜だと。


 わたしは罪を犯してなどいない。

 その気持ちを強く持って、ピアニー様を真っ直ぐに見つめた。


「そんなお人形みたいな生き方は御免です。あなたには罪を償って頂きます」

「悪い子。皇国に唆されてその気になってしまっているのね。皇国だってグラナティスを支配してその管理におきたいと思っているのに。騙されているのよ、ロズ。わたくしがいなくなれば、皇国の牙はグラナティスへ、そしてあなたにも向かってしまうわ。それを助けてあげられるのはわたくしだけなのよ」


 ピアニー様の言葉が甘く響く。まるで毒が体に回るかのように。

 美しい笑みを浮かべたピアニー様がわたしへと手を差しだすけれど、わたしは首を横に振った。


「わたしはあなたの元へは行きません」


 わたしとピアニー様を遮るように黒炎が走った。

 こちらを見つめるピアニー様の瞳に炎が映り、わたしと同じ赤色に見えた。

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