25.誇りと黒角(リアム)

 リンが先程破ったばかりのメモが、白い鳥へと変化する。尾羽の長い美しい鳥は、リンと同じオレンジ色の瞳をしていた。


「とにかく魔術師団うちに鳥を飛ばして、魔石だとか陛下へ頼んでほしいとか、そういった件をお願いするから。ルーカスなら上手くやってくれる」


 ルーカスとは魔術師団でのリンの副官だ。突拍子もない行動をするリンを上手くあしらう事に長けた男で、ルーカスに任せれば間違いはないだろう。

 それは分かっているが、心が落ち着かないのはどうしようもない。待っているだけなのは性に合わないし、待っていられるだけの猶予もない。


「……リン。扉を開く鍵を作るのは、魔石じゃないとだめなのか?」

「魔力を帯びているなら何でもいいんだけど、それなりの品質が求められる。幸い、いまはシェリルちゃんのお陰で魔石もたっぷりあるから……」

「それでも足りないんだろう?」

「……多分。でも皇城所有の魔導具なら何かいいものもあるかもしれない。直接空間に干渉するものじゃなくても、魔力を帯びたものなら──」

「リン」


 いつもよりリンが早口なのは、シェリルを救うのに時間が掛かると理解しているからなのだろう。間に合うかどうかは、誰にも分からない。そんなリンの言葉を俺は遮った。


「俺の魔力量はお前も認めるほどだな?」

「え? うん、魔力量なら君は……。フェルザー君、一体何を考えているんだ?」

「ここにあるだろ、たっぷりと魔力を溜めこんだものが」


 俺はそう言いながら、自分の角を指先でとんとんと示して見せた。リンも、イルゼも信じられないものを見るように驚愕の表情を見せている。


「バ、バカなのか君は! 鬼人にとってその角は誇りだろ!」

「誇り高く在ればシェリルが救えるのか? こんな角一本で鍵が作れるなら安いものだろう」

「バカはバカでも頭が回る方のバカだった」


 リンが零す呆れたような溜息に、俺は肩を揺らした。腰に下げていたままの剣を抜くと両手でしっかりと持ち直し、刃を右の角に押し当てる。柔らかいものではないが、切り落とす程度は一瞬だろう。


「別に角が無ければ死ぬわけでもないし、二度と生えないわけでもない」

「……同族に罵られるぞ」

「はっ、罵る奴らはシェリルを救ってくれるのか? 言わせておけばいい。俺は俺のやり方でシェリルを救う。この角でそれが出来るのならくれてやる」

「……あはは、やっぱり私の思った通りだ。君は重い男だねぇ」


 リンは先程まで曇らせていた表情を一変させて可笑しそうに腹を抱える。重いとは、と問い質したくもあるが、それは後でもいい。


「安心していいよ、出血くらいは止めてあげよう」


 八つの瞳を魔力で色濃く染めながら、リンが手の平に治癒魔法を展開させる。

 俺はひとつ頷くと、腕に力を込めて剣を振った。


 ゴトリ、と音を立てて黒角が床に転がった。焼けるような痛みがリンの治癒魔法で消えたのも束の間で、じんじんと痺れるような痛みが残った角の根元から広がってくる。


「……痛ってぇ」

「だろうね。神経だって通っているんだから……本当、無茶をする男だよ」


 角を失う事は初めてだったが、非常に居心地が悪い。ぐらぐらと体が傾ぎそうになるのを堪えながら、剣を振って血を払ってから腰の鞘に戻した。

 イルゼが落ちたままの角を白布で包み込んでくれる。差し出されたそれを受け取りながら俺は角を様々な角度から眺めた。


「これから糸を手繰って扉を具現化させる。もちろん、向かう君も心だけの存在になるわけだけど……シェリルちゃんを見つけたら、すぐに戻ってくるんだよ? これから向かう場所は、空間を開いた主が支配する場所だ。何があるか分からない。……心が死ねば、体が死を迎えるのは君だって同じなんだ」

「分かっている」

「旦那様、どうぞお気をつけて」


 俺が二人へ頷くと、リンがシェリルの頭上に両手を翳す。文言を紡ぐ声はまるで歌っているかのようだ。

 赤、青、黄色、緑、紫、白……様々な色の光が渦を巻いてシェリルを包み込み、そしてそれはまるで虹の如く、太い線となって寝台脇の床に掛かる。光が落ち着いた先に現れたのは、虹色をした大きな扉だった。不思議な文様が刻み込まれて、磨かれたノブの下には変わった形の鍵穴がぽっかりと口を開けていた。


「あー……しんどい。禁術みたいなもんなんだよ、ほんとはさぁ」


 大袈裟に溜息をついて見せるが、リンに疲れた様子はない。それもそうだ、この女は稀代の天才魔術師。その追随を許さない、皇国最強の魔術師なのだから。


「それだけ口が回るんだから問題ないだろう」

「辛辣ぅ」


 肩を竦めたリンが俺から黒角を受け取る。それを軽く振ったと思えば、角は黒い大きな鍵へと変化していた。金色の宝玉がはめ込まれた、不思議な形をしている鍵だった。


「じゃ、行ってらっしゃい。君のお姫様を取り返してきなよ」


 受け取った鍵を、鍵穴へと差し込む。右に回すと滑らかに回り、カチャ……と澄んだ音がした。鍵をそのままにノブに手を掛ける。思ったよりもひんやりとしたそれを回して大きく扉を開くと、その先に広がっていたのは夜の空だった。上も下もなく、足元にまで星が瞬いていた。



 一歩を踏み出すと視界が揺れた。眩暈に眉を寄せながらそれを堪え、深く息を吐きだす。落ち着いてから後ろを見ると扉は既に閉まっているが、虹色の不思議なドアは鎮座している。


「……心だけが通ったか。これは、中々にきついものがあるな」


 鎧を全て剝がされたように、何とも心許ない気分だった。ずっとこの場所に居れば気が触れてしまうかもしれない。空間に瞬く星達は宝石のように美しくさえあるのに、どこか不気味で、じわりじわりと俺を蝕んでいくようだった。


 こんな場所にシェリルが。

 俺は意識を集中させて、シェリルの気配を探った。シェリルには俺が朝晩と魔力を注いでいる。どれだけ巧妙にシェリルの場所を隠したとしても、俺の魔力を探る事は造作もない。


 ──見つけた。

 伝わってくる恐怖や痛みに苛立ちが募る。俺は踵をひとつ打ち付けると、シェリルの居る場所へと向かって転移魔法を展開した。

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