14.宝石に触れる

 借りた空き部屋に用意して貰った椅子とテーブルのセット。座っていて疲れないようにと、グレンさんは適度な柔らかさのクッションまで椅子に置いてくれた。


 片眼鏡の曇りを拭いてから、グレンさんは麻袋から裸石をテーブルの上へ流していく。大きなテーブルなのにあっという間に宝石の山が積み上がって、とても綺麗。

 指先程の大きさのものから、もう少し大きいものまで様々な大きさがあるけれど、装飾品に加工するようなものではないのかもしれない。きっと魔石を選り分けたら、ドレスの飾りなどに縫い付けられるのだろう。


 サファイア、アメジスト、トパーズ、そしてガーネット。

 グラナティスに居る時には、裸石を仕分ける作業をよく見ていたものだ。それが加工されていくのを見るのも好きで、暇があれば加工場に入り浸っていたのを思い出す。


 陽光を受けて輝く宝石達。朗らかなおばさん達の笑い声。水を纏った風の刃が石に触れて奏でられる高い音。

 懐かしいあの世界は輝いていた。いまはどうだろうか。辛い思いをしているのではないだろうか。


「──シェリル様」


 掛けられた声にはっと我に返る。

 顔を上げるとグレンさんが心配そうに眉を下げながらこちらを見ていた。


「……すみません、少し……ぼうっとしていました」

「ご気分が優れないようでしたら、お休みになった方が宜しいかと……」

「いえ、大丈夫です」


 にっこり笑って見せるけれど、未だグレンさんの表情は晴れない。わたしは手近なアメジストを指先に取ると、レース越しの柔らかな光にそっと透かした。


「グラナティスでも、こうして宝石の選別作業を見ていたものです。それを思い出していました」

「左様にございましたか」


 グレンさんの声が少し和らいだ気がする。体調が悪いわけではないのだと、伝わっていたらいいのだけれど。

 テーブルに目を落とすと、綺麗に整列した石達が鎮座している。選別を待つその姿は澄まし顔をしているようで笑みが漏れた。


「すみません、綺麗に並べて下さったんですね」

「お気になさらず。この方が数えやすかったものですから」


 グレンさんは手元にある紙に、ペンを滑らかに滑らせていく。【預り証】と銘打たれたその紙には、裸石が三九七個あると記されていた。数えたのがグレンさんだという事、それに間違いがない事を誓うという事も。


「何から何まですみません。お陰で助かりました」

「これくらいいつでも。他にお手伝い出来る事はありますかな?」

「あとはわたしの方で出来ますので、大丈夫です」

「では何かありましたら、いつでもお呼び下さい」


 そう言うとグレンさんはテーブルの端に小さなベルを置いてくれた。赤いリボンが持ち手に結ばれた可愛らしいベルは魔導具で、軽く鳴らすだけでグレンさんの耳にもイルゼさんの耳にも届くものだ。

 お借りしているわたしの部屋にも用意されている。


 グレンさんは綺麗な一礼を残して部屋を後にし、それを見送ったわたしは長い袖を捲ってから、ぐっと拳を握った。


 久し振りに魔石を選別するのは、少し緊張する。だけどそれ以上に心が沸き立つ。

 どきどきとする鼓動を自分で笑いながら、わたしは両手を開いて裸石の上に掲げた。


 魔法を起動する詠唱を口にする。

 口が覚えているのか、思い浮かべるまでもなく唇が文言を紡いでいく。


 銀色の光が雪のように降り注ぎ、裸石に触れると溶けるように消えていった。

 わたしは掲げていた手を下ろすと石達を注視する。その内に──幾つかの石がゆっくりと点滅を始めるのが分かる。これが魔石。


 魔力を帯びた石は、わたしの魔力に反応する。

 本当はひとつずつ魔力を流して確かめるというやり方が主流なのだけれど、わたしは石達に語りかける事で反応を返して貰う事が出来るのだ。これもグラナティスに生まれた者ならではなのかもしれない。王族で無くとも、宝石達と相性のいい者ならば扱える魔法だった。


 点滅をして主張してくれる魔石を選び取って、グレンさんが用意しておいてくれた箱に入れる。強く光を放つものほど強力な魔石で、結構な数が光っている。これはレイチェル様もお喜びになるかもしれない。

 

 魔石を選び終わった後に、再度両手を掲げて魔法を掛ける。光るものがない事を確認して、今度は裸石の選別作業に取り掛かる事にした。



 石の種類ごとに分ける。

 思った通り高品質のものではない。加工用に安く大量に仕入れたものなのだろう。


 同じ石でも色が異なるから、それも細かく分けていく。

 ガーネットでも紅色ではなく、紫や緑のものもある。そういったものは珍しいからあまり出回らないし今回の中にはないけれど、紅色でも色味ごとに分けていく事にした。


 小さいけれどグラナティス産のものある。

 グラナティスの宝石はわたし達王族の魔力で実るものだから、すぐに分かる。これはわたしの魔力で実ったものだから……ルダ=レンツィオ王国が外に流したものなのだろう。


 ガーネットの仕分けは終わったけれど、まだまだ数が多い。

 ふぅ、と小さく息をつくと「終わったか?」と声が聞こえた。


 不意に掛けられたその声に、声にならない悲鳴が上がる。驚きに心臓がばくばくと騒がしく、両手を口に当ててそちらを見ると、気まずそうに笑うリアム様の姿があった。


「……リアムさま」

「驚かせたな。集中しているようだから声を掛けなかったんだが……却って悪い事をした」

「いえ……お戻りになられていたのですね」


 まだ鼓動は落ち着かない。

 深呼吸を繰り返しながら窓へと目をやると、すっかりと夕間暮れ。室内の明かりもいつの間にか灯されている。


「申し訳ありません、お出迎えもせずに……」

「それはいいんだが。あまり根を詰めすぎるなよ。別に急ぎの仕事ってわけじゃない」

「魔石の選別は終わっております。その他の石達を分けておりました」

「魔石を、もう……?」


 驚きに目をみはるリアム様に、多少得意気になりながらも魔石を分けた箱を見せる。

 リアム様はその中からひとつを取り出すと、魔力を流して試しているようだった。


「……驚いたな、こんなに早く終わってしまうとは思わなかった」

「久し振りに慣れた作業が出来たものですから、少し夢中になってしまったのかもしれません」

「これからも任せていいか? これだけ早ければ、溜め込んでいる石達も日の目を見られるだろう」

「勿論でございます。お仕事を頂けるのなら、わたしも嬉しいですし」


 お昼に休憩を頂いてから、夕方までずっと同じ姿勢だった。さすがに少し疲れて体も強張っているようだ。小さく息をつくとリアム様が手を差し出してくれる。


「今日はもう終わりにしたらいい。食事にしよう」

「ではお片付けを……」

「このままでいいだろ。使っていない部屋だ、鍵を掛けておけばいい」


 リアム様がそう言うのなら大丈夫だろう。差し出された手に自分のそれを重ね立ち上がるも、リアム様は手を離してくれない。自分から離すのもはばかられて、気にしていない振りをした。


「……バルトが悪い事をしたな」

「リアム様が謝られる事ではありません」


 廊下に出ると、空いた手でリアム様が部屋に鍵をしてくれる。繋いでいた手を開かれて、そこに鍵が落とされた。紅色の宝石が輝く可愛らしい薔薇のチャームがついている。


「きつく言っておく。次から運ばせる役はバルト以外にしよう」

「わたしも言い返しておりますから、どうぞお気になさらずに」


 バルトさんに気に入られようとは思えないし、きっと相容れる事はないと思う。態度を改めて欲しいわけではないけれど、宝石を手荒に扱う事だけはやめてほしかった。


「……宝石はもっと丁寧に扱うようにだけ、お伝え下さい」

「分かった」


 リアム様はそれ以上何も言わなかった。

 バルトさんの事を弁明する事もしなくて、それが何だか有り難かった。


 手の中にある鍵をぎゅっと握りしめてから、体温と馴染んだそれをドレスの隠しポケットにしまいこむ。

 心地よい夜の風が、どこかから入り込んで髪を揺らした。

 レースのカーテンが開けられた窓から空を見上げると、満ちた月が蒼映える美しい夜だった。


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