7.王女の行方

 予想通りの問いに、わたしはゆっくりと首を横に振った。

 血溜まりの中に横たわる母が脳裏をよぎるけれど、意識して笑顔の母を思い浮かべた。お陽様のような鮮やかなオレンジ色の髪に、エメラルドのような明るい瞳。美しくて朗らかで、大好きだった母の姿を。


「女王陛下、王配殿下はお亡くなりになったと聞いております」

「グラナティスには王子が居たな?」

「カーセル殿下もお亡くなりになったそうです。……グラナティスには王女殿下がお生まれになっています。王女殿下がいまも宝石を実らせ続けているのかと……」

「やはり王女が生まれていたか。情報を秘匿するのが、相変わらず上手い国よ」


 そう、王女の存在は隠されなければならないもので、同盟国であったルダ=レンツィオにさえも隠されていた情報だった。

 グラナティスが滅ぼされた夜に、あの王太子は国民の命を盾にして、わたしの存在を暴いたのだ。


 溜息にも似た深い息を吐いた皇帝陛下は、美しい装飾が為された肘置きに頬杖をつき、長い足をゆっくりと組んだ。


「グラナティスに宝石を実らせる事の出来る王女がいる。それを材料に、そなたは我が国に何を望む?」


 フェルザー将軍から、既に話がいっているのだろう。

 理解が早くて助かるけれど、このざらついたような緊張感は消えてくれない。それどころかもっと息が出来なくなってしまったようだ。

 わたしはゆっくりと息を吐いてから、今度は大きく息を吸い込んだ。


「……グラナティスをルダ=レンツィオ王国より解放して頂きたいのです」

「ルダ=レンツィオが滅びを迎えるのも目前。さすればグラナティスに残る者達が自ら立ち上がる事が出来るのではないか? 我が国が介入する利点もない」


 皇帝陛下はグラナティスの価値を理解している。

 それならば理解されている以上の理由を、わたしはここで提示しなければならない。


「ルダ=レンツィオ王国が滅亡する。それは王族を捕らえる事で為されるものだと思います。それでは王族はどこにいるのか。ルダ=レンツィオの第一王女、ピアニー様の呪術でその姿をくらませている現在、消息を追えてはいないのですよね?」


 わたしはちらりとフェルザー将軍へと視線を向けた。

 眉を寄せて険しい顔をしている将軍は、眉をひそめつつ頷いた。


「わたくしが思うに、王族の方々はグラナティスに居るのではないかと思うのです」

「根拠は?」

「ございません。ですが、あの方々がグラナティスの宝石を手放す事はないでしょう。国を再興するにも資金が必要です。他国に協力を願うにしても、グラナティスの宝石があれば話が進むやもしれません」


 皇帝陛下はその端正な顔に薄く笑みを乗せ、フェルザー将軍へと目を向けた。


「リアム、グラナティスの現状は?」

「呪術により閉ざされています。黒霧に惑わされ辿り着く事も不可能です」

「身を隠すにはちょうどよい場所というわけか。ふむ……これはグラナティスに兵を向かわせざるを得ないな。結果的にグラナティスを解放する事になったとして、その先はグラナティスの王女と話をする事になろう」


 わたしはほっと息をついた。

 先程までこの広間を満たしていた緊張感も、ゆっくりと引いていくようだ。ひんやりとしていた空間に熱が戻ってくるような、そんな感覚さえあった。


「リアム、その娘をどうする?」

「私の屋敷で預かりましょう。魔術師長のお力もお借りする事になるかと」

「娘に掛けられている呪いだな? 彼女には明日にでもそなたの屋敷に向かうよう、伝えておこう」


 二人のやりとりの声色も少しばかり、和らいだ気がするのは勘違いではなさそうだ。皇帝陛下はその美貌に薄く笑みを乗せながら小さく頷いている。


 それよりも、わたしはフェルザー将軍の預かりになるのか。監視の意味があるのだろうが、自分の身の振り方を考えていなかったわたしとしては、正直なところ有り難いものではあった。


 立ち上がったフェルザー将軍が、わたしに向かって手を差し出す。

 その手を借りて立ち上がったわたしは、ドレスのスカートを指で摘み、膝を追って再度頭を下げて挨拶とした。


 広間を出て、ゆっくりと石造りの扉が閉まっていく。

 緊張から解放されたわたしは、ゆっくりと深い息を吐いた。


「疲れたか?」

「いえ、疲れたというより……緊張してしまいまいして。本来ならばわたしがお目通り叶うようなお方ではないですもの」


 正直に本音を零せば、フェルザー将軍は可笑しそうに肩を揺らした。

 石扉がしっかりと閉まると、兵士がまた扉の前に立つ。わたしへと向けられる視線は先程までよりも棘がない気がする。……きっと皇帝陛下との謁見が終わったからだろう。無礼だったり不審な点があればきっと、あの場で斬り捨てられていてもおかしくなかったから。


「陛下を前にして緊張しないというのも、無理な話だろう。しかし……お前の願う通りに話は進んだのではないか?」

「そう、ですね……。有り難い事に」


 廊下を歩き始めたフェルザー将軍の後を歩きながら、わたしは先程の謁見を思い返していた。

 あまりにも、簡単に話が進み過ぎた気がしないでもないのだ。


「……フェルザー将軍」

「何だ」

「ルダ=レンツィオの王族がグラナティスにいるのではないかという仮説ですが、既に皇帝陛下のお耳にそれを入れていたのではないですか?」


 肩越しにちらりとわたしを振り返り、垂れがちな目を少し細めただけで、フェルザー将軍はそれ以上は何も言わなかった。


 将軍にも皇帝陛下にも、全て見透かされているのだろう。

 この人達は一体どこまでを知っていて、どこまでの事を把握しているのだろう。わたしの正体だって知っていて、もしかしたら……わたしはこの人達の掌で踊らされているだけなのかもしれない。


 でも、それならそれでもいいと思った。

 グラナティスを解放して貰う為なら、何でもすると決めたのだから。



 ステンドグラスの嵌め込まれた窓から、月光が差し込んでいる。色を纏った光は、廊下に美しい物語を描いていた。

 空を飛ぶ子ども、見守る女神。眠りに落ちたお姫様、薔薇に囲まれた恋人の姿。まるでお伽噺の一場面は、もしかしたら皇国に伝わるお話なのかもしれない。この国に滞在するのなら、そういったお話に触れる気配もあるだろうか。


「じゃあ、帰るか。城の中はまた今度案内してやる。登城する事もまだあるだろうしな」

 

 廊下の絵物語を眺めていたわたしは、フェルザー将軍の言葉に足を止めた。

 振り返ったわたしが返事をする間もなく、足元から伸びる紫の光がわたしの体を包んでいく。


 温かい光に不安は感じないけれど、驚きは隠せない。

 困ったわたしがフェルザー将軍に目を向けると、彼の体も同じ光に包まれていた。そして、それが弾けた瞬間──わたしとフェルザー将軍は、大きなお屋敷の前に立っていた。 

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