第10話  初めての戦闘(ショウ視点)

 サーラと一緒に小一時間散歩を楽しんだ。魔物の巣はまだずっと先のはずだった。サーラは探査のためにずっと先の方へ移動して、視界から消えた。安全地帯であるここから動かないように言い置いて。


 15分くらい経過。一人ぼっちでいる。孤独に慣れていても異世界では少し怖い。藪の中で何かの気配がある。


 藪から何か出てきた。茶色で大型犬くらいの巨大なやつ。形はウサギに似ている。けっこう大きな角があって、目つきが悪い。ほとんど凶悪。


「ご主人様。角ウサギ1体。魔物です。戦闘してください。私は大急ぎで戻りますから、ご主人様は電撃魔法を連発していてください」


 雷撃はまだレベル1だ。何回も雷撃したが、まだ倒せない。ケリを入れる。追い詰められたら足を使うのは、サッカー部だったからだ。動かなくなった角ウサギに最後の雷撃。初めて魔物を倒した。感動も、後悔もない。


 ナビに新たな魔物が。


「サーラ、新しい敵が2体いる。俺が倒す」


「了解。私も今戻っているところです。すぐです。無茶しないで、安全優先で。走って逃げては駄目です。相手を睨んで、ゆっくりこちらに向かってください」


 しかし相手は完全に餌を見つけたつもりでいる。怖くてちびりそうになる。もとの世界に帰りたいと一瞬思ったが、もとの世界で俺がどんな目にあったか思い出すと、俺には帰る場所なんかないと改めて思った。戦わないで逃げるだけでは、この世界で生き延びるのは無理だ。


 サーラが来ても、12歳のか弱いメイドに、魔物を倒すことはできない。かえって危険なだけだ。俺が踏みとどまって戦うしかない。さっき一体倒して、自信がついた。


「俺にはできる!」


  塾で習った受験の時弱気になったら心の中で唱える言葉だ。大声で叫んだ。


 ここでも負け犬になることは俺のプライドが許さない。2体は連携してでもいるかのように、並んでおれに向って来る。さっきはケリを入れて動かなくして、そこに電撃を放った。サーラがいなくても俺はやれるはずだ。そう思うと、戦う気持ちが湧いてきた。


「こなくそ!舐めたらいかんぜよ」


 この映画は見ていないが、こういうセリフを言ってみたかった。叫ぶとと怒りが湧いてきた。自分の中の何かを解放した。たまっていた怒り。両親にも訓練所の職員たちにも。本当は真正面から戦わなければならなかったんだ。落ち着いて杖で右側の角兔を狙う。


「雷神!」


 と叫んで電撃魔法を放つ。魔法には特に名前はなかったのだが、無意識に叫んでいた。その方が魔法を出しやすい。今までと違う手ごたえがあった。


 右側の敵が一瞬飛んで、倒れたのを見計らって、左側にいたやつに2発目の電撃を放つ。こいつは動きを止めていたので命中し、一回で倒すことができた。さっきのやつを確認してみるとショックですでに死んでいる。多分魔法のレベルが上がった。


 サーラが青い顔をして近づいてきた。彼女にも自分の強さを自慢したい。どや顔で待ち受けていた。まだ少し遠いが、何か言っている。


「後ろ!ご主人様、後ろに!」


 振り向くと角ウサギが6体。しかもそのうち1体は巨大角ウサギだ。ゲームでよくあるボスというやつかも。ボス以外の5体は角を振りかざして突進してくる。もし1体でも倒せずにあの角に貫かれたら、大量出血と痛みで俺は死んでしまう。足がすくみそうになる。


「こなくそ!雷神!」


 2体が動かなくなった。残り3体とボス。雷撃は1回打つと3分は出せない。近づいたところをキックで倒してやる。だが3体同時か。きついかもしれない。


 何か飛んできて、顔面を直撃された。額から血が出て目に入ってきた。とがった石だ。身体の他の部分にあたった石は、蔦で編んだ防具で防がれていた。ボスが魔法で石を打ってきている。速い。


 まずボスを倒さないとダメのようだ。だが3体がもう近づいていた。逃げるべきか?だがやつら、かなりスピードがあるから、逃げ切れない。だったらこっちから行ってやる。


「舐めたらいかんぜよ」


 おれのキック力は同世代では一番だった。3体の一番左を、利き足の右足で勢いをつけながら蹴り飛ばす。他の2体は方向転換が苦手のようで止まろうとしながら俺の横を通り過ぎて、だいぶで離れたところまで行っている。


 なぜかボスからの石つぶて攻撃は止まっている。ボスの体自体、動いていない。俺は姿勢を安定させるために片膝をつき、左手で杖を安定させて、狙いを定めてボスを狙う。


「雷神!」


 その時後から、左のわき腹を刺された。角ウサギたちが方向転換して、後ろから襲ってきた。痛みをこらえながら、ボスに当たったか確認しないまま、振り向きざま一体を蹴る。もう1体はおそらくサーラの魔法だろう。3メートルくらい離れたところに飛ばされた。動かなくなったところへ雷撃。


「ヒール!」


 サーラが叫んでいる。そうかヒールは本来こういう場面で使うのか。自分の中の疲れや痛みがゆっくり癒されて、回復していくのが分かる。助かった。


 ボス1体。ノーマル7体を解体した。サーラは可愛いが、教える時はけっこう厳しい。まるでお姉ちゃんだとまた思った。


 まずは頭を切り落として血抜きをする。石器のナイフでも切れ味は悪くなかった。自分でやるのは初めてだが、小さいころおばあちゃんのを見たし、今、サーラが解体するのも見ていたから何とか出来た。


 血が出きったら、右前足の周りに円を描くように切り込みを入れて、肢まで皮を剥いでいく。腹側にも真っすぐにナイフを突き入れ、切り込みを入れれ ひたす剥ぐ。

 

 今回、利用するのは毛皮、肉、腸。


 本当は血も含めて何も捨てないとサーラは言う。まだ何もない。冷蔵庫やガスや電子レンジがないのはあたりまえだが、鍋もフライパンもない。あるのは石を割って作った石器時代のナイフが2丁だけ。まだ何もないから、いくらか捨てるのは仕方がないとサーラは言う。


 ともかく今夜は焚火を囲んで、おいしい肉を食べられる。そう思うと気持ちが明るくなる。気がつくとここは丘の上で見晴らしがいい。景色を見て写真を撮って、お茶になる草の葉を摘んだ。


 帰ってしばらくして、夕食の準備が始まった。まず焚火から。帰りに乾いた木の枝をたくさん拾ってきた。驚いたことにサーラのエプロンポケットには何でもどれだけでも入るのだった。


庭の庭の外側で小枝を積み上げて発火魔法で火をつける。割箸よりも細い枝は乾いていて良く燃えた。そこに細い枝から順に足していく。太い枝まで燃えはじめ、焚火は安定してきた。


 角ウサギの肉はチキンの骨付きのような形にされていて、塩と何かハーブで香りがつけられていた。うまい。それと温かいお茶。サーラは食べなくても平気なようだが、付き合って一緒に食べてくれる。その様子も可愛いから、つい「チーズ」したり、動画撮ったりしている。


「サーラ、塩は魔法で作れるもの?」


「海の水とかあれば錬金術で作れますが、錬金術は無から有を作り出すことはできません。ご主人様が街へ行って市場で物々交換してくれればいいんですが、それは無理そうなので別の方法で手に入れています。この塩は昨日の夜とった薬草を、エプロンのマジックバッグを使ってあるところに送ると、買い取ってもらえるんです。この塩はそのお金で買って、また私のエプロンポケットに送られてきたというわけです。詳しいことはまたそのうち説明します」


「僕はまだこの世界の事何にも知らないんだね」


 肉の後には帰りに摘んだイチゴが出てきた。練乳をかけたかったが我儘は言うまい。イチゴを食べながら順番にナビが表示してくれる写真を見た。ほとんどサーラの写真だ。何もしなくていいのんびりした時に、半分寝ながらサーラと話すのは楽しい。


「昨日オアシスの話したの覚えていますか」


「そんな話、したっけ」


「砂漠で農業やるにはどうするかという話、したでしょ」


「向こうの世界でも砂漠を緑化するのは難しくて、オアシスという湧水があるところで、乾燥に強いぶどうとか作っているらしい」


「どうして砂漠に湧水があるのかしら」


「砂漠に入る川は地中にもぐってしまうみたいなんだ。粘土のような水を通さない地層の上に、地下の川が流れていて、なんかの理由で地表に水が噴出する。それがオアシス。人工的に地中にトンネルを掘って砂漠に水を引くのもやっているらしい」


「この世界では中心に大竜骨山脈という、頂上にはいつも雪が積もっている山脈があって、そこから流れてくる川は砂漠の入り口で消えてなくなるんです」


「それは砂漠の地下で地下水脈になっていると思う」


「それでねこの辺にたくさん湧水が出る池があって、私達が会ったあの睡蓮の池もその一つなんだけど、そこからまた川になって海に注いででいる」


「そいえばあっちの世界で『砂漠で鮭をつろう』という映画を見た。ダムを作って鮭の稚魚を放流して、鮭が数年後に帰ってくるのを砂漠で釣ろうというやつ」


「鮭は秋に海から登ってくる魚ですね。この世界にもいます。昨日獲った魚も鮭の仲間です。本当の鮭は秋になったら食卓に出します」


「それは楽しみ。白いご飯にみそ汁。鮭の切り身を焼いたやつ・・・・」


だんだん眠くなって、サーラの膝枕。


ついでにサーラに何か歌ってもらった。その後の記憶はない。



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