第6話 夜のメイド(サーラ視点)

 私は死に場所を求めていた。きれいなところで死にたかった。エルフは長命だといってもせいぜい200歳。なのに私は錬金術を使って350歳まで生きてしまった。最初は風魔導士として50年。


 残りの300年はアルケミスト、錬金術師として。もうやり残したことはなかった。賢者の石は完成できなかったが、今の私の知識と能力ではその実現は不可能だとわかった。そろそろ潮時かと思っていた。

 

 白い蓮の花がきれいに咲いている場所に行って、私は死を待っていた。セバートン王国の近く、砂漠の端の湧き水でできた美しい池だ。この池から流れでた川はこの先で海に注いでいる。人里離れた静かな場所だ。私は安らかな気持ちだが、少々腰が痛かった。いつもなら魔法を使って癒すのだが、あと1時間程度で死ぬのだから、放っておいた。


 そこに一人の少年がやってきて私の痛みを癒してくれた。感謝の気持ちが湧いてきた。何かお返しをしてあげたかったが、私にはもう何もない。最後の力でこの少年を鑑定した。


 この少年はつい最近異世界から転生して来たらしい。普通ではもたないギフトとしてナビゲーションの能力を持っていた。これは異世界から来た弱々しい少年が、すぐには死んでしまわないようにという神様からの贈り物だろう。


 しかし転生者に与えられるチートな能力はほとんどなかった。雷撃とヒールはある。体力も魔力も最低レベルだが、ただ珍しいネクロマンサーの能力を持っているだけ。ただこの能力は、死んでいく者と出会わななければ何の意味もない。


 私に、むらむらと好奇心というか、いたずら心が起きてきた。もうやるべきことはないと思っていた。でもこの少年の持っている異世界の科学という魔法を、この少年から学ぶのも面白そうだ。それにネクロマンサーに使われてみる人生というのも刺激的かもしれなかった。


 結果的に私は死のキッスでこの少年と契約した。死のキッスは真心のこもったものでなくてはならない。死んでいく醜い老人と、心のこもった愛のキッスをすることのできる男は希だ。


 実はそのことに少し感動している。私は99歳と嘘をついた。少しでも若く言いたい女の見栄だ。しかし99歳であったとして、そんなババアは恋愛の対象でもセックスの対象でもない。少年のキッスは見返りのない無償の愛なのだ。


 そして死のキッスで契約した死者は、絶対服従ではなく、主人のためであれば主人を欺き、主人に嘘をつくこともできる。私はご主人様の無償の愛に対して、ご主人様の幸福を心から願う愛で応えたいと思っている。


 そのために欺くこともある。350歳が16歳をを本気で愛するって、そういうことよ。


 これからの人生は私の人間としての器を問われる。いい加減なことをしたら、今まで積み上げた私の誇りが砕け散る。この少年のために命すら投げ出す。それが死のキッスを受けた女の心意気だ。


 まあ面白半分でもあるけどね。自分がどこまで出来るかという。面白くなってきた。また暴れてやる。


 日の出。なんと私は12歳の少女でメイドになっていた。命名はサーラ。森のエルフのお姫様にしては似合わない立場だが、ご主人様の趣味とあらば致し方ない。


 いきなりナビが現れて、ナビの交替を告げられた。まあこのおっさんより私の方がナビはうまいと思うからまあいい。それにご主人様を好きな方向に誘導できるわけだから好都合だ。


 まず朝一杯の白湯を差し上げようと決めた。川の近くでまずフリント石を見つけ、岩で砕いて数本の石のナイフを作る。森では黄色の大きな木の実をとって、ナイフで大小いくつかのカップを作る。


 耳を澄まして、サーラ。350歳の私が12歳のサーラに呼び掛ける。


 こんこんと湧き出る泉を探し出した。大きな木の実にその水を汲む。器の美しい水が、空を映している。飲水の魔法で飲む水は味気ない死んだ水だが、この水は生命に溢れた生きた水だ。大竜骨山脈の雪が溶けて、川となり砂漠の砂に染みて地下に潜り、砂漠を過ぎてここからまた地表に現れている。


 生命を生かす水。それを人肌よりも少しだけ温かくした。凍り付いた心はゆっくり温めなければ腐る。ついでに川原で生命力を回復する薬草や魔力を回復する薬草も大量に採取した。


 エプロンのポケットをマジックバッグにした。バッグには無制限に入るから、いくら採っても心配はない。


 倒木をテーブルと椅子のように整え、洗浄の魔法をかけてゴミを取り、ご主人様を起こす。私を見てびっくりしていた。そして私の入れた白湯を褒めてくれた。うれしいというより、私の罠にまんまとはまってくれたことがうれしい。にんまりしてしまった。


 この一杯の白湯が、運命を変えてしまったことに、少年は気がついてはいない。多分一生気がつかないだろう。一杯の白湯が美味しければ、次にはそれだけでは満足できなくなって、香りの良いお茶が欲しくなる。

 

 次には砂糖が欲しくなり、次には味気ないヒールではなくて、美味しい食事が欲しくなる。人間の欲望は解放してしまえば際限がない。少年は閉じこもっていた穴から出て来なくてはならなくなる。そして自分が世界征服できることに気づいてしまう。にんまり黒く笑ってしまった。私は悪い女?


「ドライアド、出てきてもらえる」


 この木は実は精霊で、エルフはこの精霊の木の中に家を作っていることが多い。エルフとドライアドは永遠の友達だ。


「これは可愛いお嬢さん。月がきれいですね」


「久しいわね。ドライアド」


「なんと風のアルケミスト様ですか」


「この木があなただということは直ぐわかったわよ」


「あなた様が生まれたのは350年前。私の中でした」


 ドライアドはエルフよりもさらに長生きだ。


「またお願いしたいの。あなたの中にご主人様住まわせて」


「もちろん。喜んでお受けいたします。それにしても森のエルフのお姫様が、ただの人族の少年のメイドですか。私に言わせれば物好きとしか思えません」


「あのね、この少年、異世界から転生して来たのよ。それだけでも興味あるし、神様がナビゲーションというギフト与えているの。それだけじゃないのよ。この子、ネクロマンサーなのよ。今の世界でネクロマンサーは誰もいない。ネクロマンサーがアンデッド軍団を使役して、その軍師が私だとしたら、世界征服できると思わない?」


 この私よりも年長のお姉さんに、なぜか言い訳じみてしまった。体つきがあまりにもグラマラス。バストが大きいというだけでなく、上を向いてとんがっている理想的な形をしている。アンダーバストが引き締まっているのも見事。しかも妖精だから下着なんかつけていない。ご主人様に会わせたら、クラッとなる可能性十分ある。


「確かにアンデッド軍団は強そうです。死なないんですから」


「一切食べなくても寝なくても大丈夫。しかも殺すことができない。寝なくていいから一日中戦える。絶対裏切らない、こんな軍団に襲われたら、どんな国の軍隊もかなわないわよ」


「たしかに」


「それで従魔契約をしてくれないかしら。あなたと契約したら、一族全員と契約したことになるのよね」


「ドライアドは、それぞれ独立していながら、同時に一つの人格ですから、一族は一体です。従魔契約はかまいませんが、そんな契約しなくてもわが一族は風のアルケミスト様に忠誠を誓っておりますが」


 それに従魔契約をしてもせいぜい数十年。長命のドライアドにとってはほんの一瞬だ。


「従魔契約をすると、この少年のナビゲーションを通じてどこからでも念話ができる。ナビゲーションの管理人は私がしているから、面倒がない。それに感覚の共有ができるようなの。あなたたちの見ているもの、聞いているものを私も共有できる」


「わかりました。私達はエルフ族の方々より更に長生きでして、そろそろ全員、人生に飽き飽きしているところです。今もやってみたいと若い子たちの声が私に届いています」


「汝ら一族の安全と豊穣を約束する」


「一族のすべての力をお使いください。そして森の恵みの1割を捧げます」


「ドライアドは歩けるんだったわよね。もしかしたら戦争に行くこともできる?」


「1000を超える最強戦士を手に入れたと思ってください。みな風魔法と長弓の使い手です」


 もしかしたらそれだけでひとつの国ぐらい支配できるかもしれない。


「できれば戦争に駆り出したくはないけれどね。ただそういうことも覚悟はしておいて。今お願いしたいことが3つある。


 第1は私が死んだという噂を流してほしい。大声で言うのではなく、小さな声で本当らしくね。ネクロマンサーと風のアルケミストが死のキッスで契約したことが世間に知れたら、私達を殺そうと世界中が躍起になる。今でなければ殺せないから。今なら私もご主人様も魔力も体力も最低状態なの。だからこのことは絶対に秘密にしたい。


第2にこの世界中のめぼしい人物の動向が知りたい。もしその人物が死にそうなら、いち早く駆けつけてネクロマンサーとの契約をしたいの。戦士だけではなくて、男女問わず、身分、人種、年齢も問わず、ともかく何らかの才能を持つ者を手に入れたい。


 第3にどこの国にも属さない無人の土地を手に入れたい。それを探して欲しい。どんな荒れ地でもいい。10年後にそこに首都を置くつもり。新しい国を拠点にして、世界を支配してみせる」


「すべて承りました。ただ風のアルケミスト様の野望は理解しましたが、この少年果たしてそれを望むのでしょうか。私の木の洞でただただ眠っているのが好きなようなのですが。私にはこの少年が世界征服を喜ぶとは思えないのですが」


「しょせん男は権力と金と女が好きなのよ。350年、今まで一人も例外はなかった。この子も同じよ。世界征服できると思ったら必ず突き進む。ご主人様が『世界征服したくなった』と言ったとき、『はいもう征服してあります』と言ってあげたいの。権力が手に入れば金はその後をついて来るし、女もね。でもこの子の第1の女は私だから、だからあんたみたいな妖艶な女はこの子の前に実体として現れないように頼んだわよ」


 この少年が権力も金も女も好きでなかったら、それはそれで面白い。興味深い人生が待っているかもしれない。私はどっちでもいい。ただ面白くなればいいとだけ思っている。


「そんな心配しなくても、風のアルケミスト様の胸もすぐ膨らみます。それはさておき森の恵みはどのように捧げればいいでしょう」


「ホムンクルスを巡回させて、一族の木にヒールをしようと思っている。1年に一度程度」


「1年に一回の巡回では、実りのタイミングを逃してしまいます。我々にもマジックバッグを配布してくだされば。私が鳥たちに配布させます。そうすればいつでも捧げものができますので、そうしてもらえますか」

 

ドライアドが去った後にもやるべきことはたくさんある。


「ナビ太郎、実体化して出てきて」


「お役御免とのんびりしていました」


 ネクロマンサーという稀有な存在に付けられた守護霊だ。このおじさん、ただものではないはずだ。


「そんなわけないわよ。まずこの感覚共有、全部は無理。1000以上の木が見ている風景の共有したら気が狂う。ドライアドたちを一旦遮断して。必要に応じて共有できるようにしてほしい」


「こうですか」


「やっと普通になった。あなた大丈夫なの」


「マルチスクリーンで星空を楽しんでました」


 やはり。相当なしたたか者。


「従魔契約したものは感覚共有と念話ができる。ご主人様が使役するアンデッドとも可能よね」


「もちろんです」


「ご主人様が使役する従魔とはどうかしら。それに私が作るホムンクルスとゴーレムは」


「すべて念話、感覚共有が可能です」


「では奴隷とは?」


「相手が生きている人間の場合は不可能です」


「なるほど。これからどんどん増えるから、その辺よろしく。あと私のステータスなんだけど、すごく低くなっている。風魔法と弓技だけは昔のままだけど」


「使役されているアンデッドは、本来の能力以外はネクロマンサーの能力の3倍が上限になっています。ただネクロマンサーの翔さんの能力が0の場合はレベル1になります」


「私はほとんど7以上あったから、回復するにはご主人様のレベルを3か4以上にしなくてはならないわけね。これ従魔や人造人間にも波及するの?」


「いいえ、ネクロマンサーに直接使役されるアンデッドだけです」


「これ深刻な問題よ。能力の高い人物を使役しても、ご主人様の能力に制約されてしまう。それじゃ世界征服はできなくなるかもしれない」


「世界征服ですか?」


「もちろんあなたも協力するのよ」


「私は翔さんの守護霊なんですが」


「そのご主人様が私にナビの管理を任したのよ。従わないつもり?」


「いえ従います。もちろんですよ」


「あとネクロマンサーのレベルについて、私何の情報も持っていない。マックスは他のと同じ10でいいの?」


「いいえレベル5までです。レベル1が使役できるアンデッドは1体。レベル2で2体、レベル3で10体、レベル4で50体。レベル5で100体です」


「どうすればレベル上げることができるの?」


「私も十分な情報はないんですが、ネクロマンサー自身の能力の総合値と使役されているアンデッドの貢献度と両方が関係しているらしいです」


「なんであいまいなの」


「ネクロマンサーはこの世界には以前に一人しかいなくて、その人魔王になってしまったんですよ。知ってますよね。神様自身反省してネクロマンサーを封印していましたから、情報が少ないんです。たしかにチートなんですよ。ネクロマンサーという能力は」


「わかった。もういいわよ」


 ご主人様の育成は「満遍なくレベル3以上を目指す」に決定だ。道は遠い。いまのところレベルはヒールが2。雷撃が1。おかげで私の電撃はレベル3に落ちているし、ヒールはレベル6。その他の能力は、風魔法と弓技を除いてレベル1だ。最初は角ウサギと戦う予定だ。ただご主人様の性格から見て訓練だけではすぐ飽きるに違いない。カリキュラムを工夫しなくっちゃ。


 それにホムンクルスを急いで作って、ドライアドたちを巡回させて、ヒールしなくてはならない。その材料は彼らに頼るしかない。ホムンクルスは作るのに2週間かかるから、今夜から始めよう。そうだ男のホムンクルスの材料には新鮮な男性の精液が必要なんだった。これは手近で採取するしかない。若いし、寝ている間なら多分ご主人様に気づかれることもないだろう。


 その前にまず鹿狩りだ。忙しい。そうだ蔦をとって防具を作ってあげよう。簡単なものでも防具がほしい。ただお金は一切ないので、森の恵みに頼るしかない。森で蔦の蔓を大量に収穫して、兜と胸当てを編むしかない。


 今日は大急ぎで成長促進の腕輪を作った。最高の錬金術師である私には簡単だ。この腕輪をすれば経験値が1・2倍になる。特殊な材料で作れば1・5倍になるが、今はこれでも十分役に立つはずだ。

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