第2章 出会い
第4話 異世界へ
気が遠くなり、目覚めると見知らぬ森の中の草原で目が覚めた。周りの森には樹齢数百年の巨木がたくさん生えている。
「ここはどこだろう」
「ここはセバートン王国の国境の西方、徒歩3日の地点です。北へ向えばタナルゴ砂漠。砂漠の南端までは徒歩1日。南へ向えば海で、徒歩2日です。西へ向えばン・ガイラ帝国まで徒歩10日の距離にある平原です。どこの国にも属していません」
「あんた誰?」
「アルテミス様から命じられた、ナビです。しばらく前にお会いしていますよ。何でもお聞きください」
夢かと思っていた。
「夢じゃなかったんだ。異世界へ転送されるという話。女神のアルテミス、美人だった。今まで彼女作らなくて良かった」
「困ったらいつでも呼び出してください。わかる範囲でお答えします」
「アルテミスって、つき合っている人いるの」
「昔、恋人がいたのですが、騙されて恋人を弓で射て殺してしまい、それ以降だれともおつきあいしていません」
「そうかまさか処女ではないか」
「いえアルテミス様は処女神なので、男性経験はないはずです」
「その恋人とは何でもなかったの」
「危なかったので、双子のお兄さんがアルテミス様をだましまして、恋人を自分の弓で射殺させたという次第です」
「ところでおじさんの名前は何て言うの」
「本名はダイモニオンですが、呼びやすい名前を命名してください」
「そうだなナビ太郎さんでいいかな」
「了解しました」
「さてどこへ行ったらいいの」
「ナビは目的地を教えることはできません」
「普通ならどうするだろう」
「一般的に転生者は近くの街に行って、冒険者ギルドに登録し、薬草を集めて安宿に泊まるところから始めることが多いようです」
「人と顔合わせるのは嫌だ。ずっとここにいるのは?」
「あらかじめ生活3魔法が与えられていますし、ヒールレベル1ですので生きていく事はできます」
「待って生活3魔法って?」
「飲水、発火、清浄の3魔法でこの世界の人は皆この3魔法が使えます」
「それは便利だね」
「ですから、魔物などに襲われなければ死ぬことはありません」
「食べ物はどうすればいいの」
「ヒール能力がありますので、お腹がすいたらヒールすれば、足りない栄養分は自動的に補充されます」
「水も食べ物もOKなら、何もする必要ないね。心ゆくまで引きこもれる」
「魔物が襲ってくる世界なんですけど」
「そっちの方、おじさんが何とかしてくれるんじゃないの」
「ナビ太郎と命名されたばかりです。魔物が襲ってきても私が戦うことはできません。翔さんの心の中にいるだけですから。ただ戦い方や魔物の弱点は教えられます」
「とりあえず安全な場所教えて。この近くで」
体はすこぶる快調だ。筋肉も一番いい状態で転生しているようだ。途中でいろいろ教えてもらう。感じのいい男性の声だが、機械で合成されたような音声だった。
「お金は全く持っていないので、食べることも宿屋に泊まることもできません。夜は魔物の活動が活発になるので、今の力では野宿は危険です。やはり町へ行って、わずかでも魔物を倒してお金を稼ぐことをおすすめします。ちなみにこの世界の言語はすべて母国語並みに読み書き話ができます」
「いや、僕はそういうの嫌いなんだ。こちらの世界でも引きこもる。多分ヒール魔法を使えば死ぬことはないはず。安全な場所を教えてくれればそこで引きこもって生きていくから」
「これから行くのは緊急避難場所で、一生そこで暮らすのは・・・・」
緊急避難場所は森を東に歩いて3時間、前の世界の単位で言うと12キロぐらい先にあった。巨木ばかりの森だが、周りの木の数倍の大きさの巨木があった。この木の空洞が緊急避難場所だそうだ。
都市から離れていて人通りもないので、めったに使われることはないし、魔物も近寄らないような、特別な魔法がかけられているという。俺にとっては理想的なひきこもり場所だ。ここにいれば何事もなく、食料を求めてあくせくすることもなく、誰ともかかわらず一人で生きていくことができる。掃除や洗濯も洗浄魔法を使えばいいし。
王都どころか人里に行く必要など全くない。究極のスローライフ。いやゼロライフだ。俺は死ぬまでここで引きこもろうと決めた。ナビに寝ている間よろしくと頼んで爆睡した。おれは前の世界で疲れ切っているのだ。少しくらい寝たって罰は当たらない。
ときどき目が覚めたら、ヒールする。身体が充たされても、何回も何回もヒールしてみると、気分が安らかになり、快感に充たされる。これ麻薬なんじゃない?と思いながら、トイレへ行って手やその他を洗浄し、また木の洞に入って2,3回ヒールすると、また寝られるのだ。
「どれだけ寝た?結構寝た感じがしているから、1週間くらい?」
「30日です」
「そんなに」
目が覚めてまたヒールしているから、空腹も乾きも感じなかった。これで生きていけるなら魔法の世界OKだ。ひきこもりには魔法の世界こそが最高だ。
「あと数十年、これで一生を終えるつもりですか」
「何か文句ある」
「いいえ、ナビですから、ご主人様の人生の方向を指し示したりはできません」
「おれはドラゴン倒して英雄になったり、Sランクの冒険者になったりしない。それに辺境開拓も、農業もしないから。ここで平和にひきこもって暮らしていく。人生はそれでいいんだ」
それからさらに1か月たつと周りの風景が少し変わった。緑が濃くなった。風が前より暖かくなった。さすがにもう寝るのは飽きた。起きてみたが一日何もすることがない。
外へ出て周りを見てみる。新緑がまぶしかった。周りに人がいないなら、わざわざ木の洞に隠れる必要もない。
結局巨木の周りの自然観察で一日を終えてしまった。平和に何もせずに引きこもり続けること。それが人生の目的なのだから、今日みたいな一日が理想の一日のはずだ。そうなのだが、そして孤独であることは問題ないのだが、余りにも暇だった。特に食事の楽しみが全くないと、一日が全く平板になる。
カレーライス食べたいなと思うが、そんなものがこの世界にあるわけがない。回転寿司に行って、腹いっぱいお寿司をつまみたいと思っても、そんなものはこの世界にはない。ヒールを使えば空腹ではないのだが、魔法では充たされない食べる楽しみというものがある。
色々食べたいものを思い出していると、ある夏の思い出がよみがえってきた。俺が小学生のころだ。夏休みはいつも北海道のおばあちゃんの所に行っていた。夏休みのほとんど全部。40日近く。
おばあちゃんは北海道で農家をやっていた。でもおじいちゃんが死んでからは、自分と親戚の食べる分しか畑を作っていなくて、それでも俺から見たら広大な畑に見えた。
涼しい北海道でも、2週間くらいは本当に暑い日があって、そういう日は近くの小川で魚取りをして遊んだ。お姉ちゃんと一緒に。魚も少しはとれて、持って帰るとおばあちゃんが美味しい塩焼きにしてくれた。
朝の畑で野菜の収穫もした。取れたてのトマトを朝ご飯に食べる。あんなおいしいものを食べたことはない。それからトウモロコシ。これも朝もいだものをすぐゆでて食べる。あのうまさも忘れられない。
夜は庭で花火大会を見ながら、七輪でジンギスカン鍋。独特の丸い鍋で焼く羊の肉はうまかった、回転寿司に初めて行ったのもおばあちゃんに連れられてだった。
そして夜はおばあちゃんが添い寝してくれて、お姉ちゃんと手をつないで寝た。あの頃は幸せだった。でもおばあちゃんは俺が中学生になる頃、あっけなく死んでしまった。おれが涙を流して泣いたのはあれが最後だった。
1週間自然観察をした。ナビ太郎が俺の魔力が上がったという。ヒールがレベル2になったそうだ。ほとんどヒール中毒の廃人だった。それくらいヒール魔法を使っていた。レベル1との違いは、他人をヒールできることだそうだ。俺には意味がなかった。
周辺の自然観察はもういやになったし、前の世界で幸せだったことを思い出してもむなしいだけだ。
俺は結局あの豊かな世界で競争に敗れ、誰からも見放された男なのだ。この世界では誰とも争わず平和にひきこもる決意だ。退屈でもしょうがない。それにしても向こうの世界でひきこもりができたのは、テレビや音楽やネットやゲームや漫画や小説があふれるようにあったからだった。
ここは本当に平和だがネットもゲームも音楽も本もない。だがそのかわりここには本当の血が流れるゲームがある。血を流すことが嫌なのではない。いざとなれば魔物を殺して食べる覚悟はある。おばあちゃんの家で、一番歳取って卵を産まなくなった鶏を殺して食べたことがある。
おばあちゃんはお姉ちゃんと僕に見ていなさいと言って、ナタで鶏の首をはねて血を出して、羽をむしって肉を解体する様子を見せてくれた。晩御飯は鳥のから揚げだった。僕とお姉ちゃんは泣きながら食べた。泣いていたが、唐揚げは美味しかった。
おばあちゃんはその時
「いきものを自分で殺して、その肉を食べたことのない人には、神様や仏様のことはなんも分からないんだよ」
そう僕たちに言った。それがこの世界で魔物を殺すことの覚悟にどうつながるのかはわからない。でも僕はその時が来たら、ためらいなく命を奪う。ただ今は嫌だ。説明はできないが。
暇すぎておれは近所の探検を決意した。手には木の枝を持って武器のつもりだ。ナビに聞くと徒歩3時間ほど歩くと、大きな湖があると教えてくれた。ナビ太郎が、草原の中の歩きやすい場所を赤い色で教えてくれるので道に迷う心配はない。魔物の出現可能性はさほど高くないという。警戒しながら湖に近づく。
突然ナビ太郎が警報を発する。
「前方左に人物発見」
俺は一旦立ち止まり、身を隠し警戒しながら人影に近づいていく。湖には蓮に似た白い花が咲いていた。ただまだ蕾が多かった。物陰から観察すると60歳くらいのおばあさんだった。危険はなさそうだ。少し苦しそうなので僕でも何か助けられるかもしれない。
「大丈夫ですか」
「おや、ありがとう。大丈夫というか、私はここに死にに来たんですよ。そっとしておいてくれるのが一番いいです」
「わかりました。でも僕、少しだけここにいてもいいですか」
この人はおばあちゃんにどことなく似ている。おばあちゃんの死に目に会えなかった僕は、この人に何かしてあげたかった。服装は貧しく見えなかった。しかし表情は苦し気で確かに死ぬのかもしれなかった。
「蓮の花がきれいでね。私はここで死にたかった。私の命はあと1時間というところ」
「この世界では死ぬ人はみな家の外で死ぬんですか」
「そういうわけではないけれど、私には最後の場所を選ぶだけの力が残っていたということよ」
「そうなんですか。僕は異世界から転生したんですが、ナビの言うことにはヒールがレベル2だそうです。よかったらヒールしますか」
「お願いできたらうれしいわ。腰が痛くて。若いころは魔力がたくさんあって、痛みなんかすぐ直せたんですけれどね。死の直前は魔力切れで」
僕は丁寧にヒールをかけた。レベルが2になっていて本当に良かったと思いながら。
「僕は昨日まで他人にヒールすることできなかったんです。最初にヒールかける相手がおばあさんで良かったです」
「あなた、もう他にも魔法使えるようになっているの自覚している?」
「ナビが何か言っていたんですけど、僕戦う気がないので無視していました」
「あなたはネクロマンサーレベル1になっている」
「そんなこと言ってましたね。でもネクロマンサーってなんだか良くわからなくて」
「死者を自分の支配下に置くことができる力よ。意味わかる?絶世の美女を集めてハーレムを作ることもできるし、戦士を集めて不死の軍団を作ることもできるの。今この世界にネクロマンサーはいない。とても貴重な能力が開花しているのよ」
「僕は今のままでいいので、余計な能力はいらないんです。ここから徒歩3時間の大木の洞に隠れて住んでいるだけですから」
「あなたが支配できる死者は今は一人だけ。魔力が増えたら人数はもっと増えるはずよ。ただ最初に支配する相手次第で、あなたの運命は大きく変わるから、よく考えてね」
僕たちは池の蓮を眺めていた。僕は前世での楽しかった思い出を話した。それと聞かれるままに色んな前世での科学技術のことなんか。自動車やテレビやスマホなんかのことを。おばあさんは
「私は99歳。そして人生の最後でも気が狂っている。99年、長かったような、短かったような人生でした。私は錬金術師だったんですよ。最後にあなたに出会えてよかった。もうすぐ死にます」
しばらく沈黙があった。僕は池の夕陽を見つめていた。そして頼む。
「もしよかったら、ネクロマンサーとして仕えてもらう最初の人になってくれませんか。何かの運命かもしれないし」
「そう、いいわよ。私の力と知識、身体も全部あなたにあげる。契約の儀式があるの。私のくちびるに心を込めてキスしてくれる?」
おばあさんは死んだ。遺体に洗浄をかけながら、夕陽に手を合わせた。砂地だったので木の枝を使っただけで結構深い穴が掘れた。ナビ太郎が出てきた。
「この女性との契約が完了しました。ご主人様はいくつか指定できます。まずこの女性の名前を決めてください」
「サーラでどうかな」
「では年齢を指定してください」
「え、99歳のおばあさんが来るわけじゃないの」
「ご主人様が指定できます」
「じゃ12歳」
「年齢と能力の成長を許可しますか。別々に指定できます」
「成長を許可したらどうなるの?」
「普通に一年に1歳ずつ年をとり、現在の体力、能力も人間と同じように成長します」
「両方の成長を許可します」
「つぎに職業を次の中から選んでください。1番、剣士。2番魔導士攻撃型。3番魔導士防御型。4番メイド」
「それじゃ戦うつもりないので4番で」
「確認しますが12歳のメイドですね。ちなみにこの女性はエルフ族です」
「あの不純な気持ちはないから。それとなんか怒っていない」
「私には感情はありません。それから大事なことですが、翔さんは、死のキッスで契約をしたことを自覚していますか。死のキッスで契約した場合、使役されるアンデッドは、特別に自由意思を持ち、ネクロマンサーのためであればという限定はありますが、命令に背くことも、嘘をつくことも可能です」
「僕は全然かまわない。おばあちゃんみたいな人に、美味しいもの作ってもらいたかっただけだから。別にハーレムなんてめんどくさいものは必要ないし、世界征服もしないから」
「次の質問です。ナビをこの女性と交替しますか。なんとこの女性の方が下級の神である私より知識が豊富なので、それをお勧めします」
「それじゃそのようにしてください」
「了解しました。それでは明日の日の出に、12歳に戻ったこの女性が、メイド服を着て現れ、私とナビを交替します」
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