第3話 アルテミス

 気がついたらどこか知らない場所にいる。そうか病院か施設だ。俺は死ぬこともできなかったのか。そう思うと悔しさに涙が出そうだ。


 しかし今は拘束されていない。不審に思って周りを見ると大きなイスに、金髪の髪の長い女性が座っている。金髪の女医さんは珍しい。何か書類を見ている。病院だろうか。それにしては看護師さんはいない。


「すいません。ここどこですか」


 その女性が答える。けっこう、いや見たこともないほど美人だ。そしてどう見ても日本人ではない。


「おや目が覚めましたか。説明は難しんですが、転生するための境界地点かな」


 日本語を話せるのは助かった。色が白く、足が長くスタイルが抜群だ。見ているだけで楽しい。深刻な状況なのだが、どんな状況でも美人に和むのが男というものだ。


「僕は死んだんですか。まさか本当に死ぬとは」


 生きてあの施設に収容されるよりは良かった。紙おむつはゴメンだ。そうか思い出してきた。車から逃げ出してトラックに轢かれたところまでは記憶がある。そうか俺は死んだのか。


「辛い部分は忘れていいんですよ」


 声もいい。ずっと聞いていたい。


「ここは天国ですか。それとも、どちらへ行くか、神様に言い渡されるところなんですか」


「君の場合、特殊な偶然で、天国でも地獄でもない、異世界に転送されることになってるの。今の16歳のままでね。私のしてあげられることは、君の希望をできるだけ聞いてあげることだけなのよ。ただし元の世界にもどしてくれというのだけは聞けないの。ごめんね。君の行く世界はもう決まっていて、私にはどうすることもできないのよ」


「よくあるラノベ小説みたいですね。僕は元の世界にはもう戻りたくはないです。それより、今度の世界はどんな世界なんですか。というより僕はもう人生こりごりなんですけど。僕は多分どこへ行っても頑張れない気がするんです」


「まあそう言わずに。剣と魔法の世界を楽しんで。中世ヨーロッパのような世界で、君の好きなゲームの世界に似ているから、君も楽しく生きていけそうな気がする」


 ずっとここに置いて欲しかった。このきれいな女神様のそばに置いて欲しい。この場所にいられるなら、ごみ箱でもいい。どこも行きたくない。


「お断りです。僕はもうみんなと競争していくのは嫌なんです。戦って勝つことにはもううんざりです。あなたのそばに置いてくれませんか」


 これは本当だ。受験やスポーツ。何も考えずに頑張って来たが、それが結局何の意味があったのかわからなかった。


「弱肉強食の世界だから、魔物を倒さなくては生きていけないからね。それはちょっと困ったな。行ってすぐ死んでしまっては、私の仕事が増えるばかりだし。だからといってここに置いてあげるわけにはいかないの」


 俺のことを心配しているんじゃなくて、「私の仕事」が増えるのが嫌なだけなんかい。


「僕は異世界行っても引きこもります」


 これは本心だ。引きこもるのがこんなに心地いいとは知らなかった。自分のやりたいことしかやらない。俺はもうそれ以外の生き方はできないと思う。未来のために今我慢するのは嫌だ。そうやって生きても肝心の未来はいつまでも来なくて、気がついたら死んでいた。そんな人生は二度と送りたくない。


「あまり必死で戦わなくても生きていける能力を与えてあげましょう。それで何とか生き延びて。できるだけ長く。私ね、心が凍ったような子みるとほっとけないタイプなの」


 俺は別に長く生きたいわけじゃない。好きなことだけして生きていたいだけ。そうできれば別に早死しても構わない。


「何も知らない世界で引きこもっていて、長生きできるわけないじゃないですか。何とかしてください。何ならここで死んでもいいんですよ」


 女神様に看取られて死んでしまいたい。本心だ。実際俺はここで死んでいて、綺麗な女神の姿を見ているのだが。


「それは困るわ。最低限襲われても自衛できる攻撃魔力と守護神をつけてあげます。ダイモニオン。こっち来て。翔君は少し寝ていてね」


 寝ていたわけではない。話は聞いいていたし、意味もおぼろげにわかる。でも多分これも魔法なのだろう。おれは何も発言できないままフリーズしていた。


「何か御用ですか。アルテミス様」


「困った子がいるのよ。全然やる気なくて、ほっとくと死んでしまうわね。それで異世界行ったら守護神として、いろいろナビしてやってほしいのよ」


「汚名挽回の機会与えてくれてありがとうございます」


「あなたが前に守護していたおじいさん、死刑になったんでしたっけ」


「ソクラテスという古代ギリシャの男性なんですが、『悪法も法なり』と言って死んでしまいまして」


 げ、ソクラテスの守護神だった神様が、今度は俺の守護神になってくれるんかい。しかし確かにソクラテス死刑になっているよな。偉いのはソクラテスであって、たしかにこのおじさんではない。


「守護している相手が暴走したら、どんな優秀な神が守護神でもどうしようもないから、気にしないで」


「今度こそ素晴らしい人生を送らせてみせます」


 俺にとって素晴らしい人生をお願いしたい。べつに勇者になって龍と戦ったり、魔王から国を救ったりする気はないから。スローライフもする気がない。スローではなくてゼロライフ。完全引きこもりが俺の理想。恋も家族もいらないから。ソロ活人生がしたいだけ。


「異世界転生に選ばれた場合、かなりのチートな能力をつけてあげられるんだけどね。ちょっと相談にのってもらえる」


 それ俺の意見は聞いてくれないの?魔法のせいで何も発言できないのがもどかしい。


「能力は雷撃レベル1、ヒールレベル1だけですか。チートな能力というと最初から世界最強というのが定番ですが。それから見るとかなり地味ではないでしょうか」


 雷撃は雷落とすやつね。レベル1だと相手を殺すとかの力は無さそうだな。ただ撃退するだけの魔法の感じがする。だいたいゲームではレベル10がマックスというところか。それがレベル1ではチートとは言えない。


「そのかわり体術も魔法もすべての能力に適性を持たせてあげた。雷撃は魔物を倒すのに一番応用範囲が広いから。たいていの魔物は雷撃への耐性はない。それにヒールがあればお腹が空いても死ぬことはない」


 小説やゲームでは魔法にはだいたい4つの属性があって、それは土、水、火、風の4つが一般的。この世界では俺のもらった雷属性の魔法もあるらしい。もとからその世界にいる人はひとつの属性しか持てないのが普通で、2属性持ちとか3属性持ちは貴重な存在。


「誰か世話してくれる現地の人間が必要です。私はこの人の心に宿っているだけなので、食事を作ったり、具体的なお世話話できないんですから。ネクロマンサーの能力つけてやりませんか」


「ネクロマンサーは死者の使役ができる能力よ。前につけてやったらその子、魔王になって大変だったわよね」


「そこまで野心はないと思いますよ。この少年。死にかけている優しそうなおばあさんを説得して、メイドになってもらって面倒見てもらうしかないです」


「わかった。それじゃ、雷撃、ヒールに、あんたという最高のナビつけて、ネクロマンサーつけて、ついでに前世の記憶もつけて転生させる。使いようによってはかなりチート。ただしネクロマンサーとして誰かを使役する場合、その相手は本来持っている属性以外の能力を翔君の能力の3倍に制限する。そうしておけば魔王になって迷惑かけることもないだろうしね」


「という事はすごい魔法使いを使役しても、本来の属性魔法以外はレベル1になっているわけですね。それなら万が一使役したおばあさんが魔法使いであっても翔さんが魔王になる確率はほぼ0でしょう」


「念の為にネクロマンサーのレベルは5までにして、せいぜい100人使役するのが上限としておきましょう。レベル上がることはないと思うけれど、念の為という事で」


 100人も使役するなどめんどくさいだけだし。これは同意。それに一人だけでも身の回りの世話をしてくれる人がいるのはありがたい。おばあさんではなくてもう少し若くて巨乳で美人だったらもっとうれしいが、そこまでわがままを言うつもりはない。


「ネクロマンサーのレベルを上げるのは本人の努力と使役されている人の貢献でしたよね。最初に優しいおばあさんをメイドにすれば、永遠に一人だけを使役するネクロマンサーで終わってくれますよ」


 俺もそのつもりだ。異世界生活悪くないかも。


「翔君分かった?しっかりね。ダイモニオン、頼んだわよ。10年は帰ってこないように」


 俺はあと10年で死ぬのかい?でも構わなかった。


「あのう、つかぬことをお伺いしますが、アルテミスって、女神さまですか。たしか月の女神で、絶世の美女という。僕、ゲームの中でアルテミスさんのファンだったんです」


 握手してもらっていいですか、とまでは言えなかった。


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