第2話 引きこもり

 俺の名前は棚橋翔。16歳になったばかりの高校1年生だ。


 中学までは勉強もスポーツも何でもできる優等生で生徒会長をやるほど人望もあった。部活はサッカー部でポジションはセンターバック。ゴール前で敵を叩き潰しボールを前線に送り返す役割だ。体力だけでなく戦術を組み立て前線に指示を出す司令官でもあった。時によってはドリブルで上がり、敵を蹴散らしながら、直接ゴールを叩きこむ。


 俺のいた中学は県大会止まりの無名校だったが、またたく間に強豪校にのし上がり、全国大会にも出場するようになった。おれは当然のようにチームのキャプテンに選ばれた。


 モテたが特定のガールフレンドはいなかった。女の子に興味がなかったわけではない。自分がゲス野郎だという事は自覚していた。だが、高校に入ったら、もっとハイレベルな彼女ができるはずだから、今の低レベルな女子と付き合ってもしょうがないと本気で思っていた。


 内心はけっこう下衆で、女子の胸が膨らんでくるのを盗み見て気にはなっていたが、まあそういうわけで、女性と付き合ったことは一度もなかった。


 勉強も超優等生で、念願の全国有数の進学校に合格したときは希望に充ち溢れていた。つい2,3ヶ月前だ。なんと昔に思えるだろうか。入学後すぐサッカー部に入部した。


 そこには知った顔がいた。全国大会で対戦した優勝チームにいたやつだ。全く同じポジションで、プレイスタイルも俺と同じ。そいつは全国の選抜チームにも選ばれて、将来プロを目指すと言われていた。


 地元のサッカー少年団からのし上がってきた俺とは違う、Jリーグのジュニアチーム出身のサラブレッドだ。くやしいが俺とはレベルが違う。いくら俺が優秀でもそいつにかなうわけがない。プライドの高い俺はさっさと退部を決めた。スポーツが駄目なら勉強でトップに立ってやる。そう決めた。


 レベルの高い進学校でトップをとれば女子にもてるに違いないと思った。共学なのでクラスに女子はけっこう多く、しかもかなりの美人ぞろいだ。制服を着ていても胸が豊かなのは十分わかるし、じっくり観察もしていた。しかしあまりじっくり見すぎて、気づかれて大声でこう言われたこともある。


「気持ち悪いぞ。ド変態。触りたいならきちんと付き合って告白して、デートしてからにしろ。お前なんかとぜーたい付き合わないけどな」


 俺のプライドは傷ついたが、「もうしばらく待て」とその女子に心の中で言っていた。そのうちお前のほうから告白させてやる。


 夏休み前には彼女を作って青春を満喫する予定だった。そのためにもまず勉強だ。俺の優秀さを全員に印象付けてやる。あの生意気な女子は最初に餌食にして、巨乳をもてあそんだらすぐ捨ててやる。その時は自分に自信があったのでそう思っていた。


 しかし初めての試験で愕然とした。おれはクラスで最下位だったのだ。


 月曜日から学校にいけなくなった。腹痛だ。だが10時くらいになると腹痛はケロリと治まって体調は良好になる。明日は学校へ行こうと思うが次の日はまた朝だけ腹痛。高校の教師をしている母は、無理に学校へ行けとは言わない。引きこもっている俺に何も言わず美味しい食事を作ってくれていた。


 ちなみに父と母は俺が13歳の時に離婚している。姉は父に引き取られ、俺は母と一緒にこの家に残った。姉とは2か月に一回くらい会っている。姉の沙也加は絵が得意で、今は美大の付属高校に通っていて、将来画家になるのを目指している。2つ年上の姉はいじめっ子から俺を守ってくれたし、勉強も教えてくれた。


 今は髪の長い美人女子高生だが、小さいころは弱い者いじめを許さない正義の女ガキ大将で、近所の子はメスゴリラと呼んで怖れていた。俺は姉に頼り切っていた。今も姉がいたら何とかしてくれるのにと心の底では思っている。


 何日たったのか記憶はない。本当に餓死寸前の状況になって、身体が動かなくなった。まさか死ぬわけはないよなと思っていた。そこに屈強な男数人がやってきて、フラフラしている俺を連れて、無理やり車に乗せた。


 抵抗する力もすでになかった。1時間くらい車に乗っていただろうか。なにか病院のような学校のような得体のしれないところに連れて行かれた。


 そこがどこか見当がついた。引きこもりを社会復帰させる訓練施設のようなところだ。ネットで体験談を見たことがある。こんなヤツ。


「訓練に逆らって寝ていた。しばらく前から反抗してご飯を食べていなかった。目が覚めたら、何本か体に管がつながれている。鼻から流動食が無理やり胃に入れられている。尿は膀胱から強制的に排出されている。紙おむつをはかされていた。そのうえ管を引き抜けないように手を拘束されていた」


 そんなのは絶対やだ。おれは想像するだけで屈辱に震えた。最後の気力を振り絞って逃げる決意をした。だがすぐもがいて抵抗する姿はわざと見せない。


 屈強な男たちは一言も口を利かず、なんの反応もしない俺に油断したのだろう。ドアをロックせず全員が担架をとりに施設の中に入った。俺はその隙に逃げ出した。餓死寸前でも、俺は元サッカー選手だった。走ればそこそこ速い。周りを見ずに全力で走った。


 そこにトラックが来て、あとはどうなったのかわからない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る