第3話 ガイアとの接触

『この世界を破滅から救うチャンスを与えよう』


 光球からのメッセージが頭の中に響き渡る。異常な出来事に驚き、周囲を見回しさらに驚愕する。

強い風に煽られて大きく盛り上がっていた波濤が、そのままの形で静止している。上半身を海面から出して麦わら帽子を振る妻も、まるでシンクロナイズドスイミングの決めポーズのように表情さえもそのままの形で止まっている。夢をみているのだろうか?それにしては海水と風の感覚がリアルすぎる。

 メッセージの内容をもう一度反芻してみる。この世界?破滅から救う?チャンス?

”嘘でもトリックでもいい、ほんのわずかでも可能性があるのなら、この世界を救いたい”

そう思いながら金色の光球に問いかける。


「お前は、何者だ!」


『私はこの地球に存在する生命体の無意識の集合体である超存在、お前たちのイメージに最もちかいものはガイアー地母神だろう。ガイアと呼んでほしい』


「それでは問う、ガイア。世界を破滅から救うとはなんのことだ」


『お前が今朝、テレビで見た通りのものだ。この星はあと6日と17時間後に、X線等級52のスーパーフレアの直撃を受けてほとんどの生命が滅びる。シェルターに避難した少数の人類も、スーパーフレアに呼応して引き起こされた12の破局火山噴火と巨大地震により滅亡する』


「何故、そのようなカタストロフが起こるのか?お前にそれを救う力はないのか?」


『太陽も私たちとは異なるレベルでの意識を持っている。人類が太陽調査の為に、太陽に投入した探査機の一つが太陽表面の磁場を乱し、彼の攻撃性を誘発した。例えるなら夜中に蚊に刺された人間が寝ぼけながら蚊の羽音のする方向を手でたたいているようなものだ。生命意識の集合体といっても太陽の物理現象を操作する力は持っていない』


「それでは先ほど語り掛けた、この世界を破滅から救うチャンスとは何か?」


『太陽に物理的な影響を与えることはできない、但しメッセージを伝えることはできる。メッセージにより攻撃対象をずらして、かつ太陽に目的を達成したと錯覚させる』


「それができるのであれば、お前がやってくれ。新婚旅行中の俺に危ない橋を渡らせるな」


『メッセージとは、太陽表面の磁場の相互作用に関する何万もの段階を必要とする壮大な玉つきだ。膨大な計算量が必要で、我々ガイアだけでは生成できない。太陽の構造と作用機序に関する詳細な知識を持つ人間の判断と、膨大な計算量を処理できるスーパーコンピュータを使用する権限が必要だ』


「俺に白羽の矢が立った理由は理解できた。太陽表面の磁場の構造と作用機序、太陽フレアの発生メカニズムの論文は審査中だが正しかったということか。地球シミュレータに『アマテラス』の情報を解析させる窓口でもあるし、しかし他にも適任者はいるだろう?何度も言うが俺は新婚旅行中だから……」


『君以外の候補者は4名、そのうち年配の2名は私の存在と地球の危機を受け入れることができなかった。自分が気が狂ったと思いそれを隠蔽することで頭が一杯になっていた。1名は組織内の立ち回りはうまいが必要なスキルが張りぼてだった。最後の1名は……全てを理解したうえで、この世界が終わることを望んでいる。可能性としての破局を受け入れて、かつ全てをかけてこの世界を救いたいと思っているのは君だけだ。他の4名の接触記憶は既に消去している』


 ガイアの語った候補者がそれぞれ誰かはすぐに判った。世界が終わることを望んでいる最後の候補者は、ある意味俺のせいでもある。彼の生涯の思い人は俺と一緒に旅行中なのだから。


「事情は判ったし、世界を救いたい気持ちはある。しかしタヒチからでは東京に戻るだけでも2,3日かかる。とてもそのメッセージを組みたてることなどできそうにない」


『君はすでに時間と空間を越えたアストラルボディ-幽体となっている。瞬時に東京に移動し、行動することは可能だ』


「待ってくれ、妻はどうなる?俺がいなくなったら……心配するだろう。俺が死んだと思うかもしれない。戻ったとしても不在の理由を説明できないから、最悪の場合、成田離婚だ!勘弁してくれ!」


『ガイアと人間の脳の接続には48時間を要する。もう他に候補はいない。このまま移動する』


 時間が動き出した。俺の身体は半透明になりすでにモツの上空30mあたりに浮遊している。

妻が急に消えた俺の姿を探して、周囲を見回しながら呼びかける声が聞こえる。

こちから呼びかけようとした瞬間、幽体は東京の俺のマンションに移動していた。

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