第2話 モツにて

 俺達が宿泊している水上コテージで構成されているホテルからは、木製の桟橋を経由して近辺のモツ(サンゴ礁を取り囲む無人の小島)まで徒歩で移動することができる。コテージに届けられていたルームサービスの朝食を取ってから、妻には今朝のニュースの内容を話さずに、他の宿泊者に会わないように気をつけて、あまり人気のない北東方向のモツへピクニックに出かけた。


 モツの外側の海は、内側のサンゴ礁の明るいエメラルドグリーンとはうってかわって鉛のような鈍い青みががった灰色だった。

 まばらな椰子の木を隔てただけなのに、風がずっと強くなっているように感じる。遠くで起こった小さな波が、人を飲み込むほどの大きさまで育って波打ち際のすぐ近くで砕け散る。

”貿易風か……まるで楽園が大洋の水と空を切り裂いて東に向かい進んでいくかのようだ”


 白いワンピース姿の少女のようなシルエットが、膝まで砕けた波濤に浸かりながら、大きく盛り上がった次の波頭を指さして何か叫んでいる。強くなった風にところどころ打ち消されながら言葉が伝わってくる…


「……内側とは全然違うの!……すごく荒々しくて……海の色も灰色で怖いくらい……」


”帽子が飛ばされないように気を付けて”と声をかけようとした刹那に、ツバの広い白い麦わら帽子が彼女から舞い上がり、帽子の中に潜ませていた長い黒髪を従わせながら鉛色の海の彼方に飛び去って行く。

 帽子を追いかけていく彼女に慌てて声をかける。


「気を付けて! 波にのまれたら危険だよ!」


こちらを見て、足元を指さして笑いながら何か話し始めたところで、彼女は背後からの波にのまれた。

 波打ち際に駆け寄り、全身びしょぬれで立ち上がり、顔にかかった髪の毛を払おうとする彼女の二の腕をつかんだところで次の波に洗われる。

 二人とも頭の天辺からつま先まで余すところなくぬれねずみだ。


「馬鹿ね、二人とも濡れちゃったよ」


 そう言いながらどこか嬉しそうな表情の彼女は、私の手を振り切って飛ばされた帽子に向かって泳ぎだしていった。すぐに後を追ったものの、若くしなやかな体の彼女に徐々に離されていく。

 力こそ強くなったものの、随分重い体になったものだと嘆息しているうちに、彼女は帽子に追いついたようだ。


「私の勝ち!」


 水面に上半身を出して片手で帽子を振りながら、誇らしげに叫んでいる姿に見とれていた。

”まるで人魚だな!

この旅の間だけでも世界が亡びるかもしれないことを知らせないであげたいが。

ホテルのレストランで夕食をとるときには否応なく知ることになるだろう”


そう心の中でつぶやいたとき、視界の中央に大きな先ほどテレビで見た太陽のX線画像によく似た緑色の光の球が出現した。

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