太陽風に吹かれて

柊 悠里

第1話 終末の予感

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。


 ”楽園にいるというのに、朝のニュースをチェックしてしまう習慣は日本人の骨がらみの性なのか。それにしても世界の終わりとは尋常ではないな”

心の中でそう呟きながら覚醒レベルをあげて、ニュースキャスターに続いて事態を説明するその分野の権威と紹介された初老の男の言葉に聞き入る。


「直近6年間の太陽活動の低迷は、これまで太陽活動の極小期と捉えられてきましたが、そうではないことが判明しました。通常の太陽活動の極大、極小期が太陽の呼吸とするなら、今回の事象は太陽のくしゃみとでもいうべきでしょうか?日本が打ち上げた太陽観測衛星『アマテラス』SORLAR-Cからのここ1か月の画像をタイムラスプ風に編集した映像をご覧ください」


 巨大な黄金色の光球が、ゆっくりと左から右に回転している。画面下部に表示された日付と時刻の表示から3時間の映像を1秒に縮めていることが理解できる。微細な濃淡の斑模様の中にひときわ明るい光のアーチを周囲に振りまく領域がある。黒点とその磁場だ。見慣れた太陽のX線画像のはずだがどこかおかしい、そう、赤道部の中心域に太陽直径の1/3にあたるような巨大な黒い領域が出現し、大きさを増している。太陽の自転ととも光球の縁に到達し徐々に衛星の視野から外れていった。


「映像内の太陽表面に広範囲に発生した黒色領域の正体は現時点では不明ですが、太陽内の磁場エネルギーが1点に凝集される現象ではないかと推測する向きもあるようです。黒色領域は太陽の自転とともに裏側に隠れ、昨日再度、出現した時には巨大な太陽フレアに様変わりしていました」


 光球の右端の縁の中央部分から、光の柱が真横に向かって屹立している。通常のコロナの数十倍の高さまで達しており、更に高さを増しているようだ。


「類をみない程に巨大な太陽フレアが発生し、規模を増しながら太陽の自転に沿って地球の軌道に近づいています。X線等級にして50以上、過去最大規模の太陽フレアの100万倍に達することが予想されます。このフレアが太陽表面を四半周して地球と相対するのは、同方向への地球の公転による遅れを考慮すると7日後の早朝となります」


傍らの女性キャスターが、声を震わせながら問いかける。


「この……太陽フレアですか?この現象はどのくらいの確率で地球に到達するのでしょうか?世界の終わりと原稿には書いてありますが……まさか本当にそんなことになるのでしょうか?」


初老の男が、しばし考えた後に口を開いた。

「太陽の自転軸と地球の公転軌道は7度ずれているから、フレアの直撃タイミングはかなり小さいかと、、、

噴出の角度も7日のうちにずれるかもしれない。テレビ局さんも大げさなタイトルをつけすぎですよ!」


「そんなに大きな確率ではないんですね?」

女性キャスターが安堵の表情を浮かべて念を押す。


「私の計算では、直撃で地球が亡びるなんてことはせいぜい30%程度かな? 但し、過去に類を見ない規模なので、直撃しなくても全ての電子機器が壊れる可能性は十分にあるかと……まだ7日もあるのですから皆さん十分に準備してくださいね」

笑顔で凄まじいことを喋る専門家を残して、スタジオを重苦しい沈黙が支配した。


「うう…ん、何かあったの?」


 傍らのベッドに横たわる女性がテレビの音声で目を覚ましたようだ。慌ててスイッチを切る。


「何でもない。今日の天気予報をみていただけ。今日は絶好のピクニック日和だよ!」

”新婚旅行を理由に、やっとの思いで激務を抜け出して、タヒチまで来たのに……俺の人生って何だろう?”

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